第104話



民宿があるという南西の方角に歩みを進める俺達。


「勇者様何か気になった?」

「遥か以前から人は住んでいた。街と呼べるものはまだ無かった。そもそも魔の海域と呼ばれていたほどだ、少なからず行方不明になっていた船はあったんだろうが、その船の行き着く先がここだったとも想像できる。40年前のモンスター出現で、それまでよりむしろ人が多く流れ着くようになった。彼女が子供の頃まではやはり街は無かった。10年前に突如世界でも希に見る文化の躍進が起こる。そんな話だったな。」

「まず40年間モンスターがこの島に寄り付かなかったという話の理屈が通らないわね。今となっては検証不能だけれど。」

「そして10年前に何が起こったか。魔王の娘が何歳でいつこの海域に現れたのか知らないけれど、セイラ達にあれほどの能力を与えたからには、本人も相当な能力を持っていると考えられる。」

「船の乗客に紛れてこの島に入ってきたという可能性はあるわね。そして能力を駆使して街を繁栄させた。」


「そうか、そうなると俺達はここの住民を敵に回してしまうということになるかもしれないのか。」

「島の繁栄がリーヴァの能力によるものだとしたらね。でも少なくとも今の受付の女の子は知らないようだったけど。」

「それに、恐ろしいことに気付いたぞ。」

「なーに?」

「今までは無人島で誰に気兼ねすることなく捜索を行っていたが、ここは街だ。建物には所有者がいる。勝手に入ったり探したりは難しい。人工物や住んでいる形跡なんてゴロゴロしている。いったいどうやってこの街で奴らのアジトを探せばいいんだ?」

「うーん。なるほど。木の葉を隠すには森に隠せという話があったけど、アジトを隠すには街に隠せということなのね。これは厄介になりそうだわ。」


もしリーヴァがこの街で重要なポストを担っているのなら、今居た役所のどこかの一室で澄まし顔で座っていてもおかしくはない。だが、今武器を持って役所の部屋全部をしらみ潰しに調べあげるという行為は現時点では憚られる。

他に何処にも居なく、彼処しかないという判断が下ったのならやらざるを得ないかもしれない。あまり考えたくはないが。

そもそもリーヴァの顔を俺は知らないので見分けがつかない。

これは参ったぞ。

捜索にどのくらい日数がかかるかまったく見通しがたたない。


暗澹たる思いで整備された道を歩いていると、通信装置からクリスの声が聞こえてきた。


『勇者聞こえてるの?私達の見てる学校で凄いものがあるよ。勇者も見に来るといいよ。勇者好きそうだよ。』


凄いものってなんだ?と思ったがその言い方はなんか嫌な予感だな。


「一応聞いておくけど、何があったんだ?」

『女の子達が黒いパンツみたいなの穿いて運動場でかけっことかしてるよ。勇者見たい?』

「おいおい。そんなわけないだろ。変なこと言うなよ。あとベイトやルセットも聞いているんだから分かってるんだよな?」

『そ、そんなの知ってるよ。』


ブツンとクリスからの通信は切れた。


『いやー。聞いてていいか迷いましたよ。ハハハ。』

『かわいいから続けても良かったのに。』


ベイトとルセットが通話してきた。


送信は手動でオンオフ、受信は常に開いている状態になっている。

これに関しては俺達が最先端を行っているな。他人の技術を使っているだけだが。


「今から民宿で寝泊まりできる場所を探すよ。捜索は困難が予想されそうだ。みんなもできるだけ情報を集めて来てくれ。後で話し合おう。」

『了解。』

『分かったわ。』


民宿がいくつか軒を並べている区域があって、看板が表に立てられている。

8名様宿泊可能とか、キッチン完備とか、月契約で最大30%割引とか、見取り図と共にお値段が書かれている。

ゴールドでの支払いに対応しているようだ。とりあえず安心。


「勇者様、ここ良いんじゃない。」


ルーシーが看板を指差す。

3階建ての白い綺麗な家だ。パッと見は普通の民家なのは当たり前か。外観はこの際どうでもいいのだが。


「10部屋で団体様宿泊可能か。半端な人数で複数借りるよりはありがたいかな。」

「ちょっと見学させてもらいましょうか。」

「そうだな。」


すぐ隣の1階建ての小さな家に大家さんが居るようだ。

そこのドアのチャイムを押す。ピンポーンと音がしてパタパタと中から足音が聞こえてきた。


「なんだか私達新居を探してる新婚さんみたいね。」

「ハハハ。子供は8人ご予定かな?」

「もう。勇者様ったら、我慢できないんだから。」

「何の話だよ。」


ドアがガラリと開き中から綺麗なお姉さんが出てきた。


「はい?何かご用でしょうか?」


エプロン姿のお姉さんはセーターと膝下までのヒラヒラのスカートを下に着ていた。


「え、えーっと・・・。」

「悪いんだけどそこの民宿の中を見せてもらえないかしら?私達みんなで10人になるんだけど、そこに寝泊まりできる?」


ルーシーが結局聞いた。


「はい。どうぞ。備え付けのベッドはお2階の5部屋になりますけど、簡易式のベッドでよろしければ3階にも寝泊まりできると思います。鍵を持ってくるので少々お待ちを。」


女性はパタパタと中に戻って行った。


「勇者様。可愛い女の子とか綺麗なお姉さんとかに見とれて吃り過ぎよ。」

「そういうわけじゃないが・・・。よくルーシーは言いたいことがまとまって口から出てくるな?なかなか想定してた状況じゃないぞ。」

「突然美人が出てきてタジタジになっちゃうってこと?もー、勇者様ったら。」

「違うというのに。」


お姉さんがパタパタとサンダルを突っ掛けて表に出てきて民宿のドアを鍵で開けた。


「どうぞ。お気に召すか分かりませんがご自由にご覧下さい。掃除は一週間に一度やっています。お泊まりの際も私やりますんで、もし必要ないのであれば事前に申して下さい。」

「ありがとう。とりあえず見せてもらうわね。」


玄関を入ると壁越しに広いリビングがあり、奥にキッチンもある。右手に階段が。階段の下のスペースにトイレと浴室もあった。

リビングは特にこれといった装飾はない。棚に花瓶があって、何かの花が生けてある。

中央に広い重厚そうな丸テーブルと椅子がグルリと10脚囲んでいる。

円卓の客だな。

他に低く四角いテーブルとソファーも横に置いて寛げるようになっている。照明も明るい。

2階に上がると折り返して廊下があり、左手に5つの部屋のドアが並べている。

部屋はベッドと箪笥、机と椅子だけ。寝るにはじゅうぶんだろう。

3階も同じような作りで、ベッドは無かったが簡易式のベッドとやらで、折り畳んでいたものを組み立てれば遜色ない寝床になるようだ。

敷き布団を敷いて上に寝転ぶとしっかりしていた。


「どうだ?」

「良さそうね。」


俺はルーシーに聞いた。ルーシーも感触は良さそうだ。


後ろでオドオド見ていた大家さんにルーシーが口を開く。


「ここ借りたいんだけど、私達島の外からやって来た観光客なの。何日滞在するかも今のところ決まってないんだけど、それでも貸してくれるかしら。」

「ええ。大丈夫です。ご利用ありがとうございます。あのう・・・申し訳ないのですが、前金を一部お預かりして、最後の清算はここを離れる時にということになっているんですが・・・。」

「もちろん払わせてもらうわよ。」


大家さんは恐縮しながら前金を受け取った。


「滞在中のお食事なんかも必要でしたら私がお作りしますので、必要に時に必要な分言ってくださればその都度申して下さい。」


なんか色々悪いな。そこまでしなくても。


「大丈夫よ。勝手にやっておくから。」

「左様ですか。私シノと申します。よろしくお願いいたします。」


表の看板には勇者ご一行様滞在中と貼り紙が貼られた。


シノさんは日のあるうちにと布団を干したり、あとの部屋の簡易ベッドを作り始めたり、掃除を一度やっておこうとしだしたり、甲斐甲斐しく働き始めた。

俺達もそれを手伝った。


「ねえ、不躾な質問で答えなくてもいいんだけど、シノさんはお一人で隣に住んでるの?」

「え?ええ。そうなんです。お一人で。」

「さらに不躾で悪いんだけどシノさんいくつなの?凄く若いように見えるけど、大家さんってなれるものなの?」

「若くはありませんよ。でもここの土地と建物を預かってお仕事を始められたのは幸運でした。前の方が別の仕事に転職して空いた役職を抽選で希望者の中から選ぶんです。ここは仕事も土地も限られてるので、何でも出来るというわけにはいかないんです。」

「ふーん。で?いくつなの?」

「そんなに気になります?30代です・・・!」

「えー。見えなーい。ね、勇者様?」


ベッドを組み立て中にルーシーがシノさんにいらないことを聞いていた。突然俺に振るなよ。


「ん?うん。とても可愛らしいですね。」

「そんな・・・。」

「可愛いかどうかは聞いてないわよ。」


同じことじゃないのか。


「でも観光客なんて居ないでしょう?借りる人いるの?」

「ええ、旅行気分でどこかの会社の団体さんが入ったり、学生さんが合宿で使ったり、意外と繁盛はしているんですよ。」

「へー。面白いわね。この街のことが色々聞けて。」


なんだかこの大家さんのおっとりした感じがキシリアに似ているような気がしてドキッとした。

何を考えているんだ。感傷に浸っている場合ではないというのに。


ルーシーはその後もシノさんとおしゃべりをしていた。買い物はどこにだとか、キッチンの使い方だとか、お風呂の使い方だとか。


ルーシーはしっかりしたお嫁さんになれそうだ。

見た目の気品に満ちたお姫様っぽさとは違って生活感か染み付いている。

俺がボーッと二人を見てるとルーシーがイタズラっぽく笑ってこっちに振ってきた。


「なーに。勇者様。勇者様もちゃんと聞いてよね。」

「あ、ああ。ごめん。」


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