第103話



それからしばらくクリスとロザミィ、フラウなんかがキャッキャ言いながらデッキではしゃいでいたが、徐々に島に近付いて行くにつれ、俺達の混乱はさらに大きくなっていった。


誰が造った街にしろ住んでいるのはセイラ達5人のはずだ。

どんな建物が建っているにせよ廃墟同然の打ち捨てられた街だろうと想像していた。

しかし間近に見えてくる島の手前には船着き場にヨットだとかボートだとか停泊しているのが見える。数も多い。

さらに驚いたのは人影のようなものも見えたことだ。

あれは誰だ?セイラ達ではなさそうだ。住民?人が住んでいるのか?そんなまさか。


いつものように、クイーンローゼス号は沖合いに停泊。救命艇での接岸となるのだが、今回は船着き場に停めれそうだ。


俺達戦闘員はとりあえず様子見で手近な武器だけ持って上陸してみることにした。

食料だとかテントだとか野営の道具は置いていく。


ちょっと人数が多いが、俺、ルーシー、フラウ、クリス、ロザミィ、ベイト、アデル、モンシア、アレン、ルセットの10人が救命艇に乗り込む。


ルーシーの手に見馴れない武器が握られていた。


「前回は水中だったから使えなかったけど、今度は使わせてもらうわよ。」

「ファイヤークロスボウね。あなたがそれを使えば百人力だわ。」


ルセットが作った武器のようだ。百人力のお墨付きを頂いているからには、ルーシーの射撃の腕は承知されているようだ。


救命艇はのどかな雰囲気の島へと近付く。

木製の桟橋は綺麗に磨かれていて打ち捨てられた感じはない。

そこに船を繋げてぞろぞろと上陸する俺達。


同じく木製の板で周囲を囲んでいる船着き場にはヨットやボートが波に揺れている。

背の高い大きなボートからおじさんがひょっこり顔を出して俺達に声をかけてきた。


「よう。あんたらあの船から来なすったんかい?この島に人が来るのは珍しいねぇ。」


ここが普通の街ならなんてことはない住民のやり取りなのだろうが、俺達はぎょっとしておじさんを見上げる。


人がいる。

セイラ達が変身して化けているようではないが・・・。


クリスを見たが、まさかという感じで首を横に振った。


ということは本当に住民がここに住んでいるということなのか?

手近な武器だけとはいえ、物々しく武装してきた俺達が完全に場違いな雰囲気だ。

ルーシーが先頭に立っておじさんに返答する。


「私達はローレンスビルからちょっと探し物をするためにやって来たんだけど、おじさんはここに住んでるの?」

「んあ?ああ、そうだよ。」

「驚いたわ。無人島だと思っていたから。」

「はっはっはっ。宝探しにでも期待して来たんなら残念だったな。なーに。人間なんてどこにでも住もうと思えば住めるんだよ。」

「ねえ、もっと話を聞かせて欲しいんだけど、いいかしら?」

「んー。この街の事が聞きたいなら役所にでも行って聞いてみたらどうだい。俺もそろそろ船を出して遊覧としたいからな。」

「そう。それじゃそうするわ。ありがとう。役所ってやつの場所は・・・。」

「案内板に書いてあるから分かると思うよ。」

「分かったわ。ありがとう。」


おじさんは手を振ってボートの影に頭を引っ込めた。

俺達は真顔で桟橋に立ち尽くしていた。


まだ状況を理解できないでいる。街があって人がいる。

クイーンローゼス号はいったいどこに到着したんだ?

航路を外れて別の島にでもやって来たのか?それともセイラ達の能力でいつの間にか別の海域にでも飛ばされたのだろうか?

まったくの予想外の状況に戸惑うばかりで考えがまとまらない。


「ここでじっとしてても始まらないし、おじさんの言う通り役所に行ってみましょう。」

「救命艇はここに置いておいて大丈夫かな?」

「こんだけ船があんだからこれだけ盗まれたりゃしねーんじゃねーか。」


ルーシー、俺、モンシアが話し、みんな納得した。


船着き場から通りへと上陸する。

黒いアスファルトの二車線の道路に白い石畳の歩道が左右に通っている。

その歩道に面して何かの店舗が並んでいる。

店には店員や客などが会話しているのが見える。

見馴れない風景ではあるが、街であることに間違いなさそうだ。


所々にポールのようなものが立っていて看板がついている。

役所はあちら、病院はあちら、図書館、体育館、学校、配給施設、警察、研究所、農園、民宿等の場所が案内されている。

色々あるようだ。


「この狭い島でこれだけ揃ってるなんて信じられないわね。」

「これ見て。農園が建物の10階以上にあるみたいよ。」

「体育館ってなんだろう。」

「図書館にどんな本があるのか気になりますね。」


それぞれ気になるものがあるようだ。これでは完全に観光に来た団体さんだ。


「じゃあこうしましょう。一ヵ所で固まっていたって情報は多く得られないわ。私と勇者様は役所に行ってみる。他はあちこちを散策してみて。民宿ってのがあるみたいだから、そこで落ち合いましょう。時間は特に指定しないけど暗くなる前くらいには帰ってきてね。」


ルーシーがみんなのやりたいように自由行動を勧めた。


「だが、大丈夫なのか?セイラ達がどこかに潜んでいるかもしれないぞ?」

「そうね。通信装置をそれぞれグループに渡して何かあったときは連絡取りましょう。」


ということで、俺とルーシーのグループ。フラウ、クリス、ロザミィのグループ。ベイト、アデル、モンシアのグループ。アレンとルセットのグループで別行動とることになった。


「へー。何にもない岩場よりは探しがいはありそうだがよ。迷子になっちまいそうだな。」

「別世界にでも迷い混んだようですからね。気を抜かないで下さいよ。」

「警察と病院とやらに行ってみるか。問題が起こるならこの辺を探ってみると分かるだろう。」


モンシア、ベイト、アデルは早速南にある横に平たい大きな建物を目指して歩いていった。


「じゃあ私達は研究所と農園が近くにあるこの辺を見てみましょう。」

「高い建物だな。入れてもらえるのか?」

「うーん。どうしても見てみたいわ。」


ルセットとアレンは東側にあるこの辺を見るようだ。

船から見た高い長方形の武骨な建物がいくつも生えている。


「図書館や学校、体育館なんかは同じ区画にあるようですね。そこに行ってみませんか?」

「フラウが行きたいならいいよ。」

「わー。学校ってどんなところだろう。」


フラウ、クリス、ロザミィは北西にまとまっている施設に行ってみるようだ。


俺とルーシーは中央の役所とやらに。


綺麗に整備された道があちこちに続いていて、その左右に2階建ての民家や店舗が軒を並べている。


大きな建物が見えてきてその周囲の広い空き地には池垣や街路樹がある。通りも綺麗に整備されていたが、ここは見た目にも癒される空間だ。端には馬車が待ち合いの客を乗せていく準備中。

時間がまだなのか、近くにご婦人方が数人屯って雑談に花を咲かせている。


モンスターを除外すると、この星の屑諸島に来てから動物を初めて見た気がする。人間だってこんなに普通に過ごしているのはビックリだが。


見るもの全てに圧倒されながら、それを横目に役所のガラス戸に入っていく。

役所は砦のような外観だが、作り自体はモダンな建築技術が使われているようだ。

古い建物ではない。少なくとも100年以上の古めかしいものではなく、古く見積もっても築10年は経っていないのではないかという真新しさだ。


内部は手前側に待ち合いの座席が並んでいて来訪客がまばらに陣取っている。奥には受付のカウンターに綺麗なお姉さんが座って住民の対応を丁寧にしている。


俺達はどこでどうしていいか迷った。

なんとも平和そうなおっとりとした雰囲気で、腰の剣や、背中のクロスボウが場違い甚だしい。まるでこっちが仮装でもしているようだ。


ボーッと立ち尽くしていると、受付の奥からお姉さんが出てきて声をかけてくれた。


「どうされましたか?何かご用でしょうか?」


俺とルーシーは顔を見合わせる。

どこから聞けばいいんだろう。


「あ、ええっと・・・。」

「私達たった今島の外から来た者なんだけど、この島に街があること自体知らなくて、ちょっと面食らってる所なの。良かったらこの島のことを教えて欲しいんだけど、聞いてもいいかしら?」


と、ルーシーが結局聞いた。


「えー。大変だったでしょう?ではここではなんですし、座れる場所をご用意しますのでちょっとお持ち下さいますか?」


警戒する様子もなくお姉さんはそう言って一旦受付の奥に戻ると、奥で数人と話し合ってから俺達の元に再びやって来た。


「こちらへどうぞ。会議室なのであまり見た目はよくないですが。」


すぐ横にドアがあってそこに通される俺達。

狭い室内にテーブルと椅子が置いてあるだけであとは一面窓ガラスの殺風景な部屋だった。

もちろん俺達はこの際どんな部屋でも構わないのだが。


「私はネネカと申します。特別街に詳しいというわけではありませんが、一般的なことなら答えられると思います。よろしくどうぞ。」

「ありがとう。助かるわ。」


椅子に座って対面で会話が始まる。

どんな話が聞けるのだろう。


「えーっと、ではまず基本的な情報を。街の名前はアマルテアといいます。町長はカガチさんが長年勤めています。町長と言ってもどこの国に属しているというわけではないので実質的には首脳という感じです。お聞きしたいのは私達がいつからこの島に居るのか、どうやってここで街が造られたのかということですよね?」

「察しが良いわね。聞かせてもらえるとありがたいわ。」

「数ヶ月前まで黒い霧によってモンスターが近海を徘徊していましたが、実はこの島自体にモンスターは上陸してこなかったんです。長年ずっとそうでした。ですから私達がその間危険に晒されるということはありませんでした。私達はおそらく何世代も前からここで暮らしています。モンスターが現れるずっと前から。」


アレンの話と食い違う。とは言ってもアレンのおじいさんがただ知らなかっただけというだけのことかもしれない。しかしこんな街があって気付かないとは思えない。


「私も起こりは詳しくしらないんです。海に投げ出された人々が逃げ延び辿り着いた先がこの島で、そこから少しずつ人が増えていったという説もあります。今はどうなのか分かりませんが、昔はモンスターが居ても果敢に海を渡ろうとした船乗りも多く居て、結果的に座礁しこの島に流れ着くというようなことが少なからずあったといいます。その時の船の資材なんかがこの街の原型を作ったとも。」


なるほど。街が作られたのがモンスター出現以降ならアレンのおじいさんが見てなくても不自然ではない。

とはいえ座礁した船の資材だけでこんな立派な街が作れるのだろうか?

アルビオンの城下町なんかより未来的で見違える景観だぞ。

最先端と言ってもいいローレンスビルよりもさらに進歩している感じだ。


「このような立派な街が出来たのはほんの十数年くらい前なんです。その時から大きなビルが建つようになり、道路も整備されはじめました。私の子供の頃とは別物の街になってしまいましたね。子供の頃は少ない資源で遣り繰りして貧しい生活でした。」


やはりこの建物も古いものではないようだ。


「それは何故?10年前にいったいなにがあったの?」

「そこが気になりますよね?やっぱり。でも私も分からないんです。私だけじゃないと思います。何故急に豊かになったのか。今では食べるものも着るものも、住む場所も困りません。まあ、狭い島なんで制限はもちろんあるにはあるんですが。」


肝心な部分は不明か。


「看板に配給施設とかいうのがあったけど、それって住民の食料とかを配ってるっていうの?」

「そうなんです。最低限のお金と食料は住民全員が保証されています。税金もいただくことになりますが。それ以上を望むならこうやってお仕事をやって、そのお給料で上澄みができます。自由に商売やらお買い物もできるんです。」

「食料とか・・・どうやって作っているというの?結構な住民が居るように見えるけど・・・。この島に作物が採れる場所はなさそうだけど?」

「農園で全てまかなっております。そこのところは実際に見てもらった方が早いのではないかと思いますが。」


理想の街というように見える。その制度ができたのも10年というところだろうが、住むだけで最低限の暮らしが保証されというのは俺達からすると信じがたい。

だが、少しこの島のことが掴めた。

俺達は受付の女性にお礼を言ってそこを離れることにした。

観光案内や各所の見学ツアーを勧められたが後にすると言って断った。


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