36、エデン
第106話
金髪のルーシー36、エデン
マリアの高層タワーからの帰り道。通信装置からクリスの声が聞こえてきた。
『勇者どこにいるの?』
装置を送信オンにして話す俺。
「あー、悪い。野暮用で外をぶらついてた。クリスは今どこにいるんだ?」
『いないのは勇者だけだよ。もうみんなルーシーと一緒に宿に集まってるのに。』
「え?そうなのか?もうちょっと時間がかかると思ってた。あ、そういえばこちらからどのくらいになるか聞こうと思ってたんだ。ごめん。すぐ戻るよ。」
テニスコートやファミレス、駄菓子屋なんかの通りを逆に遡り、白い3階建ての民宿に戻る。
そういやマリア達は食べ物を食べてるのかな?食べれないこともなさそうだったが。
玄関を開けて壁を隔てたリビングに入ると10人がそこで思い思いにくつろいでいたり、忙しなく夕飯の準備をしたり、ごった返していた。
さっき下見に来たときはそこそこ広いと思っていたが、こうして10人揃っていると手狭に見える。
マリア達の部屋を見たばかりかもしれない。
「勇者様お帰りなさい。どこ行ってたの?」
エプロン姿のルーシーがワゴンに皿に盛った料理を乗せて円卓に配膳していた。
「ああ。ごめん。後で話すよ。」
「勇者。手を洗って。」
クリスが浴室の横の洗面台に連れていく。
蛇口があって捻ると水が出てきた。
「お!水が出るのか。」
「水道もガスもエネルギーもあるんだって。」
「なんだそりゃ。」
クリスが得意気に言っているが、クリスだって今知ったばかりに違いない。
「おー。美味そうだなー。」
「早くいただきたいですね。」
モンシアとベイト、そしてアデルもすでに円卓の椅子に着席している。
アレンとルセットもその横で浮かない顔で座っている。
ルーシー、フラウ、ロザミィとそしてシノさんが食器を並べていた。
よく見ると不揃いの椅子が1脚増えて11人座れるようになっている。
「私まで一緒にすいません。」
「いいのよ。手伝ってもらってるし、多い方が楽しいでしょ?」
なるほど。ルーシーがシノさんを誘ったのか。
ただの善意からというより、少しでも情報を集めたいという意図があってのことだろう。
全員が着席し、今夜の晩餐が始まった。
「いただきます。」
ステーキ、サラダ、スープ、生地を薄く伸ばして中に具材を積めて蒸し焼きにしたもの。魚を焼いたものにグラタン、パスタにパンにとそれぞれの席の前に所狭しと並んでいる。
こんなに豪勢な料理はなかなかないぞ。
「こいつは船じゃ食えねえなー。」
「どれを食べるか迷いますね。」
「どうせ全部食うんだろ。」
モンシア、ベイト、アデルも喜んで食べている。
アレン、ルセットはやはり浮かない顔だが、パクパクと食べてはいる。
「おいしー。」
「おいしいです。」
「おいしいね。」
ロザミィ、フラウ、クリスも満足気に食べている。
「さて、食べてるとこなんなんだけど、今日みんなが見てきたことを報告してもらいましょうか。私と勇者様はさっき言った通り役所でこの島の概要を聞いてきた。」
ルーシーは役所で聞いたことを述べた。
街の名前はアマルテア、町長はカガチ、40年前に人が住んでいて、魔王歴中モンスターが上陸せず、難破船からの人と資材で逆に潤った。
10年ほど前に突如文化が躍進し今の街が完成したと。
それはおそらくリーヴァの力であろうと。
「リーヴァ。その名前を聞いたことはない?」
「さあ、私にはわかりませんねぇ・・・。でも文化レベルが飛躍的に伸びたとき、その先頭を指揮していたのは新しく入った女性だったとは聞いたことがあります。ただ、自分では表に出て何かをやったというわけではないと思いますねぇ。見たことがありませんし。」
ルーシーはシノさんにも話を振った。
「いったいどういう状況だったんですかね?今10年前の島を想像できませんよ。」
ベイトが聞いた。
「本当に何もない島です。流れ着いた木材や衣類なんかで家や着るものを賄うしかなかったんです。お気付きでしょうけど、この辺りでは魚の獲れません。作物も土地が痩せていて収穫は僅か。子供の頃はひもじい思いでいつも泣いていました。水を溜めておける桶も清潔ではなかったし、いつもギリギリでした。本当に今とは天と地の差です。」
シノさんの言葉に一同言葉をなくす。
今の文明も信じがたいが、そっちはそっちで悲惨過ぎて信じられない。
それほど生活の変化をもたらしたリーヴァの力。
この島の住民にとって、リーヴァの存在は神に匹敵するものなんじゃないのか・・・。
俺達は別段リーヴァと敵対ありきで探しているわけでもないのだが、ここまで来れば平和的に解決というのも考えにくい。決裂、衝突も十二分にありうる。
俺達がリーヴァと敵対する勢力と知ったら、ここの住民はどう反応するのだろう?
穏やかなこのシノさんだって、心中穏やかなままではいられまい。
だが、どうも合点がいかない。
リーヴァはこの近海を人間に立ち入らせないように商船を3度も襲わせた。
では何故この島は人の居住が許されているのか。
この島の人達は例外ということなのか?何か理由があるのか。
リーヴァがこの島の住民のように近海を航海する船に寛容であったなら、そもそもこの戦いは始まってすらいない。クリスを迎えに行ったモンテレーからアルビオンに直接戻っていただろう。
「じゃあ学校がどんなとこだったのか話すね。年齢ごとにそれぞれ別の部屋に集まって、子供達が先生に勉強を教えてもらってたよ。窓からジロジロ見てたら不審者扱いされた。」
クリスが突然喋りだした。
みんなクスッと笑って和やかな雰囲気に戻る。
不審すぎるよ。
「図書館ではどこから仕入れたのか様々な本が置いてありました。この島の歴史的な本はルーシーさんが言われた事の他、補完できるような事項はありませんでしたね。明日も行ってみてフィクション、エッセイ、記事なんかの方も読んでみようと思ってます。10年前に具体的に何があったのかを書いている本があるかもしれません。」
フラウが報告を入れた。
「絵本は無かったよー。」
ロザミィがバクバクステーキを頬張りながらついでに報告した。いらない情報だ。
あれ?クリスもロザミィも食べ物を食べてる。
いつの間に食べれるようになったのか。
自然過ぎて見逃してしまう所だった。
「あー、研究所は想像以上な所だったぜ。あの高層ビル、ほとんどの階が食料の生産を行っているようだ。野菜、穀物、果実、これだけでもビックリだが、牛、豚、魚、甲殻類に鳥、何でも養殖しているそうだ。」
アレンが浮かない顔で口を開いた。
俺達も顔をしかめてアレンに注目する。
「つまり今この食卓に並んでいる食いもんは全部あそこで作られたものってわけだな。」
ステーキを頬張るアレン。
「うめえな。どこでどう作ってようと口に入れば同じなんだから文句はねえが。なんかちょっと複雑だよな。」
「意外と天然物にこだわる心境があったのね。まああれは養殖というか、複製工場という方が正しいのかもしれないけど。なかなかショッキングな話だったわね。」
ルセットがアレンを宥めるように肩を叩いた。
「そういえばエレベーター、そこにもあったんだろ?どうしてこの島にエレベーターが伝わっているんだろうな?」
俺はマリアの高層タワーを思い出してルセットに聞いてみた。
「も、って?まあいいわ。エレベーターは確かにあったけど、動力が術動式バッテリーなんかではなかったわ。」
「動力が違う?」
「ええ。さっきクリスが言ってたでしょう?外部からのラインでエネルギーが供給されて、バッテリーの交換が必要ないのよ。メンテナンスは必要だけど、壊れたりしない限り永久に使えるってわけね。これは技術云々より街全体のインフラが整備されないと不可能だわ。そしてこの街にはそれができてる。どんな家一軒だろうと水、ガス、エネルギーが常に供給されてるってわけね。」
「なんてことだ・・・。まるで夢のような・・・。理想郷じゃないか。」
俺は愕然とした。
そんな生活を現実に実現させるなんて、可能なのか。
クリスがニヤニヤしながら俺にどや顔をして見せた。
「私も研究所に明日また行ってみて、実際の農場を見学させてもらいたいわ。アレンも来るわよね?」
「俺もか?お呼びとあらば行かないわけにはいかねーけど、あんまり見たくはねーな。」
二人の浮かない顔はちょっと理由が違っていたようだ。
ルセットは研究欲でアレンは養殖にショックを受けてというところだったのか。
「ところが、そう理想郷ってわけでもねーんだな。」
モンシアが待ってましたと話し出した。
「土地、家、仕事、この街にはびっしりと埋まってる。数が限られてて増えることはそうない。だけど人間の数はそういうわけにはいかねえよな?病院じゃ子供の数が一定以上増えないように制限を設けてるって話だ。」
違う角度からの話にビックリする。
「仕事も抽選で選ばれるという話でしたね。選ばれた人はいい。しかし選ばれなかった人はその後最低保証の生活しかできない。格差は広がるばかり。そこで犯罪に手を染める者もいるのだと聞きました。」
ベイトも加わる。
街の闇の部分というわけか。
「まだ出来て10年の制度だ。欠陥部分もあるだろう。今はまだ傷口はそこまで深くはなっていないようだが、下手をすると街を二分させるきっかけにもなりかねないだろうな。」
アデルも感想を付け加えた。
「10年前の激変で作られた街か。その10年前にいったい誰が何をしたのか、どうやって人、物、経済、技術が動いたのか調べてみる必要がありそうだな。10年前はまだモンスターが海に徘徊していたはずだ。この島に上陸しなかったにしろ、自由に大陸と往来していたはずはない。考えられるのはリーヴァの存在と能力だ。それらを調べ権力構成や街の暗部を紐解くことでリーヴァの幻影を追うことができるかもしれない。もとより何の手掛かりもない。そっちの方向で調べを進めていくしか居場所を探しようがないよな。」
俺は珍しくルーシーより先に話をまとめた。最後に疑問形っぽくなったのが自信の無さの現れだ。
ルーシーがニヤリと笑いながら見てる。
「それで?勇者様はどこに行ってたの?」
「ああ、マリア達にばったり会ったんだ。高層タワーがここからでも見えるだろ?あそこの最上階に部屋があって誘われたんだ。」
「は?あったの?」
「いや、リーヴァとセイラは居ない。あくまでマリア達のこの街での部屋というだけだった。」
「はー。勇者様懲りないわね。無防備に突貫しすぎよ。」
「ごめんごめん。突然だったから。でもガードが固くてリーヴァの居所は聞き出せなかった。現状で一番答えに近い連中だ、明日も行ってみようと思う。」
「それはそうだけど、気を付けてよねー。」
「うん。」
報告会はそこまでで、後は楽しく夕飯をいただくことにした。
とはいえ話題はやはり今日見てきた街の珍しいものが中心だった。
階段が動いて乗っている人間を運んだりだとか、どういう建物の造りだったとか、どんな店があっただとか、どんな人と会っただとか。
食事が済んで各自風呂に入ったり後片付けをしたり、リビングでそのままくつろいだり、部屋に行ってみたり。今日は解散な流になった。
片付けを手伝い、シノさんが自分の家に戻るのを見送り、最後に俺も風呂に入る。
女性陣は2階の備え付けのベッドがある部屋に。男性陣は3階の簡易ベッドがある部屋に。
俺は自分の部屋に行こうと階段を上がった。
2階の部屋のドアから顔を出してルーシーが手招きしている。
なんだろう。
部屋に入った。
「ねえ、勇者様お腹すかない?」
「え?あれだけ食べたのに?いいやお腹いっぱいだよ。」
「そうなのよねー。私もお腹いっぱい。」
妙なことを言い出すな。
「ねー、勇者様なにかおかしいと思わない?」
「なにかと言われても、おかしくないところが見つからないくらいではあるが。」
「うふふ。それもそうなのよね。」
「そういやクリスとロザミィが食事してたのが唐突だったな。キシリアも食べてたから食べれないわけじゃないんだろうけど。」
「うーん。確かに変ね。」
考え込むルーシー。
まさかとは思っているが、さっきマリアが言っていたルーシーが嘘をついているという言葉が頭を過る。
「なあ、ルーシー。」
「なあに?」
「君は俺になにか嘘をついてたりはしないよな?」
「嘘って?」
「いや、それはわからないけど・・・。」
「やーねー。ついてないわよ。黙ってることはあるけど。」
「え?」
「勇者様一緒にここで寝ましょう。二人くらいなら寝れるわよ。」
「いや、でも部屋があるのに一緒に寝るのは・・・。」
いつも一緒に寝てるしだいたいみんなその事を知っているんで今さら恥ずかしがってもしょうがないんだが。
いやいや、そんな事より、黙ってることってなんだ?
「隠してる事があるのか?」
「あるけど、今は教えない。後で言うから待っててくれる?」
ルーシーの顔を見つめる。
別段やましいことがあるようでもない。正面から俺を見つめ返すルーシー。
「わかったよ。ルーシーは綺麗だからつい許しちゃうなー。」
「なによ勇者様。なんか期待してるのー?」
「してるよ。早く教えてくれるようにな。」
「はいはい。じゃ、今日はもう寝ましょうねー。」
結局ベッドに引っ張られて二人重なって横になる俺達。
こうも堂々と隠し事があると言い切られたらなんとも言えないよ。
後で言うというの信じて待つしかあるまい。
「勇者様私を信じてくれるのねー。」
体をモゾモゾ動かして良いポジションを探すルーシー。
「ここまで来たら信じるしかないだろ?」
「嬉ちー。」
なんか今日のルーシーも変だな。
俺もルーシーを抱き寄せてルーシーの髪の香りを嗅いだ。
「落ち着く。」
「やだぁ、勇者様。なんか恥ずかちい。」
俺達はニヤニヤしながら三番星最初の日を終えた。
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