第86話


俺達と発言してくれた子供は校舎を出てカツが帰っていく通学路に来ていた。

自警団員と校長も一緒だ。


そこで自警団員の一人がカツ、もう一人がおじさんに扮してどこをどう動いていたのかを聞き再現してみせた。

上り坂を上がるカツと街灯に佇んでいたおじさんがカツの歩いて行く方向に急に歩きだしたことが分かった。


「なんでそれをもっと早く言わないんだぁ!これは誘拐の可能性が出てきたじゃないかぁ!」

「いや、待て待て待て。家出の準備はカツ自身の手で行われているんだ。しかも当日でもない。単純な誘拐というわけではないぞ。」

「と言うことはこうか?居なくなる数日前、カツの後ろを付いて行ったおじさんが、何故かカツの生活環境を知っていて、自分の所に誘ったということか?それに自力の足でのこのこ家まで歩いて行ったと?そんなことあるか?いくら両親がケンカしていたとして、知らないおじさんに付いていくなんてこと。」


事件は思わぬ方向に流れていっているようだ。


黒い服を着て帽子を深々と被っていたおじさん。

後ろ向きしか見ておらず髪型も髪の色も分からない。

現れたのは一週間以上前に一度だけ。すでに聴き込みでの調査も困難な段階だ。

午後6時過ぎ。人通りは少なくない時間だが、それが逆に誰がどこにいてもおかしくなく、記憶に残らない。


「まさかこんな展開になるとは。我々の初動の落ち度です。一旦持ち帰って捜査を見直します。ありがとうございました。」


自警団員の方々は早々に引き上げていった。


俺とキシリアは学校を出て下り坂を歩き出した。

当然腕を組んで。

何か役に立てばと思ったが、良からぬ方向に進んでしまいそうで呆然とする。


「何か大事になってしまいましたね。」

「ああ。ちょっと俺達で手に負える事件ではなくなってしまったな。」

「わたくしが気になるのはもうひとつの行方不明事件が本当に夜逃げだったのかというところですね。こうなっては不振人物がどこかに潜んでいる恐れがあるわけですから。」

「それもそうだな。時期はだいぶずれているが、何者かの犯行というならむしろ様子を見る期間として潜伏していたのかもしれない。」


自警団の後を追うように再び北口の詰所に訪れる俺達。


奥の休憩所に臨時の誘拐事件捜査室という紙の看板が張られていた。


さっきの手紙を書いてくれた自警団員がカウンターに出てきて再び相手してくれた。


「ひと悶着あったようですね。皆頭を抱えてますよ。」

「これから大変だろうな。それでもうひとつ頼みがあるんだけど、奥さんに逃げられた酔っぱらいの居場所を教えてくれないか?ちょっと話を聞いてみたいんだが。」

「ああ。いいですよ。それは俺が担当した案件でしたね。いつものように夜中に居酒屋で一杯引っかけていた男が手持ちが足りないと言うんで家に帰った。帰ってみると居るはずの奥さんが何処にも居ないって大騒ぎ。居酒屋に戻り自警団で探してくれと家まで案内する始末。家の中は酒臭い、荷物が何か持っていかれてるのかガランとしてる。奥さんの実家がアルビオンにあるとかで、そこに行ったんだろうということになりましたが、場末のこの自警団ではそこまで照会する自力はないのでそのまま未解決ですね。町の外れのボロアパートでそこにはもうその夫婦、いや男一人しか住んでいないです。」


お兄さんがまた地図を描いてくれた。

防壁のすぐ横、本当に町の末端にあるようだ。


「今の話、何か気になりませんか?」

「今の話というと?」


詰所を出て相変わらず腕を組んで町の中を歩いていると、キシリアが聞いてきた。


「わたくしちょっと思い付いたことがありますので、勇者さんお話をお願いしますね。」

「な、なんだよ、思い付いたって?」

「そうそう。ロザミィさんから連絡があって3日間の予定が決定したようです。何か作ってもらうのだそうですね。それと勇者さんが今お持ちの鱗のようなものを後で船に持ってきて欲しいとルーシーさんが仰ってるようです。ルカさんが持っていたものですね。」

「え?やはりそうか。だが、鱗のようなものか。分かったよ後で持っていこう。」


頭の中でロザミィと会話しているのか。ずっとそうなんだろうが、どんな会話をしているのかちょっと気になるな。

ルカの遺品という部分には特別な感情は無いようだ。



少し歩いた。町の外れというだけあって薄暗い寂れた場所にポツンと平屋のアパートが建っていた。


キシリアが俺の腕から離れる。俺はアパートの男が住んでいる部屋のドアをノックして声を出す。


「すいません。ご在宅でしょうか。少し失踪された奥さんの話を聞かせていただけないかと思い伺って参ったのですが、お時間宜しいでしょうか?」


シーンとしている部屋。

ゴトッと音が聞こえた。部屋に居るのは確かなようだ。

しばらく反応が無かったが足音と共にドアがガチャリと開いた。


「今になって何の用だ?」


少しだけ開いたドアから酒の臭いがプンプン漂ってくる。

ドアから漏れるだけでもかなりの臭いなのに中はどうなっているんだ?

ドアの中で半分も見えない男の顔が俺をキツく睨んでいる。

間取りはよく見えないがドアの向こうは廊下になっていて、部屋は壁を挟んだ左手に手前と奥にも、少なくとも2部屋はあるらしい。

手前の部屋は仕切りのない廊下と地続きの居間のようになっていて、棚のような家具が見える。


「俺は勇者をやっている者でして、偶然奥さんの失踪のことを耳にして何か役に立てないかと思い及ばずながら馳せ参じたのですが、一月程前に失踪された奥さんなんですが、出身はアルビオンとかで?」

「ああ。」

「それ以降何か連絡とか何かありましたか?」

「ない。」

「では実際にどこに行ったのかはまだ分からない?」

「逃げた女がどこに居ようが関係ない。もう済んだ事だ。そんな事をわざわざ一人で聞きに来たのか。」


一人?

後ろをチラと見たが確かに俺一人しかいない。キシリアが突然消えた。

バカな。行方不明者の話を聞きに来てキシリアが行方不明にでもなったというのか?


いやいやいや、キシリアは魔人だ。空気にでもなれる。

きっと今空気に変身しているんだ。

そしてこの少しだけ開いたドアの中に入っていった。

しかし何故だ?


部屋の中、男の後ろでバタンと何かが落ちる音がした。

ビックリして振り向く男。

ドアを閉めていた手から力が抜けドアを開け放す。

開いたドアから中が少し見えた。


男の後ろの廊下に服が落ちていた。

いや、キシリアがわざと落としたんだ。


黒い服と深い帽子。


男はそれを急いで拾って手前の部屋の衣装棚に戻そうとした。



まさか・・・。


「実は俺はアルビオンにいずれ戻る予定があるんです。近いうちにですが。それでもし良かったら奥さんの住んでた実家の住所なんかを教えていただけたら、戻ったときに探して手紙なりを書いて出させるように説得してみようかと思うんです。奥さんの詳しい住所なんか分かりますかね?」

「住所?」

「ええ。それだけ聞いたら帰りますんで。」


男は酒の臭いが漂う部屋の中で棚を探って何かの紙を出した。

それを読み上げて住所を教えてくれる。


「なるほど。あそこですか。近くに行ったことがありますよ。探してみたいとおもいます。ところで今見ていた紙ですが、それアルビオンの通行書ではないですか?奥さんがアルビオンに戻ったというなら、何故それがここにあるんでしょうかね?」


アルビオンの城門は通行書兼身分証が無ければ通れない。それには現住所も書かれている。

それがここに今あるというのは、奥さんは最初からアルビオンに行くつもりが無かったということ。


俺を凄い形相で睨む男。

だがそんなもので怯む俺ではない。


「それと一週間前に男の子が何者かに拐われている。今そこに落ちていたような服を着た男が関係あると判明した。事情を色々聞かせてもらえるかな?」


俺はドアに体を乗り出した。

男は体を翻し奥の部屋の方へと脱兎のごとく駆け出した。


しまった!奥に勝手口があるのか!?逃がしてしまうと取り返しがつかない!

手前の部屋に気体になったキシリアが居るようだが、彼女が出てくるのは非常にまずい!


「出るな!そのままここに居ろ!」


俺は誰に言ったともとれるように曖昧な発言をした。

キシリアも気付いてくれるだろう。


一瞬遅れたが俺も部屋の中に入り廊下を駆けていく。

男は奥の部屋に入る。ドアを勢いよく開け、そして閉める。


鍵をかけたようだが悪いがぶち破る。体当たりをして一発でドアをぶち抜いた。

暗い部屋は寝室のようだが奥にさらに大きな扉がある。やはり外に続く勝手口だ。

それを一足違いで閉められてしまった!

内側に閂があるが、どうやら外からつっかえ棒でもはめられたらしい。今度は体当たり一発ではぶち抜けない。外に通じるドアなので丈夫にも作られているのだろう。


「くそっ!ここで逃がすわけにはっ!」


いかない。ようやく事件が明るみになって動き出したというのに、その日のうちに犯人に逃げられたのでは申し訳がない!

今逃げられればもう二度とこの町には寄り付かないだろう。

俺がでしゃばったばかりにみすみす未解決事件になってしまう。


何度か体当たりしてみるがびくともしない!


「勇者さん!」


隣の部屋からキシリアが姿を現した。

犯人に見られなかったのは良かったが、肝心の犯人に逃げられたのでは意味がない。


その時、外でヒヒーンと馬の嘶く声が聞こえた。

まずい!遠くに逃げられてしまう!馬の足なんか追い付けないぞ!

扉を破るのは諦めて表に回って追い掛けるべきだったか・・・!


「そこを退いて下さい!」


キシリアが扉の前で構える。俺は体当たりをやめて離れる。


ベイトに聞いていたが、キシリアの手に巨大な鉄の塊。と言って良い身長程もある大剣が握られる。

それを一気に扉に突き立てる。


扉はアパートごと吹き飛ぶんじゃないかというように木っ端微塵に吹き飛んだ。

なんて破壊力だ。どうやったらこんな吹き飛びかたをするんだ。紙の扉が風で遠くに飛んでいったというように残骸が飛び散っている。


感心している場合ではなかった。

俺は急いで外へと出た。驚いた。想像していた風景ではない。

男が乗った馬は遠くの平原に走り出している。


アパートの外は外壁の外へと通じていた!

外壁と建物が繋がっていたのか!?

外には数本木が生い茂っている。そこに馬を繋げていたということだ。


もう俺が走って追い付ける距離ではないほど離れている。

万事休すか・・・。


色々と聞きたいことがあったのに、俺のでしゃばりのせいで決定的な容疑者を逃してしまった・・・。


「わたくしが追ってみます!」


顔を落とす俺の横で背中に大きく白い翼を広げキシリアが空を駆けていく。

みるみるうちに馬で走る男に近付くキシリア。


「待ちなさーい!」


ちょっと気の抜ける声で男に叫んだ。

空中からという思わぬ追っ手に驚いて馬上で振り向く男。

そしてその追っ手が携えた巨大な大剣。信じられぬものを見た気分だったろう。

キシリアは空中でその大剣を男の首の高さで横に凪ぎ払う。

男は身をすくめ馬上で丸くなる。そのまま落馬してしまった。

走り去る馬。落馬してゴロゴロと地面を転がりもんどり打って倒れる男。


男は上半身を起こして顔を上げる。

キシリアはその目の前に大剣をかざす。


「逃げても無駄ですよ。おとなしくしていて下さい。」


その状況でも男は起き上がり逃げ出そうとした。

キシリアの事を自分を罰しに来た断罪の天使とでも思ったのだろうか。

置かれている状況というより、恐怖でその場を逃げ出そうとしているようだ。

悲鳴を上げながらもたつく手足を絡ませながら不格好に逃げようとする。

考えてみればそれはそうだ。白い翼を持った何者かが急に巨大な大剣を振りながら空を飛んで追ってきたのだから恐怖もひとしおだろう。


「おとなしくして下さい!」


キシリアは大して前に進めていない男に、左手に二本目の大剣を握り男の首元を剣先で摘まむように左右から振りかぶった。

男とキシリアの居る場所に向かって走り出していた俺から見ても、キシリアが男の首を撥ね飛ばすつもりなのかとヒヤリとした。

だが剣は首元でピタリと止まっていた。男は失神してその場に崩れた。



それから俺が辿り着いた後、キシリアが馬を追い諌めて連れ帰ってくれた。

失神した男をくの字に折り曲げて馬に乗せ自警団の詰所まで連れていくことにした。

悪いが逃げないように手足は縛らせてもらう。


だがまだ俺には分からないことがある。いったい何故キシリアはこの男を怪しいと思ったんだ?詰所で話を聞いた時点で気になると言っていたな。

そして少年を連れ去った男がこいつである可能性もある。少年はどこに?何故連れ拐われたのか?


「申し訳ありませんでした。わたくし差し出がましいことをしてしまったみたいで・・・。」

「いや、君のおかげで解決しそうだ。だが何故この男を疑ったんだ?」

「詰所で聞いた話がおかしいとな思ったからです。だって夜とはいえ居なくなってそれほど時間は経っていないはずなのにどうして自警団の方を家に連れて行ったんでしょう?書き置きがあったという訳でもないのにどうして事件性があるとその時間で判断したんでしょう?すぐ帰ってくるかもしれないのに。」

「そういえばそうだな。」

「奥さんが居なくなったということを公認させるためにわざわざ呼んで見せたとしか思えません。ここで考えられるのは二つ。奥さんが何らかの理由で望んでそうしたのか。何かから逃げたり隠れるために。でもその必要は無さそうでしたね。あの町の外れのアパートでは元々目立たないので部屋に隠れていれば済むこと。お金の取り立てや不振人物に付け狙われているといった事もあるかもしれませんが、それなら変な小細工はせずとも逃げればいいだけのこと。」

「わざわざ公認を取り付けたのならば実際は逆だったという可能性が高いな。」

「考えられる事の二つ目はこの方が何らかの理由で奥さんが居なくなったと思わせる必要があった。自警団の方が言ってましたね。部屋がガランとしてるって。あの方この人と懇意というわけではなさそうなので、奥さんが居たときと居なくなった時の部屋の違いなんて分かりようがありませんよね?ガランとしてるというのは何故そう思ったのか?掃除をしたからだと思います。アルコールを使って床等を拭いたりして。」

「つ、つまり・・・。」

「部屋が血だらけになるような事が起こった。怪我人ならばヒーラーを呼べば治せるかもしれない。」

「奥さんは出血を伴う方法で殺されていた・・・。だが、少年の事は何故関係あると思ったんだ?」

「夫婦のケンカの理由なんてそう多くはありませんよね?この夫婦に起きた争いと少年の両親のケンカは同じ理由で起こっていたのではないかと思ったんです。」

「ああ・・・。浮気をしていた・・・この男の奥さんと少年の父親が・・・。」



キシリアの見立ては正しかった。

俺達は男を北口の自警団の詰所に連れていき、男は地下の留置場に身柄を拘束された。

そこで自警団員が男を起こして事情聴取したところによるとこうだ。


一月前、男はいつものように居酒屋で一杯引っ掻けていた。

手持ちの金が足りなくなり、ツケを断られていた男は金を無心しに家に居るはずの奥さんの所に帰った。

帰ってみると奥さんは夜遅い時間だというのにめかしこんで出掛ける用意をしていた。

それが何を意味するのかは聞くまでもなく明白だった。

男は奥さんに暴力を振るった。

暴力を振るい奥さんに迫った。相手の名前を言えと。

突然の夫の帰りと暴力に耐えかねた奥さんは名前を言ってしまう。

男にとって顔を知っている程度の相手だったが、怒りに駆られて置いてあった置物で奥さんを殴り殺してしまう。

部屋に血しぶきが飛び散った。

我に返った男は焦る。このままにはしておけない。

男は死体をベッドの下の床下に隠した。

血をアルコールで拭き念入りに掃除をした。家具が理路整然と並べられ生活感が感じられなくなったのはこのためか。アルコールで拭いたのは血の臭いを誤魔化すため。

男は居酒屋に戻り騒ぎを起こして自警団を自宅に呼び寄せた。

今の段階では床下まで調べられる事はないだろうと思ったからだ。

奥さんに逃げられた間抜けな亭主を演じることで事件そのものを隠してしまいたかった。


何事もなく過ぎる数日間。

男は奥さんの不倫相手への怨念を募らせていた。

事もあろうにその対象は子供に向けられていった。

男はまず相手の男に子供がいることを調べた。家の周りをうろついてそれとなく家庭環境を探ったのだ。夫婦がケンカしていることも知った。相手の奥さんは夫の不倫相手が自分の妻だと知らない様子だった。

子供の通う学校も調べた。

そして一週間前、その子供に接触した。

男はカツにこう言った。

君のお父さんはお母さんとは別の女性と付き合っている。いずれお父さんは今のお母さんと別れて新しいお母さんと一緒になる。今度新しいお母さんと会わせてあげよう。と。


許されざる卑劣な行為。


カツはこういう事を言っていたそうだ。

今のお母さんは口が悪く辟易している、新しいお母さんができるなら嬉しい。


日時を決め自分の足であのアパートに来るように促した。

カツは疑いもせず新しい生活を夢見てそこに赴いていった。


そして今カツはどうなったのか・・・。


話を聞き自警団によって急いでアパートが調べられた。

あのアパートには人が入っていない部屋がいくつかあった。

カツはそこで監禁されていた。猿ぐつわをされ手足を縛られ、疲労と恐怖で衰弱しているものの命に別状は無かった。

すぐに施設に連れていかれヒール処置を受けているとの事だ。


カツが何故監禁されていたのか。馬が用意されていたことから男は近々この地を去るつもりだったのだろう。いったい何をするつもりでいたのか。考えたくもないが、無事に救出できたのは本当に良かった。



俺達は詰所の椅子で座って自警団員の報告を聞いていた。

カツが救出されたことで胸を撫で下ろした。

自警団員はとんでもない失態を演じるところだったと恐縮したりだった。


「いや、無事に解決して良かった。俺もみすみす見逃す所だったよ。」

「危機意識の足りなさと言うのか、本当に身につまされる思いです。これから俺達の仕事が人相手なのだと認識を新たにしました。ご協力感謝します。」


もちろん今までもこういった事件は担当していたのだろうが、モンスターというさらなる脅威に隠れ蓑にされていたのだろう。

この物語の最初でも言ったが、これからは人相手に剣を振るうこともあるのかもしれない。


「それと、あの男が天使が迎えに来ただとか、襲ってきただとか言っているのですが、何か妙なものでも見たんでしょうかね?」

「え?あはは、きっと罪の意思でもあって幻覚でも見たんだろう。それじゃあ、俺達はこれで失礼させてもらうよ。」


そう言うしかなかった。

俺は詰所を出て別の場所に移動しようとした。

ここで俺達がやるべき事はもう無いだろう。

立ち上がる俺とキシリア。

そのまま俺はドアに向かって歩くつもりだったが、キシリアに腕を掴まれ引っ張られた。

何かと思って彼女を見る。

彼女は壁に向かって指をさしていた。

なんか少し前にも似た光景を見たが。


壁には貼り紙がたくさん貼ってあった。ほとんどは税金支払い義務だとか健康診断だとか防犯意識だとか公共のチラシだったが、一つだけ妙なものが混じっていた。


「ダンスパーティー?」

「あはは。目に留まりましたね。港の近くにでかいホテルがあるでしょう?あそこで明日の夜にそういった催しがあるそうですよ。」


俺達が前にスイートに泊まっていた場所だ。

自警団のお兄さんが教えてくれた。


「勇者さん!わたくしこれに行ってみたいです!」

「そうだな。明日ならちょうど時間も空いているし観に行ってみるか。」

「わたくしこれに出場したいです!」

「え?ダンスパーティーに!?」

「良いじゃないですか。お似合いですよ。」


お兄さんはお世辞を言ってくれた。


「ダンスなんて俺は踊ったことないぞ?」

「いいです。雰囲気だけ感じられれば。」

「いやー。確かベストペアに賞金が出るって書いてあったような。そのチラシ持っていっていいですよ。まだありますから。詳しく見てみて下さい。」


ダンスはともかくお兄さんの好意に甘えてチラシを拝借して俺達はそこを出ていった。



もう昼を少し過ぎた辺りだ。腹が減ってきた。

いつものように俺の左腕に腕を組んで歩くキシリア。チラシを見ながら目を輝かせている。


ふと顔を上げるキシリア。


「そういえばわたくしからも質問です。勇者さんはどうしてアパートの中でわたくしに出るなと仰ったんですか?あの場で取り押さえていればもっと早く捕まえられましたのに。」

「ハハハ。君が無茶をするから。あの場で部屋の中に第三者が居たとなると物的証拠の証拠能力が希薄になる恐れがあるだろ?あの男にこいつが持ち込んだものだ俺は関係ないと言われれば反証は難しい。」

「まあ!そういう事でしたか。」

「カツが保護された事で言い訳できない状況にはなっただろうからもう大丈夫だろうが、これは俺達だけの秘密だぞ。おてんばお嬢さん。」

「うー。わたくしそこまで考えていませんでした。申し訳ありません。」

「いや、いいんだ。君があの服を探したおかげで事件が解決したんだから。それに少年の人命がかかっていたんだし。自警団ではない俺達が多少無茶をしてもやむを得まい。」

「では、ダンスパーティーに出席していただけますか?」

「内容を詳しく見てみないと何とも言えないが・・・。そもそも明日開催なのに今から出場できるのか?」

「えーと。当日飛び入り参加可能。ぜひご参加下さいだそうです。」

「うむ。どんなパーティーなんだ。」


「ダンスパーティー開催。来たる3月23日午後9時ローレンスビルグランドホテルメインホールにてダンスパーティーを開催いたします。入場料1人6000ゴールド。飲み物無料。ダンス参加希望の方は事前にペアのお名前を登録していただくと優先してホールで踊っていただくことができます。飛び入り参加可能。ぜひご参加下さい。きらびやかなドレスに包まれて華麗にダンスを楽しみませんか?もっとも優れたペアには賞金50万ゴールドを進呈させていただきます。選定方法は審査員数名がこの方と挙げた数ペアの中から参加者の皆様の拍手をいただいて一番多く支持されたペアと致します。」

「わりとカジュアルなパーティーなのだろうか?パーティーなんて参加したことない。」

「そうだと思いますよ。ホテルのホールですから。一般の方も参加するのではないでしょうか。」

「だよなー。まあいいや。埋め合わせすると言ったし、参加の方向で考えておくか。」

「はい。楽しみです。」


キシリアは弾けるように頷いた。


「ようし。そういえばさっきルーシーが鱗を持ってきてと言っていたな。いつ持って行けばいいのだろう。」

「今から船に戻りますか?ロザミィさんに聞いてみましょうか。」

「ああ。頼む。本当に便利だなその能力・・・。」


「こちらが今から船に向かうならルーシーさんも船に行くそうです。そこで落ち合おうと。」

「そうか。ではそうしよう。港の近くだしホテルに寄って登録しておけばダンスを楽しめるかな。ついでに昼もそこで食べて、宿もとっておくか。」

「え?わたくしと一緒に泊まっていただけるのですか?」

「ハハハ。1人部屋を2部屋だけどな。手頃な部屋も下の階にあるだろう。」

「そんなー。一緒のお部屋がいいですー。」


キシリアは納得いかないようだが一緒の部屋で寝るわけにはなぁ。

そうして俺達は船へと急いだ。

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