第90話



もう!結局明け方どころか昼くらいまでミネバとアレンがダンスの練習をやってて、夕方まで一休みとか言ってたら午後9時過ぎまで寝ちゃってたじゃない。

私も一緒に練習に付き合って起きてることはなかったんだけど、せまい部屋じゃ気になって眠れないよね。

私とミネバがベッドに眠りこけ、アレンは床に倒れてた。


「いいのいいの。別に最初から最後まで会場で踊り明かすつもりなんてないんだから。」

「良くないよ。急いで。勇者のダンスが見られないじゃない。」

「あー。そっちか。あたし達のことを心配してんじゃないのね。」

「いいから急いで。」


急かす私にミネバ本人はのんびりしてる。


「急ぐったって、燕尾服なんて俺は持ってないぜ。今からホテルで借りれるかな。」

「いいのいいの。私がポンと出すから。」

「はあ、お前らホント便利だな。」


アレンとミネバがのんびり会話してる。

ミネバは昨日のままの緑の夜会服を着ている。そこにつばの広い帽子をかぶった。

ダンスで帽子?変な気がするけど本のコスチュームなのかな。

アレンの衣装をポンと燕尾服に変えて準備はすぐに終わったみたい。


「すげーな。でもこれ戻るんだろうな?」

「いいのいいの。じゃあ行こうか。」

「いいのいいのってお前、思いっきり他人事じゃねーか。」


私達はあまり全力疾走はせずにほどほどに走った。

勇者とキシリアのダンスを見たい。

でも人が大勢いると思うからジャンプでひとっとびというわけにはいかないよね。


ホテルの前まで来たけど人だかりが凄くて通りまで溢れている。


「なんだこりゃあ。ここまで盛況なのは見たことねえな。だが考えて見れば当たり前か。モンスターがいなくなって陸路は問題なく来れるんだからな。」

「おにょれー!会場に入れん。まさかの大ピンチ。」


まさかという訳でもないけどこうなったら裏技を使うしかない。


「非常口から入ろう。」


私はホテルの右側にあった非常階段を思い出した。

早速そちらに回り込み中へ入る。フロントの奥の寂しげな通路に入れたみたい。人は居ない。

ホールに向かうと奥のスペースでオーケストラが生演奏をしている。

ダンスフロアを中心にここも人が大勢いて、演技を見ている。

拍手と歓声が上がって、楽しそうにしている。


「じゃあ、係員に申請してくるから、クリスは勇者でも探したら?ニュフフ。」

「うん。アレンも、頑張ってね。」

「おう。コーチありがとうな。」

「いいよ。」


ミネバとアレンと別れた。

フロアには25組のペアが踊るようになっているけど、プラス5組くらいまでは申請すれば飛び入りで入れるみたい。競技じゃないからわりと自由だ。


私はミネバが言ったように勇者を探す。

人混みをかき分けフロアの方へ近付く。ドレスを着た綺麗な女の人といっぱいすれ違う。

勇者が興奮してなきゃいいけど。


フロアを囲んだギャラリーの列に分けて入る。ダンスフロアを見たらそこで勇者とキシリアが踊っていた。

二人とも綺麗にめかしこんでいる。

いつもと違う勇者の格好に胸が高鳴る。

すでに何曲目かのダンスみたいで、勇者もキシリアも床に足が着いて滑るようにステップを踏んでいる。しっとりとしたターンからのフロアを横切るような連続スピン。会場から惜しみない拍手と歓声。

この歓声は勇者キシリアペアに向けてのものだったんだ。


二人のダンスを呆気に取られながらみていると、なんだか胸が痛くなってきた。

きらびやかな衣装、拍手で迎えられるダンス、なんだか私とは遠い世界にいるみたい。

今の私は普段着のまま。

キシリアと勇者はお似合いだ。

私は勇者にこそこそ付きまとってるだけの、ただの勇者のハーレムの一員だ。

でもそれでいい。

勇者のハーレムの一員として精一杯勇者を喜ばせてあげよう。


歓声が上がり曲が終わった。

ポーズを決めゆっくりと礼をして下がっていく勇者とキシリア。私はギャラリーの人混みに姿を隠して勇者の目に留まらないように気をつけた。

二人は腕を組んで楽しそうに笑いあっている。

あれだけフロアで目につくダンスをしていたのに態度は慎ましくて控え目だ。

周囲の人達からの称賛の挨拶を照れながら頭をペコペコしてる。


次にフロアにはミネバとアレンが入ってきた。

驚く勇者とキシリア。

ミネバは自分もダンスパーティーに出るとは話してなかったんだ。


勇者は辺りをキョロキョロしだした。

私は人混みにさらに隠れた。

ミネバと一緒のはずの私も居るのかと探してるんだ。勇者いやらしい。


曲が始まりミネバ達を含む組が踊り出した。

正直回りのみんなとは毛色が違うというか妙なワルツだけど、基本はしっかりやっていて完成度は低くはない。


最初はワルツを無視してブルースのようなムーディーなダンスを4拍子で12ステップ躍る、そこからミネバがオーバースウェイで仰け反るようなポーズをしながらつばの広い帽子を大袈裟な腕の振りでギャラリーに投げる。

ピクチャーポーズをやや多用してステップの未熟さを隠しながらも、ナチュラルターン、リバースターン、プロムナードポジションでステップを決めていく。

ワルツと言うより、サンダーダンサーに出てくるエグゼクティブキュートの最期の瞬間の1ページを再現したストーリーという方が正しいのかもしれない。


「あれエグゼクティブキュートじゃないか?」

「再現度たけー。」

「最期のページの解釈上手いね。」

「あれこういうダンスだったんだ。」


周りから声が聞こえてくる。

勇者とキシリアとは違った歓声と拍手が会場に鳴り響く。


サンダーダンサーって有名な本だったんだ。


曲が終わり、ミネバとアレンのダンスも終わった。

またもやオーバースウェイで締めて、その後ご令嬢っぽいポーズでお辞儀をした。

暖かい拍手で迎えられるミネバとアレン。

ミネバが最後に一言言った。


「ダンスが済んだ。」


私の頭にはある意味ハテナマークの衝撃が走ったけど、会場の人達からは笑いが起こった。

エグゼクティブキュートの最期のセリフだったみたい。

いくらなんでも酷すぎる。


作中敵対するプレジデントビューティーとの決戦を経て、敗れたエグゼクティブキュートが敗北宣言した後にプレジデントビューティーと作中唯一のワルツを踊り、最期のセリフの後投身自殺を謀る屈指の名シーンということみたいだけど、内容を知らない私には意味が分からない。


ミネバとアレンのペアは最初に言っていた通り、この一曲だけの出演だった。

その後は勇者とキシリアのペアが何度と登場して会場に花を咲かせていた。

最後の方は勇者もその気になったのか、会場を湧かせるような魅せるダンスをやり始めてた。まるでオンステージみたい。

キシリアを抱き抱えてくるくる回ったり、離れて踊ってみたり、ポーズも型を破ってラテンの風味を帯びてきていた。

ギャラリーも勇者キシリアペアの出番を待ちわびて拍手が起き、同じフロアの演者は勇者の演技を見るために数が減っていった。


本当に最後一曲というところまでパーティーは終盤を迎えた。

勇者とキシリアはフロアでポーズをとり、何度目になるか分からない拍手を浴びていた。


支配人がフロアに出てきて言った。


「今宵のダンスパーティーも大変盛り上がりました。紳士淑女の皆々様に厚く御礼を申し上げます。誠に惜しい事ですが、今宵最後の一曲となります。我はと申されるカップルの方々にラストダンスを飾って頂きたいと思います。どうぞご遠慮なく前にお出になってください。審査とは別で御座います故何卒ご遠慮なきよう宜しくお願い致します。」


フロアにまだ居たカップルも下がっていった。残っていた勇者とキシリアに盛大な拍手が送られる。


ギャラリーは当然勇者とキシリアのダンスを見たいんだ。


キシリアは勇者に向かってこう言ったみたい。


「勇者さん。ラストダンスですよ?後悔なさいませんように。」


勇者は渋い顔をしてキシリアに言った。


「キシリア。すまない。踊りたい人が居るんだ。」


ニッコリと笑うキシリア。


「はい。分かっています。どうぞ楽しんでください。」


そう言ってキシリアは勇者を見ながら外周のギャラリーの方へと後退していった。

あーっと溜め息が起こる会場。

勇者は辺りをキョロキョロしていた。

私は勇者とキシリアが何を話しているのか気になって顔を出してしまっていた。

勇者に見つかった。


勇者は私の方へと歩いてくる。

私の前にいた壁になっていた人達がさっと左右に分かれて私が露になった。


「クリス。そこに居たのか。最後の曲、一緒に踊ってくれるかな?」


勇者が私に手を出して誘った。

え?勇者が私を誘ってるの?


「だ、駄目だよ。私ドレスなんか着てないし。」


私がそう言うと、突然会場が真っ暗になった。

300人近い会場内の人々が一斉にザワザワと騒ぎ出す。

私の服が暗闇の中で軽くなって重くなった。


ポンっと音がして会場の明かりが元に戻る。

そしてザワザワとした会場から今度は歓声と拍手が起きる。


私の服が普段着からモダンドレスに変わってしまっていた。

青を基調として裾に向かって白のシースルーになった綺麗なドレスだ。

ふわふわのロングスカートとフロートがゴージャスにドレスを彩っている。


ミネバとキシリアがやったんだ。こんなのどうすればいいの?


「改めて。クリス。踊ってくれますか?」


笑顔で手を差し伸べる勇者。


「え?やだよ。ダンス踊ったことないし。恥ずかしい。」


ガックシと肩を落とす勇者。


「そこは、はい喜んで、って言うところだろ。」

「勇者がどうしても踊って欲しいって言うなら踊ってもいいよ。」

「ああ、どうしても。」

「じゃ、じゃあ仕方ないね。」


勇者の手を取ってフロアに出る私と勇者。

勇者はフロアに他のペアが出てきてないことに戸惑ってしまっていた。


「お、俺達だけか・・・。」


私はオーケストラに向かって指を上に上げてクルクルと早く回転させて見せた。頷く指揮者。

スローワルツはキシリアとの演技で出し尽くしてるだろうし、即興で踊るなら型とバリエーションが少ないヴェニーズワルツの方がいいかもしれない。

早い回転で勇者が転んでしまうかもしれないけど。


私は勇者と少し離れてお辞儀をして挨拶した。

今まで踊ってなかった私を息を飲んで見守る会場のギャラリー。


曲が始まり、私はクルクルと回転しながら勇者の腕に飛び込んだ。

拍手が起こる会場。

そのままナチュラルターンでクルクル回りながらフロアの外周を一周、スイッチからのリバースターン。それで二周して中央に躍り出てフレッカールでクルクルクルクル回転した。

勇者が腰を持つ。

足を上げながら、腰を預け髪が床に着きそうなくらいのオーバースウェイをしながらスピンした。着地して勇者から離れ一人でスピン。巻き戻るように逆回転で勇者の手に戻る。

巻き起こる拍手と歓声。

フロアをさらにナチュラル、スイッチを挟んでリバースでターンしながら回りつつフレッカールも各所でやる。

最後に私は勇者の首に両腕を絡ませ頭を胸につけて抱き締める。

勇者も私の頭にでこをのせてゆっくりと立ち止まった。


割れるような拍手喝采でダンスパーティーの幕が降りた。


手を取り並んでギャラリーにお辞儀する私と勇者。

キシリアもいる。嬉しそうに拍手をしてくれている。

ミネバとアレンも見えた。やれやれといった感じで手を鳴らす。

ルーシーも見てたんだ。うんうん頷きながらパチパチ喜んでる。


私は勇者と抱き合った。


「踊ったことないとか大嘘じゃないか。目が回るかと思ったぞ。」

「嘘じゃないよ。昔セイラとダンスの真似事してただけでこんなフロアで踊ったのは初めてだよ。」

「そうだったのか。」


支配人が再び出てきた。


「素晴らしいダンスをありがとうございました。今宵のダンスパーティーは皆様の素敵なダンスで盛大に輝き幕を閉じました。これより審査員の勝手な判断ではありますが、今宵のベストペアの発表をしたいと思います。」


一旦息を切り、私達を見る支配人。


「これは議論の余地なく満場一致で最後のお二人の演技を上げたいと思いますが、皆様如何でしょうか?」


会場が盛大な拍手に包まれる。

キシリアも拍手を送ってくれる。

勇者が私を見て微笑む。


え?私達?私一曲しか踊ってないよ?


「スタッフの私達にもどういう仕掛けで照明が落ちたのか分かりませんが、ドレスの早着替えと共に、高度なヴェニーズワルツを踊っていただいたのはパーティーのフィナーレに誠に相応しい素敵なショーでした。どうぞ賞金の50万ゴールドをお受け取りください。」


勇者が私の背中を押して前に出す。

私は支配人が差し出した紙袋を受け取った。


会場の拍手にそれぞれ方向にお辞儀をして応える。



こうして、地味な夜から一転してフロアの花になった私のシンデレラストーリーは終わった。


勇者とキシリアは手を取り合ってフロアに集まり、誰か知らない人と挨拶して握手をしていた。


「明日にはここを発たねばなりません。留守を任せておるのでね。別れが惜しい。ぜひグワジンにお寄りでしたら訪ねられてください。キシリアお嬢様も詳しいお話を聞かせて下さいよ。」

「お寄りします。」

「その時は。必ず。」


キシリアは女の人とその男の人とハグして別れを惜しんで挨拶した。

私も真似してその知らない二人とハグした。


「あはは。またダンスを見せてくださいよ。」


そして私達は別れた。


次々に知らない人と挨拶したり握手を求められたりでキリがないから勇者関係者一同はエレベーターに乗って215号室に引き返すことになった。


勇者、私、キシリア、ミネバ、アレン、ルーシーが部屋に入っていった。


私とミネバが窓辺の奥のベッド、勇者とキシリアが手前のベッドの縁に座った。

ルーシーとアレンは立ったままだ。


「みんなお疲れ様。素敵なダンスだったわ。あんなにダンスが上手だったなんて意外というかぜんぜん知らなかった。」


ルーシーが始めに私達を称えてくれた。


「ホントだぜ。見かけによらねーものだな。」


アレンが言った。


「あら、あなたも素敵だったわよ。」

「よせよ。あんな即興じゃ回りと比較にならねえよ。」

「いいのいいの。楽しんだもん勝ちなとこあるし。まあ、2曲目は化けの皮が剥がれるところだったけどね。ニュフフ。」


ルーシー、アレンにミネバが割って入る。


「クリスさんもあんなにお上手だとは知りませんでした。どこかで踊ってらしたんですか?」


キシリアが私が座っている後ろを向きながら話しかける。


「ううん。セイラと真似事をして遊んでいただけだよ。私達にスポットライトが当たる事なんて無いからダンスなんて無意味だよって言ったんだけど、楽しいからいいでしょって掃除の時とかサボって遊んでた。」

「サボってたんかい。今日一番の衝撃の告白だよ。」


ミネバが突っ込んだ。


「じゃあセイラさんも踊れるんですね。今度一緒に踊りたいです。」

「それじゃあここからはダンスで勝負をつける?」

「えー。ここからダンスバトル展開ー?やめてよもうキャパを越えてるよー。」


キシリアと私にミネバが突っ込む。

私達は笑ったけど勇者とアレンは苦笑いだった。


「それより勇者の方がビックリだよ。なんであんなに踊れるの?」


私の疑問だ。

勇者はやっぱり振り向きながら私に答える。


「最後のダンスはギリギリだったぞ。目が回りそうだった。あとはキシリアの鬼コーチのおかげかな。失敗したら身ぐるみ剥いで全身舐め回すとか変な冗談を言うから気合いが入ったよ。」

「わたくしそんなこと言ってません!」


キシリアが顔を真っ赤にして両手で隠した。

みんな真顔になった。


「そうだ。賞金50万ゴールドもらったんだった。これ私と勇者がもらって良かったのかな?演出はキシリアとミネバがしてくれたものだし。」

「いいんじゃないの。」

「そうです。素敵なダンスに送られたものですから。」

「全部君のものだよ。俺は振り回されただけで、君の選択とステップにみんな湧いたんだから。」


50万ゴールド私がもらえるの?嬉しい。


「じゃあ勇者に絵本買ってあげるね。」

「いや、それはいらないかなぁ・・・。」


笑う一同。


「さてと、みんな和気あいあいとしてるところ悪いんだけど、私はそろそろ戻るわね。ちょっとだけお邪魔するつもりだったけど勇者様に見つかっちゃって逃げられなくなっちゃったから。」

「それは悪かったな。」

「うふふ。フラウとロザミィも連れてくれば良かったわ。楽しく過ごせた。」

「それは良かった。」

「それじゃあ、明日まではみんなゆっくりしてて。私は仕上げに戻るわ。」


ルーシーは部屋を出ていこうとする。


「ホールはまだ混雑してるかもしれないから、廊下を左に行って非常階段を降りるといいよ。」


私が言った。なんで知ってるんだという勇者の視線が痛い。

手を振ってドアから出ていくルーシー。

ルーシーも踊れば良かったのに。きっとすぐに覚えて完璧に踊れそう。


「俺もそろそろ行くぜ。腹減っちまった。」


アレンもドアに向かおうとする。


「まあ、付き合ってくれたお礼にあたしが手料理を作ってあげるよ。」


ミネバが横で立ち上がった。


「お前作れんのか?」

「おいおいおい。あたしを何だと思ってるの?魔王付きのメイドだよ?出来ないわけないでしょうが。リンゴジュースも付けておいてあげるよ。」


「リンゴジュースはやめた方がいいと思う。」


私は座ったまま教えておいた。


「サンダーダンサー24巻に出てくる妙な食べ物があるから、それを再現して作ってみようかなあ。ニュフフ。味は保証出来ないけど。」

「マジで大丈夫なのかよ。」


部屋を出ていこうとするミネバとアレン。

私も一緒にアレンの部屋に戻るべきなんだろうけど、こんなダンスを踊った夜に勇者と離れたくない。

私は肩が激しく上下して泣き出しそうになった。


ドアの手前で私を振り向き待っているミネバとアレン。

前のベッドから私の様子を見ているキシリアと勇者。


「私もこの部屋に泊まってもいい?」


私は絞り出すように言葉を吐いた。


「いいよ。」

「ベッドを寄せて3人で寝ましょう。」


勇者とキシリアが言ってくれた。

凄く恥ずかしかったのにあっさり許してもらって私が馬鹿みたい。


「じゃあ、明日か明後日か、予定は明日考えようぜ。お疲れー。」

「舐め回す邪魔しちゃ駄目だよ。ニュフフフフフフ。」


アレンとミネバがドアから出ていった。


「お疲れ様ー。」

「言ってません!」


勇者とキシリアがミネバとアレンを見送った。


「わたくしが言ったのは撫で回すです!」

「そうだっけ?」

「あんまり変わらないよ。」

「ぜんぜん違います!」


キシリアは頑なに譲らなかった。私はどっちも良いと思う。


「勇者はお腹空かないの?」

「ははは。こんなこともあろうかと思って昼のうちに買ってきておいたんだ。レストランのサンドイッチ。」

「用意がいいね。」

「きっと疲れるだろうと言われてね。」

「ホールも混雑しているでしょうから。」

「ふーん。」


私は勇者の横に座った。


「ねえ、この部屋シャワーあるの?」


知ってるけど私は聞いた。


「あるよ。玄関の横に。」

「じゃあ勇者が食べたら3人で入ろう。」

「え?それは・・・。」


勇者が赤くなった。


「大丈夫だよ。勇者は私達の裸が見えないように目隠ししてあげるから。私達がご褒美に勇者の体を洗ってあげるね。」

「え?ええっ・・・。」


今度は青くなった。


「それは良いですね。舐め回すように、隅から隅までじっくりと洗ってあげますね。」


キシリアも嬉しそうに私に賛同した。

やっぱり舐め回す気なんだ。


勇者は待ち構えてる両隣の私達に遠慮しながら、サンドイッチが喉を通らないみたいにしぶしぶ食べた。


勇者が食べ終わったら燕尾服を丁寧に脱がしてあげながらシャワー室の脱衣場に連れ込んだ。

腰にバスタオルを巻いた勇者に目隠しをして、勇者の目の前で私とキシリアがまだドレスのままの服を脱ぐ。これいつになったら戻るんだろ。


そしてキシリアと一緒に自分と交互に勇者の体をスポンジでゴシゴシ洗って、綺麗にしてあげた。

目隠ししてるから突然スポンジを体に当てられビクッとする勇者が面白かった。

キシリアもうっとりして勇者の体を触ってるんだか洗ってるんだか撫で回していた。

私もキシリアの豊満な体を間近で見られて得した気分。


「あまりわたくしの方を見ないで下さい。照れてしまいます。」

「キシリア良い体してるね。勇者もジロジロ見とれるわけだね。」

「そんなことは・・・。クリスさんだってお綺麗じゃないですか。」

「そういえば会場で一瞬服が軽くなったけど、あの暗くなったとき私裸になってたの?」

「え?ええ。下着は着たままでしたけど。」

「そっか。全裸じゃなくて良かった。勇者は見たいなら目隠し取ってもいいよ?」


「いいから早く洗い終わらせてくれ!結構恥ずかしいよ!」


私とキシリアはクスクス笑いながら長めにシャワーを浴びていた。



2つのベッドを横付けしてマットレスを横向きに縦に並べた。

そしていつもはルーシーがいる勇者の右隣にキシリアが添い寝した。


「勇者さん。ルーシーさんが隣じゃなくて寂しいですか?」

「い、いや。そんなことは・・・。でもルーシーに作業を任せっきりというのはちょっと悪い気はするけどな。」

「そうですね。どんなものをつくっているのでしょう?」

「明日早くにシュマイザー卿の船が発つらしいから、それを見送ったらルーシーとルセットの所に寄ってみるか。」


キシリアが勇者の肩に頭を乗せて勇者と喋ってる。


「勇者そんなにルーシーに会いたいの?」

「違うよ。造ったものは否応なしに向こうで見ることになるだろうけど、どんなところで造られてるのかは気になるだろ?」

「会いたいの?」

「う、うーん。会いたい、かな。」

「勇者私達よりルーシーがいいの?」

「いやいや今夜のマドンナは君達だよ。素敵なダンスをありがとう。」

「勇者も頑張ったね。マドンナに囲まれて今どんな気分?」

「え、えーと。光栄だよ。」


私はしつこく勇者に質問した。


「じゃあご褒美にキスしてもいい?」

「え?」


私が尋ねると勇者はキシリアの方に顔を向けて様子を見ようとした。

キシリアがどんな顔してるのか気になるんだ。


「良いのではないですか?わたくしは構いませんよ。」


勇者の視線に気付いてキシリアはちょっと不貞腐れたように言い放った。


「え?いいの?」


私は不貞腐れたキシリアの唇に顔を寄せてキスした。

後で考えると私と勇者がキスしても、良いのではないですか。構いませんよ。と言ったんだと分かったけど、私は咄嗟にキシリアがキスを許してくれたんだと勘違いした。

魔王の城に居たときはそこまでの関係になれなかったキシリアとようやくキスできた。

嬉しい。


最初はビックリしたキシリアだけど、自分の言葉が勘違いさせたと思ったのか、勇者と私がキスしてるのを間近で見るよりマシだと思ったのか、私のキスを受け入れてくれた。

私達は胸で体を支えながら勇者の顔の前でキスを続けた。

勇者は目を見開いて口をポカンと開けたまま私達を見ていた。


ロザミィと同じでモリモリエネルギーが補給されていく感じがする。そんなに消耗してないから意味はないけど。

満足するまでキスしてお互い口を離したら、キシリアは勇者の肩に顔を伏せてしまった。


「ああぁ、わたくし勇者さんの目の前でなんてことをー。」

「キシリアご馳走さま。キシリアの唇とっても美味しかったよ。」


私はキシリアの肩を撫で回した。


「あんまり泣かせるようなことはするなよ・・・。」


勇者が拗ねて私に注意したけど、そんなことはしてないよ。変な勇者。


キシリアの唇と勇者の体と、ダンスパーティーでの夢みたいな歓声を思い出して、今日は気分良く眠れそう。

勇者の胸に顔を埋めてぬくぬくしながら眠りについた。



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