32、レジャー
第91話
金髪のルーシー32、レジャー
朝になりベッドで目覚めたら横にクリスとキシリアがすやすや眠っていて、思わずドキッとした。
慣れてしまった光景とはいえ、やはり異様な状況だ。
温かい彼女達の体温を感じながら、起こさないようそっと俺から離して寝かせる。
ホテルに借りていた燕尾服を戻しに行くついでに、彼女達は食べないであろう朝食を一人で済ましてしまおう。
以前利用したレストランのバイキングは今日もやっていて、海鮮パスタをガッツリ頂いた。
客の中にシュマイザー卿の乗ってきた船の同乗者がいたらしく、8時には出航すると話していたのを耳にした。
今6時30分くらいだ。
後で彼らを見送りに行ってみよう。それからルセットの工房を見学させてもらいに行く計画でとりあえず午前中は潰せそうだ。
部屋に戻るとクリスとキシリアは元の普段着で起きてベッドに座っていた。
「おはよう。今日も二人とも綺麗だね。昨日の夢のようなステージと遜色ない美しさだ。」
「何言ってるの勇者。」
「ウフフ。ありがとうございます。勇者さんもおはようございます。よく眠れましたか?」
俺は朝一で彼女達のご機嫌をとろうとお世辞を言ってみた。
無論心にもない事ではなく、思ったままに口にしただけだが。
口では難色を示したクリスだが、足をプラプラさせたり背伸びしたりして嬉しそうにしている。キシリアは素直に喜んでくれたようだ。
「よく眠れたよ。それよりシュマイザー卿の船が8時に出るそうなんだ。後で見送りに行かないか?」
「シュマイザー卿が?お早いんですね。」
「今日とは言っておられたが、朝早くとはな。」
「ええ。そうですね。」
キシリアは気が乗らない様子でうつむき加減だ。
人間時代の自分を知っている人物と会うのに抵抗があるのだろうか。
「それじゃあ、私はミネバとアレンの所に戻るね。」
クリスが立ち上がった。
「え?今日は一緒に過ごすんじゃないのか?」
「勇者は私と一緒に居たいの?」
「そのつもりだったが・・・。」
「ミネバも気になるし、アレンに変なことをしてないか見に行っておかないと。」
それは余計なんじゃないかと思ったが、まあ心配は心配か。
「じゃあ後で、8時過ぎにルセットの工房にみんなで見学に行かないか?そこで集まろう。」
「いいよ。ルーシーに会いにね。」
「だから違うって、まあいいか。」
「じゃあまた後でね。」
クリスがドアから勢いよく出ていった。
「クリスさんを見てるとなんだか癒されますね。」
「カワウソみたいだからかな?」
「え?なんですかそれ?」
「ルーシーがクリスをカワウソみたいって言ってたから。」
「ウフフ。可愛らしいという意味でならそうかもしれませんね。」
俺はキシリアの横に座った。時間はまだあるしどうしようか。
そう思っているとキシリアが腕を組んできた。
「勇者さん。わたくしのワガママに付き合っていただいて本当にありがとうございました。こんな素敵な思い出を作れるなんて、とても幸福でした。」
「俺も君と一緒に練習したりフロアに立てたり、とても楽しかったよ。ありがとう。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
たった二日間だったが終わったという一抹の寂しさも湧いてくるものだ。
それから1時間ほどあれはああだったとか、あそこはああすれば良かったとか、昨日の感想に花を咲かせた俺達はくっつけていたベッドを戻しつつ港へと出向いてみるのだった。
港ではすでに人が大勢いた。
見送りと出発する客がまだ乗船しておらずに港に残っているようだ。
荷物の運び入れに船員達が忙しそうに働いている。
その中でシュマイザー卿が居られるか探そうとしたが、探すまでもなく港の一角に護衛の大男に囲まれてシュマイザー卿とミガキ嬢の姿が見えた。
彼等にとって俺はただの一般人なのだ。
遠くから一礼だけして帰ろうと思ったが、俺達に気付いたシュマイザー卿が護衛を押し退けて俺達に近付いてきてくれた。
握手する俺とシュマイザー卿。
「これはキシリアお嬢様に勇者殿。見送りに来ていただいてかたじけない。」
「お忙しいのですね。シュマイザー卿。」
「ハハハ。なーに。数日は船旅でのんびりできますよ。とはいえ不届きなモンスターがいつ現れるかしれないと思うと危険な旅になりそうなのが心配ではありますがな。今から陸路というわけにもいきませんので、如何ともし難い。」
「こんな良き日です。きっとモンスターもお休みしていることでしょう。無事にお戻りになられますよ。なあ、キシリアお嬢様。」
「え?ええ。」
浮かない顔のキシリアに話を振った俺。
「キシリアお嬢様もいずれグワジンのお館に戻られるのでしょうな?」
「いずれそのように。」
「お父上もさぞお喜びになるでしょう。」
「どうでしょうか。もう、なにも期待されていないのではないかと。わたくしの体では一家の恥となりましょうから。」
「そのようなことは・・・。」
シュマイザー卿が言葉に詰まる。
「良いのです。わたくしは今幸せです。もしお父様にお会いになられましたら、わたくしがそう申していたとだけお伝えください。」
キシリアの顔をじっと見るシュマイザー卿。
「お伝えしましょう。」
俺にはさっぱり分からない。キシリアのお父様とは誰のことか?
グワジンに館を持っているというのだからやはり高位の人物なのか。
周囲の乗客がゾロゾロと船に上がっていく。そろそろ出港のようだ。
「名残惜しいですが我等ももう行かねば。ぜひにグワジンにお寄りの時は入らして下さいよ。それでは。」
「どうぞお元気で。」
「さようなら。」
ミガキ嬢の手をとり、一礼して船に乗り込むシュマイザー卿の一行。
船を見上げながら、周囲の見送りの人々と共に手を振ったり別れを惜しむ俺達。
汽笛を上げ、船は港を出ていくのだった。
キシリアの胸の内が気にはなる。なるが、彼女が話したくないのなら無理に聞く事はない。
感傷に浸っていても仕方ない。次はルセットの工房を探してみよう。
有名な人物なのでその辺の人に聞けば場所も分かるだろう。
遠慮して俺から離れていたキシリアが左腕にくっついてきた。
「わたくしのことは何も聞かないのですね。」
「話してくれるまで待つさ。」
「勇者さんになら・・・。でも今はそれよりロザミィさんに工房の場所を聞きましょうか。」
「ああ、そういう方法もあるのか。」
キシリアがロザミィに聞いてみたようだが、残念ながらまだ眠っていた。
ミネバの方に連絡したらアレンは当然場所を知っていて、港を出て真っ直ぐ行けばすぐそこにあると教えてくれた。
灯台もと暗しだ。
港の入り口でクリス、ミネバ、アレンと合流することになった。
ミネバもいつものTシャツ短パンでラフな格好をしている。
クリスが俺とキシリアが腕を組んで待っているのを見て、俺の右腕にくっついてきた。
「勇者。昨日の夜ミネバとアレンが何してたか分かる?」
急に変な質問をしてきた。何してたかって・・・。
俺はアレンの顔を見た。
アレンはビックリして顔を横に振る。
「何言ってんだよ。何もしてねえーよ。」
「あんなにいっぱいあたしのアレにむしゃぶりついたのに、何もしてないは酷いよ。」
「激辛のカレーにな!おかげで口の中が火事になりそうだったぜ!」
「そうだっけ?ニュフフ。まああっちも出来上がってるみたいだし、あたし達も腕組んで歩く?」
「やめろよ。気持ち悪い。」
「ニュフフフッフ。地味にショック。」
相変わらずの様子で和む。
しかし両手に花は嬉しいがこの状態で工房に見学に入るのは気が引けるのだが・・・。
そんな俺の事など知ってか知らずか、アレンが先導してくれる中でも左右にキシリアとクリスがピッタリくっついて歩き出す。
殺風景な道を程なく行くと質素な工房が見えてきた。
誰もが思うだろう。もっと要塞のような施設かと思っていたと。
中に入ると中央に長いテーブルがあり、左右に工員が仕事をしていた。
そこにフラウとロザミィがぐったりテーブルに伏せて椅子に座っていた。
何をしていたんだ?何か凄い状況みたいだが・・・。
もしかして夜通し仕事をしていたのか?俺達が遊んでいた間に・・・。
唐突に罪悪感が芽生えてしまう。
「よう!順調にいってるのか?遊びに来たぜ。」
アレンが工員に話しかけた。工員は顔をほこらばせながらざわざわアレンに挨拶しているようだ。一斉に喋っているので何を言ったのかはよく聞こえない。
皆一様に奥にある部屋を指さしているようだ。
トタンの壁で仕切られた奥の部屋からドアが開いてルーシーとルセットが出てきた。
「あら。様子を見に来たの?安心して。もうほぼ終わりよ。」
「そうか。それは良かったぜ。さすがルセットだな。」
「ほぼありものだけどね。」
ルセットとアレンが親しく会話している。
ルーシーが俺の所に寄ってきた。
「なーに?その両側は?私にだけ見える背後霊かなにか?」
やはり突っ込まれた。
「カワウソを二匹連れてきたよ。」
いたたまれなくなって冗談を言ってしまった。
「勇者。酷い!」
「えー!わたくしまでカワウソなんですかー!?」
クリスとキシリアがブーイングする。
ルーシーは大笑いしてくれた。ミネバも後ろで笑い転げている。
「アハハハハ。確かにカワイイ小動物みたいね。」
「今更なんだが、俺に何か手伝えることはあるのかな・・・。」
俺は未だにぐったりとして起きてこないフラウとロザミィを横目にしながら申し出た。
「うーん。海に行かない?」
「え?」
「せっかくみんな集まったんだし、ボートの試運転と操作の説明をしなくちゃね。」
「おお!良いね!遊ぼう!」
ミネバが食い付いた。
「それじゃー。みんな水着をもってクイーンローゼス号に集合よ!」
工房を見学するつもりだったが、そんなわけで港にとって戻る事になった。
ルセットとアレンは何か荷物を荷車に乗せて外に出てきた。
袋に入っているので何かは分からない。
フラウとロザミィも起きたらしく目を擦りながらついてくる。
ゾロゾロと9人で殺風景な下り坂を歩いて行く俺達。
「今回から私もあなた達に同行する事にしたわ。何かあったら現地で修理もしないといけないでしょうし、元々乗るつもりだったからね。」
「大丈夫かよ?ハードな戦闘になるかもしれないんだぜ。」
「大丈夫。それよりアレンは部屋一人で使っているんでしょう?私も同室を使っていいかしら?」
「は?ああ、それなら俺はアデルと同じ部屋に行くよ。あいつも一人で使っているしな。」
「そう?荷物を持ち込みたいからそうしてくれるなら助かるけど。」
「嫌とは言わねえだろう。良いとも言わねえかもしれねえけど・・・。無口だから。」
などとルセットとアレンが話している。ルセットも船に乗るのか。
シュマイザー卿の船が出ていってなんだかガランとした港。
クイーンローゼス号に上がって港の反対側を見ると船体の横に救命艇が3槽並んで浮かんでいた。
船尾に見たことがない装置が付いている。あれが試運転という代物か。
俺達はそれぞれの部屋に戻り水着に着替えたり、各々準備を認めた。
俺は水着を持ってないのでキシリアにまたも変化させてもらいに部屋に行くことに。
キシリアとミネバはすでに水着姿だった。
キシリアは赤い耐水性のビキニの水着。ミネバは白地に水玉模様のシンプルなビキニ。
「どう?この水着?可愛い?」
ドアをノックして部屋に入ったらミネバが聞いてきた。
「可愛いな。ミネバは元が良いからちゃんと可愛い服を着ると映えるよなー。」
「どっきーん。褒めすぎー。」
「ウフフ。本当にそうです。オシャレにもっと気を使えば良いのに。」
「はえー。それっていつもはだらしないみたいな言い方じゃないの?」
「そう言っているんですよ。」
「ふゅあ!」
「あはは。それと、申し訳ないんだが、水着を用意してなくて・・・。」
「ああ、構いませんよ。いきますー。」
俺は手で前を隠した。
一瞬で服が水着に切り替わる。
「ニュフフ。手で隠さなくても良かったのに。」
「ニュフフ。可愛いらしい女性陣にお見せするようなものじゃないからね。」
俺はミネバの真似をして笑った。
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