第107話
起きたときベッドにはルーシーは居なかった。
朝6時くらいか?
誰にも見つからないようにルーシーの部屋から1階に降りるとルーシーが円卓に座って両肘をテーブルについて、両手で顔を覆っていた。
どうやら他に起きてきている人は居ないようだ。
「おはよう。」
俺は挨拶した。
「あー。勇者様おはよう。なんか私昨日変じゃなかった?」
「ん?まあ、変と言えば変かもしれないが。」
「あー。思い出すと恥ずかしい。」
顔を覆ったまま固まってるルーシー。
「恥ずかちい。じゃないのか。」
「もー!勇者様!」
立ち上がって手をあげるふりをするルーシー。
「あはは。ごめんごめん。」
「んー。そりゃね。ぎゅーってされて、恥ずかしいけど嬉しくもあったんだけど。」
「嬉ちい。じゃないのか。」
「勇者様!」
玄関のドアがガチャリと開いた音がした。当然ここに入ってくるのはシノさんしかいないだろう。
壁一枚を横切ってリビングに入ってくるシノさん。
昨日の格好とは違って前開きの白いノースリーブのシャツと膝上の紺のタイトスカートにエプロンという服装に変わっていた。
昨日のおとなしい服装も落ち着いて似合っていたが、今日はちょっと肌面積が多いお洒落で可愛い服のようだ。
親しい間柄ならともかく、あまり付き合いのない俺がわざわざ服装を指摘するのもいやらしかと思って黙って見ていたが、俺が気付いたことに気付いてシノさんはニッコリ笑った。
「おはようございます。もう起きてらしたんですか?」
「ええ。まあ。シノさんこそどうかしたの?」
「朝食の用意をと思いまして。あの、ご迷惑でしたでしょうか・・・?」
「いえいえ。そうじゃないけど、わざわざやってくれなくてもいいのに。」
「私の仕事みたいなものですから、お気になさらずに。お口に合うか分かりませんが。」
「悪いわね。それじゃあ手伝ってもらおうかしら。」
二人はキッチンに向かった。
「簡易のベッドの寝心地はいかがでしたか?どなたか眠りました?」
「え?ええ。俺はどこでもグッスリ眠れるたちなんで・・・。」
シノさんの質問に嘘じゃない範囲で誤魔化した。
ルーシーと一緒に寝たんで使ってないとは言いにくい。
朝食の匂いに釣られてか、みんなもそろそろ起きてきていた。
リビングの席に座り、あくびなんかしている。
「ふあー。よく寝たなー。お!いい匂いじゃねーか。なんだいこりゃ?」
「味噌汁です。朝には定番なので。」
モンシアの遠慮のない質問にシノさんが答える。
濁ったスープだが食欲をそそる香りを放っている。
クリスが最後に起きてきた。
「おはよう。」
「勇者。なんか悪い夢を見た。背中がぞくぞくする。」
「え?悪い夢?」
クリスが青い顔をしてぐったり席に着いた。
みんな心配そうに様子を見ている。
「どんな夢を見たんだ?覚えてるか?」
クリスの近くに立って肩に手を置く俺。
「うん。ルーシーが勇者と二人きりでベッドで寝てて、凄い猫なで声で甘えてる夢だった。勇者ちゃまの体あったきゃーい。とか言ってた。ゾッとした。」
俺とルーシーが青い顔になった。
「ん?そういや俺もそんな夢を見たような気がするぞ・・・。いや、んなわけねえか。なんで俺が勇者殿とルーシーの睦事なんて夢に見なきゃなんねーんだ。」
モンシアが呟いた。
「あるわけないでしょう。そんなこと・・・。」
ベイトも青い顔で呟いた。
なんか覚えがあるという顔だった。
「ちょっとシノさん。後で話があるんだけど・・・。」
ルーシーが強ばった顔でシノさんに用事を振った。
何人かが同じ夢を見ている。そんなわけない。
クリスの言った言葉が昨日のルーシーの言葉に一致していた。
考えられるのは・・・。
部屋の音漏れが凄いってことしか・・・。
白い穀物と味噌スープ、焼き魚を食べてみんなの朝食は済んだ。
ルーシーは言葉少なくひきつった顔で食べていた。
さてこれからと俺は片付けに立ち上がると、モンシアも席を立ち誰にともなく言った。
「ごっとーさん。さあて、ここでのんびりしていても始まらねーし、早速出掛けるとするかー。」
捜索に前向きなことはありがたいが、なにやらそそくさと急いで出ていっているように見えるのだが・・・。
「そうですねー。始まりませんからね。」
「始まらないからな。」
ベイトとアデルも続いてイソイソと準備をして出ていった。
なんだありゃ、という顔でそれを無言で見送った俺達。
「それもそうよね。後片付け任せちゃっていいかしら?私達も行きましょう。」
「は?まだ時間早くねーか?」
ルセットも立ち上がる。アレンは乗り気じゃなさそうに言っているが体は準備に取り掛かっている。
「はえー。みんな急いでどうしちゃったの?」
「色々調べたいのですよ。私も早く図書館に行って続きを調べたいのですが・・・。」
「いいわよ。私とシノさんで片付けておくから。」
ロザミィが口に出してフラウが答える。ルーシーは早くシノさんと話がしたくて快く片付けの仕事を負う。
「私としたことが、ワガママを言ってすみません。」
「いいのいいの。シノさん頼りになるから。」
ルセット、アレン、ロザミィとフラウも出ていった。
クリスは気分が悪そうだったが、すでに立ち直っているようだ。味噌スープをすすっている。
「じゃあ私も遊びに行ってくる。」
クリスがおわんを置いて立ち上がる。
「遊びかよ。」
俺は突っ込んだ。
「視察だよ。」
照れて誤魔化した。まあいいけど。
クリスが出ていってシノさんと大量の皿を洗ったり拭いたりの後片付けだ。
「ねえ、シノさん。ちょっと聞きたいんだけど。」
「はい。なんでしょう。」
「この家って壁が薄かったりするのかしら・・・。」
「薄くはないと思いますが・・・。どうかしましたか?」
「いや、音とか漏れちゃったりとかは・・・?」
「いえ。まさか。そんな部屋だと貸せませんし。お客さんからクレームが来てしまいます。」
「そうよねー。」
ひきつったルーシーがそれとなくシノさんに聞いているが、音漏れはないとのことだ。
しかし、気付いてないだけ、ということもあり得る・・・。
片付けが終わった俺とルーシーはシノさんを残して2階に上がっていった。
「勇者様は私の部屋に居てね。私は隣のクリスの部屋で声を出してみるから。」
「ああ。わかったよ。」
ドアを閉めて出ていくルーシー。
俺も声を出してみる。
「ルーシー。聞こえるかー!」
こちらからはルーシーの声は聞こえてこないが、同じように声を出しているのだろうか?
しばらくしてルーシーが戻ってきた。
「聞こえた?」
「いや、ぜんぜん。俺も叫んでたんだが、そっちはどうだった?」
「え?そうなの?ぜんぜん聞こえなかった。」
俺達は頭を捻った。
ということは俺達の睦事がみんなに聞こえていたというわけではないのか?
では何故クリスがあんな夢を見たんだ?
「偶然私が言った言葉を夢に見たのかしら?そんなことある?」
「どうだろうな。なんて言ったんだっけ?」
「もう!勇者様!イジワル言わないで!」
「あはは。ごめん。じゃあ今日からは別の部屋で寝ることにするか。」
「それは・・・。別にいいんじゃない?勇者様だって落ち着くって言ってくれたじゃない。」
照れながら俺の袖口を引っ張るルーシー。
なんだよ。懲りてないのか。
釈/然としない感じで1階に降りていく俺達。
そもそも俺達は何をやってんだ。イソイソと出掛けたみんなもなんか怪しいが、部屋の音漏れなんか調べている場合じゃない。
シノさんはホウキや布巾で掃除を始めていた。
「そんなことまでしなくっていいのに。」
「ええ。でも他にすることもないので。」
「そっかー。部屋を貸してしまえば後は悠々自適なんだもんね。案外いいお仕事ね。」
「ええ。まあ、そうですね。」
「でもさ、じゃあ別の事頼まれてくれない?」
「はい。なんでしょう?」
「ちょっと私達を街案内してくれないかしら?」
「え?私がですか?」
「私達昨日島について役所に行っただけで他にお買い物くらいしかしてないし、何も見てないのよね。」
「そうだったんですか。それじゃあお出掛けしてみましょうか。」
マリア達の高層タワーにも行かなければならないが、学校が終わって夕方頃しか帰ってないということなので、午前中は丸々予定は無かった。
案内してもらえるならありがたい。
エプロンを脱いで折り畳むシノさん。
「では北東の公園なんかに行ってみましょうか。」
別にのんびり過ごすために観光しても仕方ないのだが、どこでどんなものが有るかはわからないからな。行ってみるだけ行ってみよう。
移動は昨日役所で見た乗り合い馬車を使って行く。
俺とルーシーなら歩いても良いのだが、シノさんが一緒だしな。
乗り合い馬車は島全体の各ポイントを決まった時間にぐるぐる巡回しているらしい。
細かい指定は出来ないが、行きたい場所に決まった時間で運んでもらうことができるというわけだ。しかもこの乗り合い馬車は無料で利用できるらしい。
巡回とは別に直行したい場合は各エリア毎に辻馬車に有料で乗せてもらうこともできるそうだ。
中央の役所から来た馬車が南西の居住区に回って島を半時計回りに進む。
逆回りで進む馬車も同時に出ているそうなので、目的地にどちらが近いかは各自判断が必要だ。
屋根のある道端の停留所には数人が待っていた。ベンチが備え付けられて俺達はそこで座って馬車が来るのを待つことにした。
時間は8時くらい。仕事に向かう人も居るのかな。
「ねえ、シノさん。昨日の料理美味しかったんだけど、お酒とか入ってたりした?」
「お酒ですか?ステーキを焼くときに使いましたけど、変な感じでしたか?」
「いや、それならアルコールは飛んでるはずよねえ?味が残ってたわけでもないし。」
ルーシーは自分の変な行動に疑問を抱いているようだ。
知らないうちに酔っぱらっていたと考えたようだが外れらしい。
ほどなくして二頭立ての馬車がやって来た。10人は乗れる車を引いてゆっくりと停留所に停まる。屋根のある箱形の車体で横に大きく窓が開いて解放感があり狭苦しい感じではない。
側面に座席が2列並んでいて最前列に詰めて座る。
ルーシーとシノさんに挟まれてドキッとしてしまった。
街の風景を横切り、黒いアスファルトを駆けていく馬車。何度かの停留所で人が乗り降りし、街が息づいていると感じられた。
無骨な長方形の建物。ルセット達も来ているはずの研究所や農園。ここにも人の息吹があるんだな。
目的の公園の近くで降りて、やっと体を伸ばせる気分だ。
「着きましたね。行きましょうか勇者さん。」
先頭を歩き公園に案内するシノさん。
その姿にドキッとした。
やはりキシリアに似ているような気がする。
俺を、さん、と呼ぶ声もどことなく同じ響きだ。
「シノさん。ちょっとキシリアに似てないか?」
「そうね。声も同じ人みたいね。」
似ていたからと言ってどういうことでもないのだが。他人の空似なんて気にしてもしょうがない。
街の風景と違って公園は土が地面に広がっていた。緑もあちこちにある。広い池が中央にあって、それをぐるりと回る散歩コースが曲がりくねって作られている。
なるほど。街の景観からするとここはオアシスだ。
歩いていると人にすれ違う。結構多く来訪者がいるようだ。
まさかリーヴァのアジトが池の中に隠されているとは思えないが一応見ておくか。
「いいところねー。のんびり出来て。」
「そうなんです。落ち着けるので私も好きなんです。」
ルーシーとシノさんが並んで歩いている。
とても和やかな雰囲気で休日を過ごしている気分だ。
ざわざわと木々を揺らす風も気持ちいい。
散歩コースをしばらく歩いていると、池を挟んだ対岸の敷地内にざわめく声が聞こえてきた。
なんだろうとそちらに目を向ける俺達3人。
「池に逃げたぞー!」
声が早いか、男が池に飛び込んできた。
それを囲むように岸の向こうから数人が池に飛び込んだ男を追いかけている。
追いかける男の一人も池に飛び込む。
池を泳いで逃げていた男に追い付いて水中で飛びかかり羽交い締めにする。
あれ?追いかけて来た男はモンシアじゃないのか?
「おとなしくしやがれ!もう逃げられねーぞ!」
モンシアが男を取り押さえて、それを追随する他の追っ手達も逃げた男に追い付いた。
観念したのか、逃げた男は数人に囲まれて捕らえられた。
「やれやれ。やりましたね。」
「泳ぎで逃げようと思ったのが間違いだったな。」
岸にはベイトとアデルまで立っていた。
濡れて陸に上がってくるモンシアを引き上げて健闘を讃えているようだ。
なにやってんだ?
「ご苦労様。協力感謝するわ。」
「あはは。ありがとねー。これで一味も逮捕できると思うよ。」
ベイト達の後ろに黒いスーツを着た女性が二人現れた。
衝撃が走った。
ルカとエルじゃないのか?
格好はぜんぜん違うが感じが似ている。
「なにあれ?」
ルーシーが唖然としながら呟いた。
俺達の居る池を挟んだ対岸からは向こう側にすぐには行けない。
池をわざわざ泳いで行くか、池の周囲の散歩コースを迂回しなければ。
なんなのか気にはなるが、俺達には気付かないで逃げた男を取っ捕まえて集団で向こうに引き上げてしまうようだ。
問題あるようではないので後で宿に戻ったときに聞いてみるか。
言葉を聞くだけなら犯人を追っていた警察に協力してモンシア達が活躍した、ということなのか?なんでそんなことになってるかは知るよしもない。
そんな騒動を見かけはしたが、その後は終始落ち着いた散歩でくつろげた。
しかしシノさんもそうだが、キシリアの面影を感じてしまったり、遠くにチラッと見えただけの知らない女性がルカとエルに見えたり、俺はいったいどうしてしまったんだ。
シノさんはシノさんで名前も姿も、住む場所も仕事も、能力や目的だってキシリアとはぜんぜん違う。ルカとエルだって目の前で灰になっていったんだ、彼女達が居るわけはない。
魔王の城から解放した彼女達を救えずに、結局は殺してしまった罪悪感を感じているのか、それとも許しを乞うための俺のエゴか、彼女達の面影を見知らぬ女性の中に探してしまっているのかもしれない。
公園を後にした俺達は近くにある遊園地に連れて行かれた。
ぐるぐると木馬が動くメリーゴーランドや、ゴンドラが輪になって釣られている遊具に乗って遊んだ。
劇場にも行った。よくわからない演劇をやっていて、周りに合わせて一応拍手したり歓声をあげたりした。
大型のショッピングモールにも行った。いろんな店が軒を連ねて目移りしそうだ。ルーシーも興奮してシノさんと店を梯子しながら買い漁っているようだった。
当然ながらリーヴァのアジトに関する手掛かりはない。
シノさんの案内が悪いというわけではない。そもそも五里霧中なのだから。
どこに行っていいのか、どこを探せばいいのか、俺達にも分からない。
とにかく街の概要を少しでも知ることが一歩目の始まりだ。
そう信じてやるしかない。決して遊んだだけではないぞ?
昼を過ぎ、夕方に近い時間になった。
俺達は北東のエリアから北西のエリアを通って南西の民宿に半時計回りで馬車に乗って帰る事にした。
これで島を一周したことになるわけだ。
「ふー。わたくし1日中外で遊んだことがあまり無いので、ちょっと疲れました。」
「案内を頼んだりして申し訳なかった。おかげで楽しく過ごせたよ。」
「それはこちらこそ。とても楽しかったです。」
帰りの馬車内でルーシー、俺、シノさんが端に詰めて座りながら今日の感想を言っていた。
車内にはたくさんの乗客が詰めている。
「勇者様、あれ見て。」
「ん?」
ルーシーが窓の外に視線を送る。窓は背中側にあるので振り向いて俺も見てみる。
学校帰りの生徒達が帰路についているようだ。
その中でマリア、ファラ、カテジナの3人も歩いていた。
思わず手を振ってみたが気が付くだろうか。
気が付いた3人はちょっと笑顔で馬車について走ってきた。
しかし馬車と並走するのもアレと思ったのか途中で止めた。能力的には馬車を追い越しても不思議はない。
「ふふふ。可笑しい。なにも走ってついてこなくてもいいのに。」
ルーシーは微笑ましく笑っている。
「後でマリア達の部屋に行ってみるか。ルーシーも行くだろ?」
「んー。私はシノさんと夕飯の準備をしなきゃ。勇者様一人で行ってきて。」
「え?昨日は危ないって言ってたのに。」
「マリア達だけなら大丈夫でしょう。何かあったら通信装置で呼んでね。」
「うん。分かった。」
俺一人でリーヴァのことを聞き出せるだろうか。今のところ糸口がぜんぜん無いのだが。
民宿に一旦戻ってきた。
「シノさん、疲れてるとこ悪いんだけど夕飯手伝ってくれる?簡単なのでいいから。」
「ええ。もちろんです。それくらいならやれますよ。」
エプロンを着るシノさんにドキッとする。
これは単に俺がエプロン姿が好みだからという理由で特に他意はない。
皿とか材料とか出すのを手伝ったりして、途中でマリア達の高層タワーへと赴く事にした。
そろそろ帰りついているだろう。
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