第29話



朝だ。

目が覚めると勇者の体はそこには無かった。

もしかして勇者に左手握ってたことがバレた?


ルーシーもフラウもベッドには居なかった。

寝坊は私だけか。


寝室を出ると居間で3人が朝食をしてた。勇者が食べるのをやめて話しかけてくる。


「おはよう。気分は大丈夫か?」

「うん。なんで?」

「なんでって、昨日調子悪かったんだろ?」


そうだった。疲れてたことになってたんだ。


「もう大丈夫かな。」

「それは良かった。クリスの力を借りないといけなくなりそうだからな。今日も頼めるか?」

「いいよ。」

「やっぱり朝食は食べたりはしないんですか?」


フラウが遠慮がちに聞いてきた。


「うん。」

「残念ね。これふわふわして美味しいパンなんだけどね。」


ルーシーも残念がる。


「いいよ。みんなが食べてるとこ見るの好きだから。」

「さてと、今日の予定はどうするの?」


ルーシーが仕切り出す。


「まずは自警団に寄って昨日の被害状況を知りたいな。」

「そこからセイラを辿るのは難しいだろうけど、状況は知っておくべきね。」

「どうして難しいんですか?」

「変身を繰り返せば残り香が残らないし、関連がある相手を襲ったわけでもないでしょうしね。」

「なるほど。」


一応対策になるかも知れないし、昨日のことを言ってみよう。


「昨日のニナと戦ってわかったことなんだけど。」

「そういえばどうやって倒したか聞いてなかったわね。」

「ニナがやってきたのは、私の骨針を触手で引っ張って変身を解除させないようにしてから電気みたいのを流してきた。変身するとき、一旦体を小さくしてからじゃないと解除できないみたい。」

「新情報だけど触手なんて私達には無いから実用は難しいわね。」

「そうだね。私がやったのは、フラウが敵にヒールを撃ってくれたから、あいつらがやってたみたいな針をたくさん撃ち続けて、自然治癒力で力を使い果たさせた。」

「いいアイデアだな。それなら無理矢理力を使わせることができるか。」

「その代わりこっちも死にそうだったけど。」

「おいおい。大丈夫だったのか?多用はしない方がいいな。」

「じゃあ、どうやって倒すの?」


「私の考えてる方法は単純よ。燃やす!」

「おお、明快!」


私は思い付かなかった。

さすがルーシー。


「いくら変身を繰り返しても外的要因の炎までは変えられないでしょ。」

「もともとメイド仲間だったんだろ?酷いやり方で倒すのは気が引けるが。」

「向こうもそう思ってくれたらいいんだけど。そうも言ってられないでしょうからね。それと、どちらにしろそのやり方は町中や船の上ではできないわよ?こちらの被害が甚大になる恐れがあるからね。どこかの島に有るだろうやつらのアジト。決戦の舞台での最終兵器ね。」

「どうやって燃やすんですか?」


フラウは首を傾げている。


「油を染み込ませた布を弓矢の先端に付けて射る。そのために弓矢、布、油とそれを入れる缶をそろえておかなくちゃ。」

「携帯性が問題だな。」

「島に上陸するなら最低限しか持てないわね。ベイト達もいるし、手伝ってもらえるといいけど。」

「装備は午後にでも見に行くか。よし、そろそろ自警団に行ってみよう。」



私達は昨日勇者とルーシーが行った自警団の詰所に行くことになった。

4人でぞろぞろ歩いて行くのは恥ずかしいけど、しょうがないか。


詰所は入り口入ってすぐに座席が置いてあり、カウンターをはさんで、向こうにデスクと椅子がいくつか並んでいて、男たちが座ったり立ったり、慌ただしそうにしてた。

私はよくわからないし、話を勇者とルーシーに任せるので後ろの座席に座って待つことにした。

ルーシーとフラウは勇者の隣で並んで立ってる。


「何か事件が起きたのか?」


勇者はカウンターに座っていた受付の男にそれとなく尋ねてる。


「ええ、まあ。」


受付の男は言いにくそうだ。あまり無関係な私達に話せないのかな。

教えてくれないんじゃどうしようもないね。


デスクにいた男が勇者の姿を目にして勢いよく突っ込んできた。


「あんたクイーンローゼス号に乗ってたんだってな!これはどういうことだ!」


凄い剣幕で勇者を問い詰める。なにこの人。


「どうとは?」

「あの船が停まったその日の内に、襲撃された商船と同じ状態の被害者が3人も町に出た!化け物からやられたと言うが、それを見たのはあんた達だけだ!モンスターが消えた今、本当にそんなものがいるのか!?犯人はあんた達なんじゃないのか!?」

「3人だって・・・。」


ホントになんなのこの人。いきなり犯人扱いとか。


後ろのデスクに座ってたお兄さんが困った顔で頭を掻きながら変な人の背後に歩いてくる。


「そうそう。その線はかなり濃厚だねー。たっぷり証拠もあるに違いない。じゃあ、早速証拠集めの捜査を宜しく頼むよー。至急大急ぎでねー。」


変な人の肩をポンポン叩きながら入り口のドアまで押し出していく。

変な人は何も言わずドアから出ていった。

なにこれカッコいい。


「勇者殿、失礼しました。あってはならないことが起こってしまって、過敏になっていたんでしょう。お許し願いますよ。」

「いや、それじゃあ町に被害が出たのか?3人も?」

「そういうことですね。今朝方の事です。」

「そうか。ではああ言われても仕方ない。俺達が化け物をこの町に引き連れてしまったのは間違いないだろう。」

「いえいえ、そうとばかりも言えないんですよ。実は不可解な事件は1週間前くらいに起き始めてるんです。海岸を歩いていたであろう男女が戻らずに行方不明。漁に出たはずの漁師が船ごと行方不明。以下3件同様の事件がね。起きてます。」


そうか、セイラ達が人間になって町をうろつくアイデアを持ったのは私の姿を見たから。

それ以前は魔人か鳥の姿のまま、人目につかないように人を襲ってたんだ。


「この行方不明者十数名が発見されたとき、今日の被害者と同じ状態で見つかる可能性は0ではないと思ってるんですよ。だから見当違いもいいとこです。今頃頭を冷やしてるでしょう。」

「そうだったのか。だが助けてくれてありがとう。」

「お安い御用です。」

「助けてもらっておいて何だが、ちょっと頼めるかな?」

「何です?」

「現場を見せてもらえないかな?化け物の手掛かりが欲しいんだ。」

「勇者殿の頼みとあっては断れませんね。お連れしますよ。ちょうど協議まで時間もありますし。」

「ありがたい。しかしその協議とは・・・クイーンローゼス号の?」

「そうです。緊急にね。ほぼ規定路線で決定で間違いないです。今朝方の事件でね。」

「では出港が許されるというわけか。」

「あはは。今はまだ、ほぼ、ですよ。先に現場に行きましょうか。で、こちらのお嬢さん方も御一緒ですか?」

「ああ、出来れば。」

「いえ、実はまだ遺体は現場なんですよ。検証が済んでないもんで。何せ3件同時ですからね。」


また頭を掻きながら快活に笑う。

口から生まれてきたのかと思うぐらいよく喋る。でもいいひとみたい。


私達は5人になり、自警団の人の先導で事件があった現場に連れていってもらった。

途中で被害者のことも聞いた。


「3名とも若い男性です。一人で住んでました。借家だったり離れだったり、集合住宅だったり。朝になって隣人や仕事仲間なんかに発見されました。犯行は当然夜の内だったでしょうね。

ご存知でしょうが、全身から血が抜かれてるんで時間の特定は難しいです。犯人が化け物だったら我々としてはお手上げですが、現時点では模倣犯という線も捨てれませんからね。可能かどうかは知りませんが。」


一件目の現場に着いた。

辺りを探したけどルーシーの言う通り残り香のような形跡はない。

勇者が私を目で見る。首を横に振りないことを伝える。

男はベッドの上で骨針で引き裂かれながら血を吸い出されていたようだった。

思わず目を背ける。


これをセイラがやったというの?


数人の自警団が辺りを捜査しているけど、何も出てこないと思う。

フラウは手を合わせ冥福を祈ってる。

ルーシーは口をつぐんで勇者の横に立ってる。

勇者も申し訳なさそうに被害者の男を見てる。


その後に2件同様の現場に向かったけど、どこも同じで残り香の形跡は見つからなかった。


「ドアに鍵はかかってませんでした。かける前だったのか、もともとかける習慣がないのか、犯人が外して出ていったのか。それはわかりませんがね。」


ルーシーが小声で勇者にヒソヒソと耳打ちした。


「セイラが表から出ていったんでしょうね。」


勇者はうなずくと、自警団のお兄さんにお礼を言った。


「ありがとう。思っていた収穫はなかったが、大変参考になったよ。」

「化け物が私が犯人ですって言って出てくれば解決ですが。そうはならんでしょうから、永遠に迷宮入りでしょうね。」


私達は現場を後にしてまたぞろぞろと自警団の詰所に戻っていった。


詰所に着くとお兄さんは私達に向かって言った。


「ではそろそろ協議に行ってきます。多分すぐに終わると思いますが、それまでここでお待ちいただければ結果をすぐにお知らせできますが。どうします?」


勇者は私達を見回す。私達はみんなうなずいた。


「ありがとう。そうさせてもらうよ。」

「ではここでは何ですから、奥の待合室を使ってください。どうぞこちらへ。」


奥には簡単な待合室というのがあった。

入り口の椅子よりはゆったり座れるシートが四角いテーブルを囲んでる。

遠慮なくみんなそこに輪になって座った。


お兄さんは軽くお辞儀をして出ていった。


みんな被害者の姿を見てから暗い顔になっている。

座ったまま下を向いて黙りこんでしまった。


昨日もう少し早くセイラを追いかけていたら起きなかった事件かもしれない。いたたまれない気持ちになっているのかな。


「役にたてなくてごめん。勇者。」


私も申し訳なくなって勇者に謝った。


「いや、クリスはよくやってくれてるよ。それより収穫がないとわかっていたのに連れ回して済まなかった。」

「話には聞いてたけど思ったより凄惨な姿だったわね。昨日は船のみんなも無事だったけど、誰かがああなる恐れもあったんだから目にしておいて覚悟もできたわ。」


そうか。そのために襲ってきたんだもんね。


ルーシーの言葉が途切れると、また勇者は下を向いてしまった。

うつむいてる所を見たくない。

なにか話してほしい。


ルーシーがまた口を開いた。


「そういえばクリス、気に入ってるならいいんだけど、そのメイド服そろそろ替えたら?装備見に行くついでにさ。」

「私お金持ってないよ。」

「それくらい出してあげるわよ。」

「勇者はどう思う?この服変かな?」


まあメイドじゃないから変なのかもしれないけど。

勇者は顔を上げて私を見る。


「クリスはスタイルいいし何でも似合うと思うけどな。」


褒められた。


「でもスカートの裾気にしてるみたいだから、他の服に替えてもいいかもな。」


別に恥ずかしいわけじゃない。

無難な服着て意識されないのは嫌だな。


「じゃあ勇者に選んでほしい。」

「俺か?俺が選ぶとフルプレートアーマーとかになるぞ。」


勇者が変なこと言ったので私は爆笑した。


「なにそれどういう趣味?」

「いや、オシャレ感はゼロってことだよ。」

「じゃあ勇者の好きな色は?色くらい合わせてあげる。」

「色かぁ。でもクリスは黒とか濃いめの色がイメージ合うかな。」

「それ今着てる服だからじゃない?」

「そういやそうだけど。」

「でもそういうイメージならそれで合わせてあげるね。」

「いやまあ、クリスの趣味で選んでくれよ。その方が見てみたいな。その服と水着しか見たことないから。普段のイメージがつかないや。」

「勇者のイメージ通りだよ。暗めの色着てた。」

「なんだやっぱりそうなのか。」


勇者ともっと話がしたい。


「勇者。」


と声に出したらふとルーシーとフラウの視線に気付いた。

なんとも言えない顔で私を見てた。

なんかおかしなこと言ったかな?


「ん?どうした?」


勇者が名前を呼ばれたのに言葉が途切れたから聞き返してきた。


「やっぱりフルプレートアーマーの方がいいかな?」

「アハハ。やめといた方がいい。重いから。」


ルーシーとフラウの視線をかわすように、そこで言葉を区切った。


勇者との会話で浮かれちゃってるのに気付かれたかもしれない。

ここは別の話でやり過ごさないと。


「ルーシー。」


私はルーシーを呼んだ。


「なに?」


不意を突かれてキョトンとしてるルーシー。


「綺麗だ。」


昨日の勇者の真似をしてみた。

思わぬ発言にルーシーはテーブルに顔を伏せるように爆笑した。

勇者も苦笑いで困惑してる。


「ここでそれ言うか。」


フラウはプールに飛び込んでて知らないのか、みんなの顔を不思議そうに見てる。


まずまず成功。


そこでちょうどドアがノックされた。

お兄さんがドアを開ける。ルーシーが爆笑してるの見て不審がってる。


「協議が終わりました。クイーンローゼス号の化け物捜索及び討伐に我々からも任務の要請、協力を願い出る運びとなりました。少ないですが少々支援金も出させてもらいます。なにせ小国の町でして。ご理解いただきますよ。」

「いや、それはありがたい。」

「決定打は今朝方の事件と勇者殿が搭乗してるって事ですね。生還した唯一の船ですから。町に被害が出たとなると、もはや尻込みしてる本国の決定を待つ一刻の猶予もないってのが本音です。」


正直だね。


「それで協力の話なんですが、船長の許しが出るならこちらからも2名ほど船に同行させてもらえるよう頼んでみます。任せっぱなしというのはね。ただ人数が少ないのはこれもご容赦願いたい。海での捜索ですから、何日、いや何週間かかる仕事になるやら見当もつきませんからね。小さな町では精一杯です。」

「何から何までありがたいよ。俺達はここらの地理に明るくない、詳しい人が乗ってくれるならベラも喜ぶと思う。」

「ええ、そのつもりです。それで、この決定を今から船長に伝えに行こうと思ってます。派遣する2名の顔合わせも兼ねてですが、どうです?同席してもらえますか?」

「そういう事なら、一緒の方が都合がいいかもな。」

「いや、ありがたい。では30分ほどで船に集まって下さい。すぐ支度させますから。ああ、出港は明日以降になりそうですので今は顔だけ出してもらえばいいですよ。では。」


お兄さんは嵐のごとく過ぎ去っていった。

名前も知らないお兄さんが出ると話が勢いよく進む。


待合室を出て港の方へ向かう私達。

近いからブラブラ歩いてもすぐだ。


私はルーシーにお兄さんの名前を知っているか聞いてみた。


「なーに?気になるのー?」


ルーシーにいたずらっぽく聞き返された。

いつまでもお兄さん呼びじゃ呼び辛いだけだよ。

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