第105話


そんな感じでみんなの帰りを待つ事にして、ルーシーとシノさんは食べ物の買い出しに近くのスーパーに出かけた。

俺はみんなをこの家へ案内するために残ることに。通信装置と看板で事足りるとは思うが。

部屋に一人で居ても仕方ないので周辺をブラブラ散歩してみた。

そうだ、みんながいつ戻るかちょっとこちらから聞いてみるのもいいかな。通信できるんだから待ち惚けしていることもない。


そんな事を思いながら通りを歩いていると、後ろから声をかけられた。


「勇者君。やっと来たんだね。待ってたよー。」

「温泉以来だね。」

「覚えてないんじゃないの?私らのこと。」


この声は。ハッとして振り返る。


「忘れないよ。マリア、ファラ、カテジナ。君達を探しているんだから。」


なんと探しているマリア達が向こうからやって来た。

彼女達はチェック柄の短いプリーツスカート、白いブラウス、ソックスと黒い靴という出で立ちで揃っていた。若々しい格好だが、学生だったのか?

着ている服は同じだが、それぞれ着こなしが違う。マリアはブラウスのボタンを一つ開けてラフに着こなしている。スカートの丈も膝上10センチといったところ。白い踝までのソックスを履いている。ファラはボタンをきっちりと締めてスカートも膝まで、黒い膝下まであるソックスで優等生タイプのようだ。カテジナはそれとは逆でブラウスのボタンを胸まで外して下のピンクの下着がチラリと見える。腕も捲っていて、スカートの丈も膝上20センチになるまで腰の部分をたくしあげている。彼女は裸足で靴を穿いているようだ。


「あ、今私らの格好見てキッツって顔したよね?」

「え?そんなことはないけど・・・。意外だっただけで。」


カテジナの心外な突っ込みに焦る俺。


「意外ってなによ。私らはまだティーンだよ!」

「まあまあ。全裸と違って驚いてるだけだよ。」

「全裸じゃないことに驚かれても困るというか。」


怒るカテジナをなだめるマリアとそれに突っ込むファラ。

だいたいこの感じで会話が成立していくようだ。


「まーいいけど。イケメン無罪で釈放してやるよ。あーイケメン過ぎてニヤケ顔になってくる。腹立つー。」

「笑ってるのか怒ってるのかわからないよ。」

「乙女心移ろいすぎる。」


カテジナ、マリア、ファラはまだまだ喋り足りないようだ。

話を変えよう。こんな場所で会ったからには何か目的でもあるのか?


「なんかすまん。それよりなぜ君達がここに?」

「学校の帰り道だからだよ。家に帰るところなんだ。」

「家って・・・。アジトにか?」

「あー。ううん。この街で暮らすための仮の住まいなの。すぐ近くだよ?来てみる?」


マリアが気軽に答えてくれる。

来てみると言われても・・・。ここでの仮の住まいなら俺達の探しているものではないのだろう。しかし何の手掛かりもない現状で探している5人のうち3人が住んでいるとなると、案内してもらうのも取っ掛かりとしては悪くもない。

ルカとエルの時のように単独行動で危険に晒されるということもあり得るが、通信装置があるので、最悪のことは免れるような気がする。


「気軽に男子を部屋に呼ぶのはどうなのかな?」

「勇者君が私らに何をするってのよ。仰向けでお腹撫でられても反撃してこなそう。」


ファラは表情を固くしている。カテジナはヘラヘラとニヤケ顔だ。

どういう風に見られてるんだ。

まあ、お腹を撫でられただけで反撃はしないけど。


「あははー。なんだか分かるー。じゃあ行こう。」


マリアが歩き出した。

付いていって良いのか?


「迷子にならないように腕組んで歩いてあげるよ。」


カテジナが俺の腕に絡まって進みだして、否応なく付いて行くしかなくなった。


「もー。勇者君困ってるでしょ?」


ファラが後ろから付いてきた。

北西にあるという学校から南下して南西の住宅地に移動中だったようだ。借りたてホヤホヤの民宿もその一角にあるのだが、さらに南へと進んでいる。

進む先には何階建てなのか目で数えるのも嫌になってくるような高層タワーの円筒状の建物があるが、目指しているのはあれなのだろうか?


「勇者君、ルーシーやクリス達は?」

「街に出ているよ。ルーシーは買い物だけど、他のみんなは珍しい街だから夢中になって見て回っているんだろう。夜には帰ってくると思うけど。」

「うん。面白い街だよねー。」


俺の前でクルリとターンしながら話すマリア。


「学校から住宅地まで結構距離があるようだが、君達なら飛んで行けるんじゃないのか?」


俺は疑問をぶつけてみた。


「分かってないなー。私らは人間としての生活をエミュレーションするのが楽しいからやってるの。勉強したくて学校行ってるわけじゃないよ。」


腕を引っ張っているカテジナが答える。


「勉強もちゃんとやり直さないとダメだよ。学校行ってなかったんだから。」


後ろでファラが叱責する。

魔王に拐われている間はそれどころではなかったろうから仕方ないだろうな。


道中、あそこの駄菓子屋安くて美味しいだとか、ファミレス美味しいだとか、テニスコートあるよとか、街のスポットを教えてもらいながら、やはり高層タワーへと近付いていった。


近くで見るとあまりのデカさに圧倒される。

エントランスも広場と言えるほど大きい。中に入るとすぐにエレベーターがある。奥には何かの施設があるようだったが、それには目もくれずエレベーターに乗り込む。

最上階、50のボタンを押すマリア。


地上170メートル、50階建て、350部屋の高層住宅。

そんなものが存在するなんて思いもしない。ましてこの何もないであろう孤島に。

文化水準が異次元だ。

それにルセットが開発したであろうエレベーターの装置まで設置されている。いったいいつどうやって技術が流れてきたのだろうか?

ルセットも高い建物に向かっている。同じように驚いているだろう。


ガラス張りのエレベーターがグングン上昇して島全体の景観を見せてくれる。

恐ろしい。俺はドア寄りに一歩下がった。


僅かな時間でチーンと音がしてドアが開いた。


「さ、ここだよ。」


5001号室。エレベーターから降りて真っ直ぐに伸びた廊下の左手に部屋があった。

鍵を開けて入るマリア達に続いてお邪魔する。

右手に壁があり、ドアが3つ、それぞれハートの壁掛けにマリア、ファラ、カテジナと名前が表札がわりに掛けてあった。左側にはトイレ浴室が備えられ、広いリビングの手前にキッチンがある。

広いリビングはソファーが置いてあるだけだが、外が一望できるようなガラス張りの開放感溢れる景観だった。


なんだこの部屋は。

人間の生活をエミュレーションとか言っていたが、こんな生活をしている人間は居ないぞ。

ちょっと贅沢過ぎるんじゃないのか。


「どう?いい部屋でしょ?」

「これが人間の部屋なのか?天使の住まいとかじゃなくて?」

「あはは。ちょーっとお高いお部屋だけどねー。」


笑って誤魔化しているマリア。


「眺めがサイコー!島全部を見張らせちゃう。」

「怖いくらいだけど。」


カテジナは背伸びしながら部屋の中でくつろいでる。ファラは入り口近くで突っ立っている俺の横で申し訳なさそうに恐縮した。


「まあ入ってくつろいでよ。なんにもない部屋だけど。」


そう言うマリアもソファーというより座椅子のような、床に足を伸ばせるふかふかで体が埋まってしまうんじゃないかというものに背を持たれかけた。3人が横に座れるくらい横長に大きい。

それが一面のガラス張りに向かって置いてある。


ファラとカテジナもそこに収まるように座った。

俺はソファーの横にあぐらをかいて陣取った。


凄い見晴らしだ。ちょっとどころではない金額が必要そうだ。

なんだか落ち着かないでいると、マリアが背もたれから顔をちょこんと出して話しかけてきた。


「温泉からいろんなことがあったみたいだね。」

「ああ。いろんなことが。君達だって連絡とってたんだろう?説明する必要はないんだろうな。」

「うん。」

「俺がここにのこのこやって来たのは別に君達と仲良くするためじゃない。セイラとリーヴァの居所を知りたいからだ。終わらせるために。君達が俺をどうするつもりかは知らないが、捕まえるには絶好のチャンスというわけだ。いったいどうするつもりなんだ?」

「私達は勇者君にどうこうするつもりはないかなー。」

「何故?君達にだって俺は敵なんだろ?君達の仲間をかなり倒したことになる。」

「私達は別にセイラやリーヴァの手下ってわけじゃない。みんなが必死な思いで戦ってることには尊敬するし、やりたいようにやった結果なら受け入れるしかない。でも私達は私達。勇者君と戦う理由なんてないよ。」


言葉だけでは信用まではできないが。何もするつもりがなさそうではある。


「ホントだよ?だって勇者君には助けてもらった恩こそあれ、恨みなんてないんだもん。」


ファラが真面目な顔で言う。


「まー、残念ながらセイラとリーヴァの居所をじゃあ教えるってわけにはいかないけどねー。」


カテジナが含みがある顔で言った。

さすがに教えてはもらえないか。だが何もヒントも無しに引き下がるわけにもいかない。

あまり言いたくはないが聞かせてもらうために言わせてもらおう。


「君達がこんな場所に住めるからには、相応の援助がなされていると思っていいんだろうか。魔王の娘、リーヴァがこの街に影響を及ぼしているから、その財力に預かれると。」

「んー。鋭いね勇者君。」

「探りを入れてるんだよ。」

「だからって、私らを見張っても何も出ないけどね。」


俺にマリア、ファラ、カテジナが答える。


「セイラやリーヴァもきっとこんな場所に住んでるんだろうな。この階にはまだ部屋があったが、ひょっとして・・・。」

「あははー。ないない。あの二人がお隣さんなんて面白ーい。」

「面白いことはないけど・・・。別に住んでても良くない?」

「急に所帯染みた話になっちゃうよね。」


同様に俺に3人が答える。


「何らかの役職でも担っているのかな?それとも名誉職として悠々自適な生活でも送っているのか。」

「どうだろうねー。想像を越えた場所にいる。とか?」

「それヒント?」

「ヒントにゃなってないんじゃないかな。」


ぐっ!ガードが固いな。何も聞き出せない。どんな質問をすれば居場所に辿り着けそうかもよく分からない。


「ねえ、勇者君。私からも聞いてもいいかな?」


マリアが逆に質問してきた。


「なんだ?」

「ルーシーのこと、どれだけ知ってるの?」

「ルーシー?」


突然妙な質問されて頭が固まってしまう。

ルーシーのことなんて・・・。


「あまり・・・知らないな・・・。下手すると君達の方が付き合い自体は長いんじゃないかな。」


俺がルーシーのことで知っていると言えば、アーガマ出身、幼少時は俺と同じように貧しかったとも言っていた。剣を子供の頃から使っていて、だから剣術が長けている。

俺よりも2ヶ月も前に単身魔王の城に入り込んで魔王の首を狙っていた。


剣だけでなく弓の扱いも長けている。一度も外したことはない。攻撃を避ける技術も優れている。一度も攻撃を受けたことがない。


話が長い。綺麗。かわいい。スタイルもいい。何故か俺を慕ってくれている。

俺が一緒じゃないと眠れない?


魔王の城に潜入以前何をしていたのか、どこに居たのか、まったく知らない。


「そーなんだ。でも信用はしているんだね。」

「ああ。どうしてだ?」

「ルーシーは嘘をついてる。」

「え?」


俺は動揺した。ルーシーのことは信じている。ここまで一緒に戦ってきた仲間なんだ。それは当たり前だ。

だが、彼女のことが分からな過ぎると思い知ったのも事実。

船でセイラやマリアが襲ってきたとき、俺はルーシーに疑いの目を向けてしまった。

弓の精度が高過ぎて只者と思えなかったから。

それを反省して疑わないと決めた。

ルカとエルの時も凄すぎて考えないことにした。


「嘘って・・・。」

「気になるー?」


マリアはニコニコして笑っている。

なんだか試されてる感じがした。

ここでマリアにそれを聞くのはルーシーを疑う事になりははしないか?


「あはは。動揺してるじゃないの。かわいそー。それより勇者君もこっち来て座んなよ。」

「詰めれば四人座れるかな。」


カテジナとファラがスペースを開けようとしていた。


「いや、今日はこれで帰るよ。ルーシーに言わずに出てきちゃったし、心配してるといけない。そろそろ帰ってくるだろうから。」

「えー。帰るのー。まだ来たばっかりじゃん。」

「ごめん。」


カテジナは不服そうに顔をむくれさせた。


「まだ島に着いたばかりなんだし、ちゃんと落ち着いてからでもいいと思う。」

「そーだけどさー。」


ファラはカテジナをなだめた。


「うん。じゃあ明日も来てよ。この時間なら学校から帰ってきてると思うからさ。」


マリアが笑顔で言った。


「来てもいいのか?」

「いいよー。」

「リーヴァの居所を聞き出しにでも?」

「あははー。いわなーい。」

「ふふっ。手強いな。」


俺は立ち上がった。ドアに向かうと3人も見送りについてくる。


「じゃあ、お邪魔したよ。明日かどうかは分からないけど、また寄らせてもらう。」

「うん。また来てー。」

「帰り道わかるかな?」

「明日来てよ。遊ぼー。」

「一本道だったし、近くだから大丈夫だろう。アジトを教えてくれるなら最優先で来るんだけどな。じゃあ。」


手を振って見送る3人。

ドアを閉めて出ていく俺。すぐ横のエレベーターに乗り込む。


ルーシーの嘘。

気になることを聞かされたが、デマカセだろうか?

もっと根掘り葉掘り聞くべきだったのかもしれないが、むしろ俺は話題を避けた。

そんな話は聞きたくない。


俺はルーシーが待っているであろう民宿に急いだ。

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