第92話
水着に着替えた俺達9人がデッキに集まった。
ルーシー、フラウ、クリスは見覚えのある水着だ。
アレンはハーフの海パン。ルセットは紫の紐が所々に延びているワンピースの水着。オシャレで色っぽい。
ロザミィはピンクのビキニ。フリル付きで可愛らしい。
いつもの白いビキニのルーシーが皆に呼び掛ける。
「はいはーい。それじゃあ、3組に分かれてボートに乗りましょうか。仕組みを教えるからみんなでボートで競争しましょ。」
「競争?」
「スペックを確認しないとね。じゃあチーム分けは私がするわね。まず私とフラウとロザミィが1号挺、アレンとルセットとミネバが2号挺、勇者様とカワウソーズが3号挺よ。」
「うー。カワウソ扱いになってしまいました。」
「勇者、悔しい。」
俺が冗談を言ってしまったばっかりに。
困り顔のキシリアと黒いビキニのクリスが俺にすがり寄る。
「競争するの?わー。私もスズメちゃんになって追いかけっこしたいー。」
ロザミィがルーシーにおねだりしだした。
「ダメよ。同じ条件で走ってどれかが想定外に速かったり遅すぎたりがないかをチェックするためにやるんだから。それに巨大スズメと救命艇って嫌なことを思い出すじゃないの。」
「ちえー。」
却下されたようだ。
「同じ条件と言いましても私達だけ女性3人で競争的には有利なような気がしますが。」
水色のワンピース水着のフラウが言った。
しかも小柄なフラウとロザミィでは総重量でも違いがありそうだ。
「だってしょうがないでしょう。カワウソーズは勇者様にべったりだし、ミネバとルセットはアレンと一緒がよさそうだし。」
「なるほど。余り物チームという訳ですか・・・。」
なんとも言えない顔で納得したフラウ。
ミネバとルセットがお互いの顔をチラッと見合った。何も言わずすぐに目を離したのが不穏な感じを受けるが、大丈夫なのだろうか。
「勇者。競争でルーシーに勝とう。ルーシーに勝負で勝てるのはこういう時しかないよ。ルーシーの悔しがってる顔が見たい。」
「確かにそれは見てみたいですね。ルーシーさんの泣き顔をいただいちゃいましょう。」
「まだ操作方法も習ってないのに無茶言うなよ。」
奮い立つクリスとキシリアに俺は冷静に努めた。
だが、クリスの言う通り、ルーシーに勝負で勝てるチャンスかもしれない。
一応全力は出させてもらうことにしよう。
「ほらほら、そこのカワウソ二匹。ただのテストの勝敗で悔しがるわけないでしょう。私が泣きたくなるのはボートが壊れたり動かなかったりしたときよ。」
ルーシーが予防線を張っている。そう言っていても絶対勝つつもりに違いない。
「原理の説明をしておくわね。救命艇の後に付いた装置が術動式バッテリーの動力でモーターを回転、水中のスクリューを回して推力を得る。スクリューの後に付いた梶を上部のレバーで操縦して左右にカーブ出来るという仕組みよ。稼働時間は最大出力でバッテリー一つで30分。予備にバッテリーは二つセットされているから合わせると1時間。1つめのバッテリーが消耗したら3つめの予備と交換すれば更に延ばせるわ。」
ルセットが説明をしてくれる。
「バッテリーの量産にはロザミィとフラウが尽力してくれて助かったわ。外側だけ真似して造っても中身が伴わなかったら意味がないので、バラして中身の素材から仕組みまでロザミィに複製してもらって、通常3時間かかる施術のチャージを2時間でフラウにやってもらった。二人ともうちで雇いたいくらいだわ。」
「うへへ。」
ロザミィがルセットに褒められて照れている。
俺達が遊んでいる間にそんなことをやっていたのか。
「最高スピード時速100キロメートル。かなりのスピードだから吹き飛ばされて海に落ちないよう気を付けて。」
聞いたことのないスピードだ。救命艇は10人は乗れるほどの大きさはある。本来スピードを出せる作りでも無さそうなのだが・・・。
勝負はともかくちょっと体験してみたくなった。
「それとこれも着けてみて。」
ルセットが袋から小さなフック状の物を出してきた。3つあって俺、アレン、ルーシーに手渡す。
「なんだこりゃ?」
アレンが不思議がる。まったく見たことのない形状で俺もさっぱり分からない。
「耳に掛けて使うの。先端のボタンを押してオンにすると離れていても会話が出来る。」
なんだって!?ルカの持っていた鱗を装置として実用に漕ぎ着けたのか!
早速ボタンを押して耳に掛けてみる。
3人とも近くにいるので意味はないが、話してみる。
「聞こえるか?」
「おお、耳元から聞こえやがる!」
「やったわね。歴史に1ページ刻まれた瞬間なんじゃないの?」
「凄いでしょー・・・と言いたい所だけど、残念ながら預かった鱗を4つに分割して装置に組込んでるだけで解析は出来てないの。もう少し時間がもらえるならやってみたいけど、それは無事生還できたらの話ね。そういうわけでこの通信装置は4つしかないわ。」
限定的とはいえ、ロザミィやキシリアが使っている思考のリンクの真似事ができるなんて驚きだ。
「あわわわわ。リーヴァの能力が勝手に人間に使われている・・・。」
「一応わたくしにはそんなことを言っていましたけれど。実用化するなんて思っていませんでした。」
ミネバとキシリアは立場上喜んではいないようだ。
「それじゃあ、早速試乗してみましょう。荷物があるけど体重が軽そうな私達が預かっておくわね。1号挺に乗せるからちょっと手伝って。」
ルーシーが縄梯子で救命艇に降りて、ルセットの持ってきたまだ何か重いものがごちゃごちゃ入った袋を上からロープで下ろしてルーシーの船に乗せる。
その後は俺達もそれぞれの船に乗り込み船尾の装置を珍しそうに眺めている。
「右の赤いボタンがスターター。オフにするときもそのボタンね。前後のレバーがスピード左右のつまみが舵操作。とりあえず慣れるまでゆっくり沖に出てみましょうか。」
ルセットがさらに説明を続ける。
クリスとキシリアはまるで恐ろしいものを見るように遠巻きに装置から離れて抱き合っている。仕方ないので俺が装置に近付いて操作の方法をおさらいする。
1号挺のルーシーが沖の方へゆっくり出発した。
続いてアレンが操作する2号挺が。
『おおー!スゲーぜ!勝手に動いてる!』
耳の通信機からアレンの声が聞こえる。
「楽しそうだな。俺も行くぞ!」
『無茶しないでね勇者様ー。』
俺の言葉にルーシーから返事が返ってきた。ルーシーはもう100メートルは離れているようだが、声は耳元の通信機からハッキリ聞こえる。
なんという未体験のオンパレードだ。楽しくなってそのまま調子に乗って赤いボタンを押し、レバーをグッと押し込んだ。
船が急発進して勢いよく飛び出した。
「きゃーっ!」
「勇者ーっ!」
キシリアとクリスが船底に倒れそうになる。
おっとっと。ゆっくり発進しなければ。俺は推力を下げて左右のつまみでクイーンローゼス号に接触しないよう舵を動かした。
『あはは。無茶しないでって言ったのに。』
「すまない。壊してしまうところだった。」
『とにかく操作に慣れるまでゆっくり沖の方へ動かしてみましょう。』
「そうだな。動かしてみよう。」
俺達はそれぞれ右に左にボートを動かし運転の手応えを試していた。
『これは楽しいな。いったいいつの間にこんなの作ったんだ?』
『あら。随分前から試作品はあったのよ?でも小型のボートを運用する機会が無かったから流れてたの。バッテリーの量産も出来なかったしね。』
『ねえ、もっとスピード出してみようよ。』
『そうだな。何かに掴まれよ。』
アレン、ルセット、ミネバの声が聞こえる。周りの人の声も拾っているんだな。
そういえばルカと話していたときエルの声も聞こえていたっけ。
2号挺が真っ直ぐ徐々にスピードを上げて水上を走り出す。
『おお、おおお、おおおお!』
うめき声のようなミネバの声が通信機から聞こえる。
クリスとキシリアはいつの間にか俺の横にくっついてきていた。
装置を怪しいものではないと理解したようだ。
俺は船を操作する都合上、船尾の段になっている縁に座っていなければならない。
脇に抱えるように装置を右手で操作するわけだ。
俺の左側の縁と船底にクリスとキシリアが座って俺を掴んでいる。
「ねえ勇者。誰の水着が一番可愛いと思う?」
「勇者さんルセットさんの水着に見とれてました。」
「え!?そんなことは無いぞ!」
声を拾うんだぞ!?みんなに聞こえちゃう!
『あらー。勇者様ルセットの水着に見とれてたのー?』
『アッハッハッ!まあ、悪くはねえよな?』
『ふー。ちょっと大胆かと思ったけど、着てきて良かったー。』
ルーシー、アレン、ルセットが冷やかす。
「勇者ルセットの水着が好きなの?」
「いや、オシャレだなーと思ったんだよ。その話は後にしよう。今は操作を覚えないと。」
「私もあの水着が良い。紐がついてるやつ。」
「え?ここで着替えるんですか?チラッと見えてしまいますけど・・・。」
「いいよ。昨日私とキシリアと一緒に入ったシャワーみたいに勇者目を瞑ってて。」
「うわぁあああーっ!!」
俺はクリスが言い終わる前に叫んでレバーを押した。
急発進する救命艇。
「きゃーっ!」
「勇者ーっ!」
俺にしがみつくキシリアとクリス。
『え?何て?昨日私とキシリアがどうしたって?』
「何でもない何でもない!」
俺はルーシーに誤魔化して応えた。
港から随分離れて防波堤近くまでやって来た。
10キロはあるだろうか。
『よーし。そろそろ競争しましょうか。防波堤の左右の線に並んで外海に直進。1000メートル先にある浮きを回ってここに戻ってくる。当然一番最初に戻ってきた船の勝ちよ。往復2キロの競争ね。どれくらい飛ばしてもいいけど無理はしないでね。時速60キロ以上は推奨はできないわ。』
ルーシーが宣言する。
いよいよ競争か。浮きを旋回して戻ってくる手際で手腕を試されそうだな。直進するだけなら操作にも慣れたし度胸の問題だ。
俺達は左右に防波堤が囲む海の玄関に等間隔で並んだ。
「勇者。怖い。」
「勇者さん、あまり恐ろしい真似はしないでくださいね。」
クリスとキシリアが相変わらず俺にしがみつき懇願している。
さっきはルーシーに勝とうとか息巻いていたのに、その意気込みはどこに行ったのか。
『本当に100キロとか出せるのか?』
『さあ?この船大きいし、風の抵抗で乗ってる人が先に飛んでいっちゃうかもしれないわね。』
『おいおい・・・。』
アレンとルセットが不穏なことを話している。
試した訳じゃないのか。というかこれが試しか。そりゃそうか。
『それじゃあフラウ、スタートの合図お願いね。私じゃスタートダッシュするタイミング合わせられるからね。』
『分かりました!全機用意は宜しいですか?』
『構わねえぜ。』
「いつでも!」
『了解しました!これは競争といってもテストを兼ねた試験ですので無茶はしないようにお願いします。同乗者はしっかりと何かを掴んで安全を確保をしてください。風で水着のブラが飛んでしまわないようにも気をつけて下さい。それではスタートします!3、2、1、スタート!』
フラウの丁寧な号令の直後に各車一斉にスタート。
スタートダッシュは横並び。全機60キロくらいの出だしのようだ。
「きゃーっ!」
「勇者ーっ!」
やはりキシリアとクリスは俺にしがみつきスピードに怖がっている。
どの口がルーシーに勝とうなどと言ったのか。
だが、俺にしがみついている間は飛ばされることもないだろう。このままスピードを維持する。
『こりゃすげえ!もっと飛ばしてみるか!』
『出して!限界まで飛ばして!』
アレンとルセットの声。2号挺が加速していく。
『うおおおぉぉっ!口を開けてたら口から皮が剥がれそう!』
ミネバが叫ぶ。恐ろしいことを言うな。
『その勝負受けてやろうじゃない!』
ルーシーの1号挺も加速する。やっぱり本気じゃないか。
俺はしがみついている二人を怖がらせはしないかと慎重になって運転している。
「勇者、見て。この水着どう?」
クリスが俺に掴まりながら体を離して水着を見せる。
俺はチラッと横目に見るが、水着がいつの間にか変わっている。
色は黒のまま、ビキニもそのままだが、布地だった場所が紐で包んだだけで布面積が少なくなっている。上も下も目を細めると何も着ていないようだ。
「わたくしも変えてみたのですが、勇者さんはこういうのがお好きなんですか?」
俺の足にすがり付いて船底に足を投げ出して座っているキシリアも体を離して水着を見せる。
クリスと同じような赤いビキニが紐だけになって肌を露出させている。
俺は何も言わずに加速した。
「きゃーっ!」
「勇者ーっ!」
何度目だ。思ったより余裕がありそうなので俺も勝負に乗ってみようじゃないか!
アレンと並ぶルーシー。それを遅れて俺が追う展開だ。
時速80キロは出ているか。まるで台風のような風圧に体を屈ませる。
そろそろ先頭が浮きに近付いている。
依然俺だけ少し離されているが、ルーシーの1号挺がアレンの2号挺を抜き去ろうとしている。
俺は後ろからルーシーの1号挺の軌道をよく見る。
『おっとっと。やべーっ!』
アレンが浮きで旋回するにはスピードが出しすぎたことに気付いて減速した。
ルーシーはそのまま突っ込む。
『マジか!』
『ウッフッフッ。いただいちゃうわよー。』
凄い勢いのままルーシーが浮きを旋回して折り返した。
勢いを殺せずに大きく回るアレンの2号挺。
俺はそれを尻目にルーシーの軌道をなぞるようにコンパクトに浮きを回る。
『あー!抜かれちゃったーっ!』
『ハハハ!やるな勇者の旦那!』
ミネバが叫びアレンが笑う。
「悪いな!ルーシーを先に行かせるわけにはいかない!」
『ちょっと勇者様私に追い付く気なのー?』
「逃がさないぞー!」
とは言え後は直線だ。スピードを加速させるしかない。
俺はフルスピードでレバーを全開にした。ルーシーもおそらくそうしているのだろう。
だが同じスピードで走っているはずなのに差が広がっていくような気がする。
このままでは追い付けない!
『引き離すわよ!』
何故だ!
ふとさっきのターンの場面を思い出した。
フラウとロザミィは船首の方に座っていなかったか?
そうか!船体を安定させて波で弾むのを抑えていたのか!
だが、こちらは俺にしがみついているクリスとキシリアが離れてくれそうにない。
それに気付くのが遅かったか。すでにゴールは目の前。勝負あったか。
『きゃーっ!なによこれー!』
ルーシーの悲鳴が聞こえて1号挺がゆっくりと止まった。
そして1号挺から何か白いものが空中に飛び出し、勢いよく俺の顔にぶつかった。
ルーシーの・・・水着のブラだ。
俺とアレンの3号挺と2号挺が止まった1号挺を抜き去ってゴールの防波堤に辿り着いた。
『ロザミィ何か出してー!両手が塞がっちゃう!』
『えー?サイズとか分かんないしなー。これでもいい?』
『何よこれ!シールじゃない。これを貼れって言うの?』
『無いよりマシだよ?スズメちゃんシールだから可愛いでしょ?』
『だから気を付けてと言ったではありませんか。』
『ふえーん。負けちゃったー。』
とぼとぼとゴールまでやって来た1号挺。
俺とアレンが横並びにそれを迎えて顔を見合う。
ルーシーに勝った。
まあ、大喜びする状況ではないようだが・・・。
「やったー!勇者!ルーシーに勝った!」
「恐ろしい目に合いましたが良かったですね、勇者さん。」
クリスとキシリアは大喜びしていた。俺に抱きつきピョンピョン跳ねるクリスと足に体を擦り寄せて頷くキシリア。
自分が大胆な水着を着ていることを覚えているのだろうか?
俺は3号挺を1号挺に寄せて、ルーシーの元に近付く。
ギリギリまで寄せて1号挺に乗り込む俺。
「これ。飛んできたぞ。」
そして頭に引っ掛かったルーシーの水着のブラを差し出した。
「あら。勇者様ありがと。私負けちゃったわ。」
「しょうがないよ。ただのテストだから気にすることはない。」
「ウフフ。ねえ勇者様。このシールよく見ると可愛いスズメちゃんじゃない?」
ルーシーは自分の胸に貼っているシールを指でぷにぷにとつついた。
俺は顔が真っ赤になって目を逸らした。
「さあ、どうかな!」
「せっかく勇者様が拾ってくれたブラだけど、勇者様が好きそうだからこのままでもいいかなー。」
「変な事言うなよ!」
「勇者様はどっちがいい?」
「うぐっ!よく見るとスズメ可愛いなぁ・・・。」
「うふふ。ね?かわいー。」
完全に敗北したのは俺だった。
「ああっ!勇者がルーシーに飼い慣らされている!ルーシーズルい!」
「勇者さんってそういうのがお好みだったんですか?わたくし達もそういうのに!」
「違うから替えなくていい!」
クリスとキシリアが悲観して暴挙に出そうだ。それを必死に止める俺。この二人にこの格好をされたらどうにかなってしまいそうだ。
「最近勇者様をクリスさんとキシリアさんに持っていかれてますから、今日は積極的ですねぇ。」
「ポロリで勇者ちゃんの気を引く作戦が上手くいったねー。」
フラウとロザミィが船首で話している。
「そんな作戦なんか立ててないわよ!」
ルーシーが噛みついた。
作戦だったのか?うーん。ルーシーならやりかねない。
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