第85話



噴水を離れて町をぶらぶらキシリアと腕を組んで歩く俺。

観光名所とかは無いのだが丘の上に作られたこの町の町並みはそれだけで風光明媚な景観をもたらしている。

港から離れた住宅街には葡萄の果樹園だの何かの畑だので緑も多い。

町の人々の暮らしに触れることで郷愁に駆られる思いだ。


キシリアは俺の左腕から離れない。右腕と胸で挟むようにしてガッチリ逃さないというつもりのようだ。

正直、歩きにくさと柔らかいものの感触で照れてしまうのとで離れて歩きたかったが、時折俺を見て嬉しそうに笑顔を振り撒くので、これはこれで良いかと観念した。


俺達は、あれ綺麗だとか、これ凄いだとか町並みを見ながらとりとめのない会話でここまで過ごしていた。

こうやっていざ二人になってもお互い共通の話題が無いというか、立場的にもそこまで深く突っ込んだ話も出来ないというか。

いや、はっきり言うと急に自由時間といわれてもどうしていいか分からないというのが本音か。


長くて3日か・・・。ルーシーの事だからまったく当てもなくわざわざ町まで戻ったりしないだろうから、3日はほぼ確実だろう。

その間どうしよう・・・。

ルーシーの所に行ってみるか。いや、キシリアを頼まれたんだ。それを全うしなくてどうする。


「勇者さん何をお考えですか?」

「あ、いや、これから3日どうしようかなと思って。急だし何もプランが無くってさ。君はどこか行きたい場所とかやりたいこととか何か有るかい?」

「わたくしは勇者さんとご一緒できたら、何処ででもどんなことでも良いのですけど、このままずっと町を散歩でも。でもそれでは勇者さんが面白くありませんよね?」

「うーん。そんなことはないが・・・。」

「強いて言うなら、わたくしもっと直に勇者さんとピッタリ触れ合いたいのですが・・・。」


「そういえば男の子が行方不明になってもう一週間くらいなるけど、まだ見つからないの?」

「そうそう。そうみたいね。家出したとか行ってたけど一週間も帰ってこないなんてね。」

「ホントに家出なのかしら?もっとちゃんと探した方が良かったんじゃないの?」


キシリアが何か言ったようだが、その時近くに居た子連れの若い母親の3人グループの会話が俺の耳に入ってきた。

高い段々の崖の上に通りの交差点がちょっとした広場になっている。崖の縁には手すりが設置され落ちないように施され、奥には滑り台やブランコ、砂場なんかが置かれて数人の小さな子供が無邪気に遊んでいるようだ。

その子供達を見守りながら3人の母親が集まって話していたのだ。


男の子が行方不明?一週間前?


行方不明と言えば浜辺で漁師等を襲ったロザミィが思い出されるが、さすがに関係ないよな?ロザミィはその頃もう俺達と一緒だったはずだ。

いや待てよ。タイミングがちょうど微妙だが、その頃ロザミィは町に戻っていたんじゃなかったか。ルーシー達が町で何をやっていたのか詳しく聞いてない。

まさかとは思うが、まさか、ロザミィが皆と別行動してその間に・・・。


俺は母親グループに近付いて話を聞こうと思った。


腕を組んでるキシリアを引きずりながら3人に近付く俺。かなり怪しい奴だと思われているはずだ。


「突然すみません。今男の子の行方不明という話が聞こえたんですが、良かったら詳しい話を教えてくれませんか?」


突然の怪しい男の登場に悲鳴を上げられるのではとも思ったが、案外冷静に話してくれた。


「詳しいと言っても私達もそれほど事情通というわけではないの。」

「一週間とは言ったけど5日だか6日だかでまだ一週間は経ってなかったわよね。」

「あれ何日だったかしらね?」

「ホントに詳しい話なら北口の自警団がこの先にあるからそこで聞いてみれば良いんじゃないかしら。」


「そうですか。ありがとうございます。そちらに行ってみます。」


不思議そうな顔をするキシリア。


「どうするのですか?」

「ああ、ごめん。せっかくの自由時間なんだけど、ちょっと気になるから自警団の詰所に寄ってみてもいいかな?」

「それは構いませんが。」

「後で埋め合わせはするよ。」


そこを歩いて北口と言われる詰所に向かっていった。



詰所の中は子供の行方不明者が出たというわりにはのんびりした雰囲気だった。

港の詰所とは違って小さな建物で入り口近くに椅子2脚、カウンターが正面にあり、奥にはデスクが2つ、更に奥には休憩所になっている部屋、地下に続く階段。それだけが設備の全てといった感じだ。

デスクに座っていた番の男が、俺達の入ってきたのを見て、立ち上がりカウンターにやって来た。


「なにかありましたか?」

「いや、話を聞かせてもらおうかと思って。たった今人から男の子の行方不明者が一週間前くらいに出たという話を聞いたのだが、詳細を教えてもらえると助かる。関係ないとは思うんだが俺達の追っている事件とも関係があるかもしれないんだが・・・。」


キシリアはまだ腕を組んでいて、俺を不思議そうに見上げている。

俺が何を言いたいのか察したのか口の中で声を漏らす。


「まさか?」


しかし自警団のお兄さんは破顔してにこやかに笑う。


「あはは。多分関係ないと思いますよ。イタズラ坊主が家出して家族を困らせているんでしょう。名前はカツ。11歳。両親がケンカばかりして家庭環境の良くない子です。16日の午後、学校が終わって帰り道から姿を消したそうです。家庭環境が良くないことを学校の友達も知っています。同情して家に泊めてあげてるんだと踏んでいるんです。友情が厚いのかなかなか口を割りませんがね。」


16日か。今日は3月22日だから6日前か。

ちょうどロザミィ達が町に戻った日と重なるが・・・。


「1ヶ月前にも酔っぱらいの奥さんが亭主を見限って夜逃げしたという事もありました。どこの町に帰ったやら。これも行方不明と言えば行方不明ですがね。」


割りと頻発しているのか。それはさすがに関係無さそうだ。


「ロザミィさんに聞いてみましょうか?」


キシリアが小声で囁いた。

そうか。離れていても直接聞けるのか。

だが、正直に答えるのかな。動揺して口を滑らせるかもしれない。聞いてもらおうか。


「それとなく聞いてもらえるかな?」

「それとなくは難しいですけど・・・。はい。違うそうです。その日はルーシーさんやクリスさんフラウさんと夜中に買い物に行ってずっと一緒にいたそうです。」

「え?なんだそうなのか。」


夜中に買い物。それなら目を離すわけないな。

とんだ勇み足だったか。


「すまない。勘違いだったみたいだ。」

「いえいえ。」

「とはいえ少年が行方不明というのも放ってはおけない気がするんだが、どうだろう?自警団の人には話し辛いが部外者なら何か話してくれるかもしれない。その学校の友達と話をさせてもらえないだろうか?」

「え?勇者殿が捜査に協力してくれるんですか?それなら子供達も嘘は言わないでしょうね。」

「俺のこと知ってたのか・・・。」

「そりゃもちろんですよ。俺はここを離れられませんが今も学校に事情を聞きに行っている奴が居ます。そちらと合流してください。手紙を書いて説明しておきますから。お渡しくだされば。」


そう言ってさらさらと手紙と学校の地図を書いてくれるお兄さん。印を押して俺に渡してくれた。


地図に描いている学校へ赴くことになった。

キシリアに謝らなければ。


道中ずっと同じ体勢で腕を組んで歩く俺達。


「相談なしに勝手に決めてすまない。自由時間だったのに・・・。」

「いいえ、わたくしはこうやって勇者さんとご一緒できるなら喜んで付き従います。」

「あ、ありがとう。それと、子供達の手前ずっと腕を組んでいるのはアレなんで離れて歩いて行かないか?」

「え?うー。」


キシリアは不貞腐れたような顔をした。

どんだけ人に触っていたいんだ。

しばらく放してくれなかったが、学校に近付くにつれ、観念して腕をほどいた。


「埋め合わせー。」


怨念めいた唸りで俺に懇願するキシリア。



葡萄の果樹園の隣にあるレンガの平屋。それほど大きくはない建物がこの地区の学校だった。年齢もバラバラな20人くらいの子供達がここで数人の先生から学んでいるそうだ。

俺達は入り口の職員と話をして校長室にまず行ってみることにした。

校長室の部屋の前に大人が3人輪になって話をしている。

見るからに学校の先生という出で立ちではない。この人達が自警団の人か。

俺は構わず輪の外から話しかける。


「すまない。今北口の自警団の詰所でこれを書いてもらったんだが。」


早速手紙を見せて事情を理解してもらおう。


「これはこれは勇者殿。ご苦労様です。こんな事件にもならないような案件に手を患わせて不覚の至りです。」

「いやいや、俺が勝手に頼んだことだし、邪魔をして申し訳ない。」

「今授業中ということで、あと20分くらいしたら子供達に今一度事情を話してもらうつもりですよ。まあ、状況を説明しますんで校長にも入ってもらいましょう。」


一人の自警団員がドアをノックしてそのまま開いた。


通される俺達。


部屋の中には正面に簡素なデスクに椅子があり、そこに人の良さそうな初老の男が座っている。その手前に背の低いテーブルにソファ。自警団員は手でそれを示しそこに俺達を座らせようとする。


デスクから初老の男が出てきて握手を求められる。当然応える。


「勇者殿と聞こえたが?」

「そうですよ。校長。事件を聞いて駆けつけてくれたというわけです。」

「まあ、お座りください。」


校長含め一同ソファの方に座る。


「どこまでご存知か。カツ11歳の少年。家庭に問題があり普段から塞ぎがちな状況でありました。私共も憂慮はしておりましたが、このような事態になるとは思ってもいませんでした。」

「当日の話です。普段午後4時には学校は終わります。当然それから下校ですが、ここの子供達はすぐには帰らないんです。隣の果樹園があるでしょう?そこで隠れて遊んだりして普段から帰りが遅かったりしたんですね。当日もそうでした。数人の生徒が6時くらいまでは遊んでいたと証言まではしているんです。」

「一方カツは家出の用意をしていたようです。家にあった好きな本とか着替え一式とかをバッグに詰めて持ち出しているんです。」

「足取りはこういうわけですね。果樹園で6時まで遊んでいた。友達数人と別れて家に帰ったように見せかけてどこかに消えた。しかし消えたというのは無理がある。前もって示し合わせていた誰かと協力し、みんなが別れた後用意した家出道具を持って、その誰かが家に手引きしたとしか思えない。」


家出の用意をしていたのか。


「残念ながら相手は子供ですので家宅捜索という強硬な手は使いたくはないんですが。一週間となれば少年の体調も考えて踏み切らないといけないというのが我々の状況ですね。」


「ご両親のケンカの原因は何だったのですか?」


キシリアが自警団員に質問した。

顔を合わせる自警団員。


「いや、そこまでは聞いていないですね。」

「そうですか。」


しゅんとするキシリア。


「部外者の門外漢がしゃしゃり出てきて本当に申し訳ないんだが、少し子供達と俺だけで話をする時間をくれないだろうか?」

「私からも頼みます。どうか子供達の心を解きほぐしてやって下さい。」


俺の言葉に校長が力添えをくれた。


「そうですね。力を貸してもらいましょう。我々は部屋の外で聞かせてもらいます。よろしいですね?」

「ああ。分かった。」


そして俺とキシリアは十数分後に校長によって子供達がいる教室に案内された。


教室は木製の床板が張ってあり、バラバラに置かれた机と椅子に座って7歳から12歳くらいの子供が20人近く一部屋に集められていた。

部屋の正面に縦長の机があり、教師が熱弁を振るう檀上となっている。

俺はそこに立った。


奇異な眼差しで俺を見つめる子供達。

横に立っている校長が俺の説明を始める。


「みんな喜べ!なんと、あの・・・超有名人!我らが英雄、勇者が我が学舎に来てくれたぞ!6日前から姿を消したカツ。今頃どこに居るやら心配でしょうがない。何かあったら大変だ!そういうことでみんなに質問があるそうだ。絶対正義、完璧美徳の勇者の前ではどんな嘘も悪行千万!魔王に尻子玉を抜かれてしまうから肝に命じて発言しろよ!」


熱のこもった演説で子供達を震え上がらせる校長。

さっきと人格が違いませんか?

俺に嘘をつくと魔王に尻子玉を抜かれるってどういう設定なんだ。


「では、よろしくお願いいたします。」


そう言って校長は部屋を出ていった。

子供達は烈火のごとく騒ぎだした。


「うおー!マジもんの勇者!?」

「偽物?」

「絵本で見たー。」


絵本という発言にちょっとドキッとした。


「隣のお姉さんかわいい。」

「ママと同じくらい綺麗。」

「名前何て言うんですかー?」


困惑するキシリア。


「えー。今日来たのは他でもない。一週間前から君達のお友達がどこに居るのか分からなくなっている。そこで君達に聞きたいのは・・・。」


俺は構わずに話し始めた。俺の声とともに静かになる教室。

またその質問かという諦めに似た空気を感じ取った。

だが、俺の聞きたいのはそこではない。


彼を誰が匿っているのかなんて聞いても仕方がない。


「カツがどこかに消えてしまう前に何か変わったことがなかったかい?」


ざわめく教室。


「変わったことといいますと?」


キシリアが俺に聞いてきた。


「どこかに行くと言っていたとか、誰かと会っていたとか。」


家出の準備をしていた以上どこか行く当てがあったということだが、子供達の狭い行動範囲の中の出来事とはいえ、それがここの友達の所とは限らない。

彼等の沈黙を嘘ではなく真実と取るなら、他に行く場所が有るはずだ。


後ろの席で同い年くらいの子がヒソヒソ話し合っている。


「何か思い当たるのかい?」


顔をしかめてこちらを振り向く子供達。


「いなくなった当日じゃないけど、だいぶ前におじさんがカツの後ろを付いて歩いていたんです。」


俺とキシリアは顔を見合わせる。

ドアの向こうでもガタリと音がする。


「なるほど。それは重要な問題かもしれない。詳しく教えてくれるかな?」


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