第83話



ここからは少々私フラウが筆を取らせていただきます。

勇者様はルーシーさんに書いてもらいたかったようですけど、ルーシーさんは頑なに断っておいででした。自分は文章が苦手だとか。

少し書いてもらったのを見たのですが本当に無味無臭の箇条書きという感じでした。勇者様も真っ青になって諦めたようです。

日付、時間、秒まで書いて起こった出来事を書いていました。

気温、風の方向、天候、体温、心拍数までこと細かく。

しかも肩の動きから予測して他人の、主に勇者様の心拍数まで!

それらを全て記憶しているというならルーシーさんの脳みそはいったいいくつあるのでしょうか!?それよりもそれらを逐次計測している事にも驚きです!

そんなわけで今後ルーシーさんの代わりに意外な方が筆を取られますのでお楽しみに!


前置きが過ぎてしまったようです。

それでは私とルーシーさん、ロザミィさんが船を降りてどうしたのかを書き綴っていきたいと思います。


私達は港の自警団の詰所に寄りました。

詰所の中は巨大鳥の出現に色めき立っていましたが、2度目、いや、3度目とあって混乱という程ではありませんでした。

早朝でしたのでビコックさんもルセットさんも居られません。

前回夜の到着というのにやって来たルセットさんが今回も来てくれるのではという期待を込めてそこでしばらく待たせてもらうことにしました。

実際現在何処にいるのかと言われれば家で寝ているのが現実的なのですが、その家もどこにあるのか私達は知らないし、自警団の方々も知っている人はいませんでした。

何せここの自警団の方は新人が多いので。

ロザミィさんのせいで・・・。


それはともかくやはりルーシーさんの狙い通りにルセットさんはやって来ました。

前回とはクリスさんが居ないだけという違いで、またあなた達なの?という第一声は少々ガッカリしたという意味合いも含まれていたのでしょうか。

本人は違うと仰ってましたが。

そんなことはお構い無しにルーシーさんはルセットさんにことの次第を早口で捲し立てました。


「あなたの力を借りたいの。今私達はモンスターという壁にぶち当たってる。こいつをどうにかするには今の装備では私達にどうにかすることはできない。捜索という意味では外れだけど、みすみす見過ごすのは私のプライドが許さないわ。」


なんと、セイラさん達のアジトがあるという可能性は最初から考えてないようです。


「モンスター?モンスターがまだ居るの?」

「詳細は省くけどその通りよ。」

「分かった。力は貸したいけど私はどうすればいいの?」

「作って欲しいものがある。」


この場では話が進まないということで、私達はルセットさんが勤めている工房に連れていってもらうことになりました。

港を出て右に繁華街、左に住宅街、そして正面に向かうと工業地帯があるとのことで、飾り気のない無骨な通路を歩いて向かいました。


さぞ立派な建物にあるのだろうと思っていたのですが、トタン屋根の素朴な町工場という様相の質素な工房でした。

ここでシャワー室などの最新の装置が造られているのかと意外な感じがしてしまいます。

工房の名は、アナグラ。


「私達だって最初から凄い発明をしていたわけではないわ。それに港にも近いし何気に便利なのよ。」


私達の顔を見て察したのかルセットさんはそう言って工房に入りました。

中では工員さん達が作業中でテーブルの上に箱のようなものを乗せて、中を弄っています。

それを横に通り過ぎてトタンで出来た壁の部屋に入る私達。


中は戸棚と貼り紙がいっぱい、部屋の真ん中に長テーブルとパイプ椅子数脚というこれまた飾り気のない無骨っぷりで、夢から醒める思いです。

そこに私達4人はそれぞれ座りました。


「それで?何を造ればいいの?」

「ボート、もしくは今ある救命艇に時速60キロで10キロメートル以上を走れる装置を造って欲しい。3槽ね。それが不可能ならこの話は終わり。明日別の島を捜索するために出発するわ。」


な、なんという無茶なことを!そんな速さでボートが自動で動くなんて聞いたことがありません。


「できるわ。時速80キロ、波の影響を考えて余裕をもって100くらい出るように改造しておく。でもエネルギーが30分しか持たない。何かあったときのために倍は用意したいけど、それを造るのには時間はかかるかも。」


な、なんという即答でしょう!


「できるの?ありがたいわ。あなたに相談して良かった。造る時間なら必要ない。ロザミィを連れてきたから。」

「え?私?」


突然名前を呼ばれてボーッとして聞いていたロザミィさんが呆気にとられています。

そうでした。ロザミィさんは空気から何でも作れるんでした。


「あなたのシャワー室を見よう見まねでログハウスに作ったのよこの子。しかも服の洗濯と乾燥まで自動でやってくれるやつを。」

「え?なんでシャワー室に洗濯と乾燥を・・・。あ、いや、理屈は通っている。シャワーを浴びるのに服は絶対に脱ぐ。そのまま洗濯と乾燥をしてくれれば、明日の朝に綺麗になった服で出掛けられる・・・!あああああああぁぁっあああぁぁっ!!悔しいぃー!!先を越されたぁーっ!!」


少なからず大人の女性で落ち着いた感じのイメージだったルセットさんが急に大声でわめき始めて驚きました。


「やるわねあなた。私も今度は負けないわ。」


目をパチパチさせて頷くロザミィさん。

さすが大人の女性の面目躍如という所でしょうか。すぐさまキリッと立ち直って相手を称え、次の仕事の糧としているようでした。

ただでさえ文化水準が異次元レベルのこの町が、さらに発展するのは間違いないようです。


「ウフフ。ルセットお茶目なところあるのね。」

「逆よ。お茶目な所しかないつもり。」

「うっふっふ。それは失礼。」

「でも動力はどうしたの?術動式のバッテリーも用意できたのかしら?」

「なにそれ分かんない。」


ロザミィさんは頭にハテナマークを浮かべて聞き返しました。

まあ私も分かりませんけどね。


「じゃあ、あれはスズメの翼を動かすのと同様にあんたが能力で動かしてたのね。」

「バッテリーの外側だけ真似て造ってもエネルギーが空だと意味が無いわね。施術士にエネルギーを込めてもらわないと。」

「それなら大丈夫。フラウを連れてきたから。」

「え?私ですか?」


私も呆気にとられて聞き返しました。

ルーシーさんは最初から全てお見通しのようです。


「そう言えばそうだったわね。私も助けてもらったんだった。」


ルセットさんは満足気に頷きました。


「それともうひとつ。お腹を押さえると声が出る人形あったけど、あれもあなた達が造ったものなの?」

「え?ええ。声を吹き込んでボタンを押すとスピーカーから音がでるやつね。」

「あれを大音量を出したまま空中に浮かして一定速度で移動させることできる?」


な、なんという無茶なことを!空中に浮いて移動する人形なんて聞いたことがありません。


「耐久性は?」

「必要ないわ。囮に使う。」

「バルーンで浮かせてプロペラで飛行させればできるだろうけど、何かに使えるの?」


な、なんという即答でしょう!

そしてルーシーさんの作戦が分かりました!


三方の竜をそれぞれの方角から音のする人形で呼び寄せてボートで離脱。

その囮グループ3組とは別に内部を捜索するグループが目的の何かを見つけそれを破壊するという二段構えの作戦というわけですね!

目的の何かとはおそらく黒い霧の発生源。それを潰すことでモンスターは自然に消滅し、直接戦うことなく一網打尽にできるという算段なのでしょう!

そしてその黒い霧の所在はあの島全体、及び周囲10キロメートルに竜の行動範囲が限られる事から、温水に溶け込んでいると考えられます!つまり探して破壊すべきは温水の湧く源泉、そこにある何か!


「竜が隠れる程の深い湖沼を潜って探すなら、息が出来るスーツなんかも必要なのでは?」


私が意見を言ってみました。

ルーシーさんが目をパチパチさせて私を見ています。


「流石ねフラウ。まだ何も説明していないのに。」

「いえいえ。そこまで言われれば。」

「三方から竜を誘き寄せるのは私達が仕掛けたとき20体の竜は残ったままだったから。それぞれ警戒範囲が指定され個別に誘い出さないと完全に無人状態にはできない。

音に反応する習性の奴等を人形で誘き出し、私達が内部に潜入し制御している何かを破壊する。」


「水中に潜るの?」

「そうね。息が出来るスーツなんてものも作れるの?」

「あるわ。2時間くらいしか持たないけど。」

「じゅうぶんよ。クリスや魔人達は必要ないみたいだから2つあればいいわね。」

「分かった。用意しておく。」


ルセットさんに着々と装備の依頼が送られているようです。


「うーん。ここまで来たらもうちょっとお願いしちゃおうかしら。」

「なに?」

「遠くにいる人同士で会話できる装置があればいいなー。」

「う、それは厳しいわね。」

「勇者様がサンプルを持ってるから後でもらってくるわ。」

「あるの?」

「魔王の娘が作ったやつがね。」

「それは興味深いわ。」


とりあえずルーシーさんからの依頼はこれまでのようで早速作業に取りかかる事になりました。部屋を出たルセットさんは数人の職員の方にあれこれ指示を出してポンと肩を叩き材料や試作品の準備を頼んでいるようです。

私達は準備の前にルセットさんからも見て欲しいものがあるということで裏の空き地に連れて行かれることに。


空き地というか資材置き場として使っている場所をわざわざ開けて試し射ちが出来るように的を遠くに設置しているということのようです。


そこには遠くにヒトガタの焼き焦げた的が横に等間隔で5つ並んでいます。

焼けているのでよく見えませんが真ん中に丸が描いてあって射撃の試し射ちをしていたのがわかります。

私達が立っている工房の入り口近くには長テーブルがあり、矢がいくつも並べられていました。


「これファイヤークロスボウと言えば何かは伝わるかしら。」


ルセットさんが手に持ってきたのは大型のクロスボウでした。

先端になにやら装置のようなものが付いているようです。


「まさか・・・開発していた装備って・・・。」

「ええ。相手の弱点をビコックに聞いたから、役に立つんじゃないかと思って。使い方は簡単。市販の矢を使えるように大型のクロスボウになったけど、専用の矢じゃ汎用性が落ちるからあなた達にはこっちの方がいいわよね?と言うわけでどこにでもある矢をセットする。」


クロスボウの本体に着いているレバーを引いてテーブルの上の矢を一本クロスボウにセットするルセットさん。

矢の先端にシュッと何かの液体がクロスボウの先端から吹き上がりました。

的に向かって引き金を引くルセットさん。


今度はクロスボウの先端から火がボウッと吹き上がり、矢を飛ばしていきます!


なんと!火の付いた矢は的に向かって飛びましたが、当たらずに地面に落ちてしまいました。


「おお!」

「あ、ちょっと外れちゃったけど、要するに自動で矢に火を着けて飛ばすクロスボウってところね。」


「凄いわ!一人で片手だけで火の矢を飛ばせるなんて!」

「ウフフ。喜んでもらえて作った甲斐があったわ。使ってみて。」


ルセットさんからクロスボウを手渡されるルーシーさん。


「原理も簡単。可燃性の粘液を装填した矢に吹き付ける。トリガーを引き矢を発射させると同時に可燃性の液体に点火して燃焼させる。残念ながら試作品のこれ一台しかないけど、クロスボウ自体の製造は熟練の職人さんに頼まなければならないから量産は難しいと思う。」

「なるほど。ロザミィに複製させるのも無理ね。ロザミィはそっくりそのままコピーを作るんじゃなく、同じようなものを作れるだけだから、ちょっとした反りなんかを同じように作れるわけじゃない。」


ルセットさんの説明を受けルーシーさんも的にクロスボウを放ちます。


的の中心にストンと吸い込まれる矢。


「あなた凄く上手いわね。一発目なのに。」

「ありがと。でもこれ火力はそれほどでもないみたいね。じゅうぶん凄いんだけど。」

「ここで試し射ちするだけだから火力は抑えてるわ。装置のつまみを全開にして粘液を10倍に増やせばそれなりに燃えるはずよ。」

「へー。じゃあこれ火を着けたくない時はオフにも出来るの?」

「着火の方も切ればね。」

「ふーん。」


ルーシーさんはそう言いながら矢をクロスボウに装填して次々と5つの的のど真ん中に矢を突き刺していきます。


「ねえロザミィ?セイラに感想聞いてみてよ。」


後ろの方で呆然として見ていたロザミィさんを振り向いてニヤついた笑顔でルーシーさんが聞きました。


「やだぁあああぁ!これ怖いぃ!」


ロザミィさんが泣き出しました。

これに狙われるのが自分達だと思うと怖いのも頷けます。


「いいから。聞いてよ。ねー。」


後ろを向いたままクロスボウに矢を装填して5つの的に当て続けるルーシーさん。そのスピードが徐々に早くなっていきます。

私もルセットさんも顔が青くなってしまいました。


「怖い怖い。危険人物に危険物を持たせないで欲しいわ。って。」


ロザミィさんがセイラさんの代弁をしたようです。


「危険人物はあんたでしょうが。焼き殺されない内に観念しなさいよ。」


不覚ながら私も怖くなってしまいました。ルーシーさんにこれを持たせて良かったのでしょうか。


「あなた後ろ向きでよく当てられるわね。」

「ウフフ。的が動かないんだから射角を覚えたら見なくても分かるでしょ。それより、頼んでる装置の方も取り掛かりましょ。」


驚いて質問するルセットさんにルーシーさんがさらっととんでもないことを言いました。

一つの的を当たる位置で固定して射てばなんとか見ずに当てるのも可能かもしれませんが、5つ全部を当てていくのは不可能では?


そういうわけで、私達は新たな装備を手にするため工房での作業に勤しむのでした。


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