33、ホワイトデーモン
第94話
金髪のルーシー33、ホワイトデーモン
ベイト、モンシア組のボートに乗って俺とキシリアはイビルバスの北西方面に待機している。
俺は初上陸だ。言われていた通り蒸し蒸しとした湖沼が鬱蒼と生えた木々の中に迷路のように入り組んでいる。
出来るだけ中央の大きな湖沼に近付くため水中を潜って移動だ。
そしてクイーンローゼス号が放つ信号弾を確認次第捜索を決行する。
時間は午後4時。俺達潜入捜索組は見つかりにくいように、泳ぎやすいように、黒っぽいダイバースーツに身を包んでいる。
俺は手に銛とランプ。腰に剣も忘れない。
水面近くをザブザブと泳ぎ信号を見逃さないようにしないといけない。
湖沼の水中はやや濁ってはいるが視界がゼロというわけでもないようだ。
船で町からこの島に戻るまで、以前キシリアの説得は失敗したがミネバの方に挑戦してみた。このまま俺達と仲間になってくれないかと。
しかし冷淡に笑って、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?目の前の敵を見据えないと足元掬われちゃうよとやんわりと断られた。それはそうなのだが、ミネバに真面目に答えられると調子が狂ってしまう。
ミネバでも緊張するのだろうか?ルーシーの口から作戦が語られた後、彼女の口数が減ったような気がする。
部屋に大量の本は運ばれてはいたが。
湖沼の入り口まで来たのか、キシリアが手で俺を制して一旦木に掴まって水面に出ようと手でジェスチャーした。
頷く俺。
木に手をかけて上昇し水面に顔を出す。ガラスのメットも首飾りに変化する。
その時島の外の空から例のシャーク君バルーンの声が聞こえ始めた。
いよいよだ・・・。
果たしてホワイトデーモンがあれに食いついてくれるのか。という第一段階の課題が試されるときだ。
中央の湖沼からギャアギャアと騒ぐ鳴き声が聞こえる。そして翼を羽ばたかせる音が。
次々に上がっていくシャーク君バルーンと俺達の頭上を不気味に羽ばたいていく巨大な竜。
1匹2匹、次々と頭上を越えていく。
恐ろしい光景だ。
ボートはスピードが出せるとはいえ、あんなものが大量にやって来るのは生きた心地はしないだろう。
無事を祈るばかりだ。
さらに頭上を越えていくホワイトデーモン。こっちはそろそろ全部出ていったか?
南の空が光った。
信号弾だ!どうやら誘い出しは上手くいったらしい。
ここからは俺達がどれだけ早く源泉近くの何かを見つけられるかだ。
「行こう。」
俺は静かにキシリアに言った。
「はい。」
再び水中に潜り中央の湖沼に向かう。
周囲の迷路のように入り組んでいる湖沼とは違い、大きな湖沼は澄んだ水のようだ。
底は泥で埋まっているのか濁っている。
源泉が湧いているのなら温度が高かったり、汚泥が吹き上がったり、水流の流れが目に見えるはずだ。
ランプで照らしながら濁った湖底をくまなく探す。
岩と泥以外何も無さそうだ。
黒い霧を発生させる何か。それはついに魔王歴の40年間に誰の目にも触れることは無かった。只でさえ人の立ち入れない未開の場所であったのに加えて、モンスターが周辺に蔓延っていたのだから誰も近付くことは出来なかった。
俺も町に襲い来るモンスターの退治程度しかしていない。
その正体が何なのか。それは非常に興味深い。
俺達の捜索範囲に有るとは限らないが、どちらにしろ早く見つけたい。
「勇者さんはこの戦いが終わった後、どうされるおつもりなんですか?」
この戦い?ホワイトデーモンのことか?
キシリアの突然の質問に思わず彼女の顔を見る。
「もちろん三番星、と名付けているんだが、次の島に捜索に行くよ。君達のアジトを探しにね。今までに無かったんだからきっとそこにあるんだろう?もうこの周辺で他に探す場所はない。」
「え?ええ・・・そうだといいですね。」
煮え切らない答えだ。しかし当然か。
アジトの場所を口を滑らすわけにはいかないんだろう。まだここにアジトがあるという可能性は残っているが、これ程大掛かりな捜索をしないといけない場所にあるとはもう思えない。
空気や他の何でも変化できる今ならまだしも、クリスが自分の体に変身しているのを見るまではセイラ達はハーピーの姿で飛んでいただけだったんだし、わざわざ魔王の娘もこんな危険な場所に住んでいるとは考えにくい。
第一何処に住んでいると言うのか。湖沼しかない。
ルカとエルの言ったこの島に過去に何があったかというヒントは気になるが、的外れだったかは三番星を探してみないとなんとも言えない。
答えを知って初めて意味が分かるというヒントなんだろう。
では何故俺達はここを捜索しているのかという疑問に辿り着くのだが、それはルーシーも最初に言ったように、放っておけない、ということだろうな。
「逆に質問して良いかな?もし俺達がこの場所を捜索しないで直接三番星に向かったら君達はどうするつもりだったんだ?君達はわざわざここに入るなと俺達に警告するために現れた。その警告を聞き入れて直接三番星に向かったら君達はどうするつもりだったんだ?」
ガラスのメットの中で俺は喋った。聞き取りにくいかと思って二回同じようなことを言ってしまった。
「さあ・・・どうしたでしょう・・・。」
心ここに在らずという感じなのか、曖昧な答えで濁している。
まあ、その時になってみないと分からないということは確かにあるが。
彼女達のおかげでこの数日間凄く楽しい休日を過ごせた。
しかし、そもそも何故キシリアとミネバは俺達について町まで行ったのだろうか?
ただの好奇心というやつか。それとも・・・。
俺は以前似たような疑問を抱いたことを思い出している。
温泉島での宝探しゲーム。
何のメリットもないセイラ達の目的が分からない。
だが今はそれはいい。早く源泉を探さないと。
俺達は濁った湖底を照らしながら見落としがないようゆっくりと進んでいる。
どのくらいの広さなのだろうか。島全体の全長は2キロほど、その半径だから1キロあって、入り組んだ湖沼の分を差し引くと800メートルの直径があるとする。それが円状の島の北西に3分の1に広がっている感じを想像する。
あまりゆっくりもしていられないかもしれない。
ぐるりと周囲を回るなら時間がかかるだろう。
辺りを素早くランプで照らしながら速度を出来るだけ上げようとする。
湖底は竜によって踏み均されているせいか、なだらかな器状ではあるが平坦で起伏が少ない。
所々に大きな岩が転がっているが他に特筆するような物はない。
気だけがやけに焦る。
「ここにあるのでしょうか?」
「さあな。確率は3分の1だが、どんなものがあるのかも分からないからな。」
「あのう・・・こんな時に言うのは何なのですが・・・。」
「ん?なんだ?」
辺りを探しながらチラリとキシリアの顔を覗く。
「普段と違った格好で素敵ですね。なんだか物語に出てくるヒーローみたいです。」
「え?」
思ってもいない事を言い出されて拍子抜けする俺。
「それを言われたら君だって同じ格好だろ。ミステリアスで綺麗だよ。」
「まあ!勇者さんってばお上手ですね。」
こんな所で何を話しているんだと思わなくもないが、確かに真面目な場面だったので言い辛かったが潜入捜索組が同じ格好でクイーンローゼス号に着替えて出てきたときは、いつもと違う雰囲気にちょっとドキッとはした。
最初はゴムの全身スーツかと思ったがそれより薄い素材で、体のラインがわりとハッキリ出るというか・・・ちょっと恥ずかしい。水の抵抗は極限に抑えているようで表面の流線形の模様も泳ぎのサポートに役立っているのだろう。
ルーシー、ミネバが北東。クリス、ロザミィは南に捜索に出ている。
彼女達も捜索を開始しているはずだ。
同じような光景を見ているのだろうか?
俺達はしばらく無言で周辺をグルグル捜索していた。
10分、20分、30分・・・。
相変わらず同じような湖底が続いているだけで変化はない。
本当に同じ場所を回っているだけなのかと心配になってくる。1度水面に出てここが何処なのか確認した方がいいのか?
ベイト達囮組も気になる。時間が思った以上にかかってしまっている。
そこで何かが目に映った。
湖底に大きな物体。
もぞもぞと動き出す巨大なそれは、鎌首を持ち上げて泥の中から現れた。
「勇者さん!下がって!」
キシリアが俺の前に出る。
なんてこった・・・ここにはもう居ないと思っていたホワイトデーモンが湖底に身を隠していた。
起き上がるホワイトデーモン。だが翼はない。それに聞いていた話より少し大きいようにも見える。
ベイト達が10体のホワイトデーモンが島の外に出たのを確認してベラに伝え、それから信号弾が撃たれたはずだ。数を数え間違えたという訳でないとすると、最初から竜は31体・・・いや、おそらくここに居る以上33体いて、1体ずつ湖底の何かを護っていたということか。
まずい!水中での動きにくい中での戦闘、しかも相手は刃物で傷つく相手ではない!
押し黙った重い緊張感から血が沸き立つような危険な緊張感に変化する。
この全長が10倍もある巨大な相手とどう戦えばいいのだろうか?
「申し訳ありません勇者さん!わたくし達のリサーチ不足でした!まさか湖底に護衛専属のホワイトデーモンが配置されていたなんて!」
確かにまさかだ。ただのモンスターが役職を持って務めているなんて聞いたことない。
だが、キシリアのせいではない。こういう事態を想定していなかった俺達の落ち度だ。
今そんなことを考えても仕方ないのだが。
ホワイトデーモンが口を開いた。
火を吹く気か!?ここは水中だぞ!?
火が出ないまでも灼熱の熱湯がこの距離で浴びせられたら一瞬で溶けて終了してしまう。
たとえ逃げても水中にいる以上逃げ場はない。沸騰した湖沼に茹でられてやはり終了だ。
俺はどうしていいか動けずに固まってしまった。
こいつが出てきた時点で俺個人はもう詰みだ。悲しいがどうしようもない。
キシリアは白い翼を背中に生やし、猛然と竜の口に突進した。
手には大きな鉄塊。二本の大剣を持ちそれを上下に振りかぶる。
そして竜の上顎と下顎を叩き潰すようにそれを交差する。
水中に鈍い金属音が鳴り響く。
だが、竜の口はその重い2つの一撃では破壊出来ていない。
水中ということもあるが、この質量の物体の衝突を耐えるとは、いったいどんな耐久力を持っているのか?
竜はキシリアを払い除けようと手で彼女を払おうとする。
素早く両手の大剣で応戦するキシリア。剣でそれを受け止める。
彼女はこの巨大な竜と一人で戦うつもりなのか・・・?
「勇者さん!作戦を続行するならばわたくしがこの竜を押さえている間に源泉を探してください!もしそれがここにあったら、それを破壊すればこの竜も消え去るはずです!」
そうだ、ここだけではないかもしれない!他の皆もこれに襲われているとしたらこの竜を動かす源である黒い霧を発生させる何かの破壊が最優先だ!
絶望して固まっている場合ではない!
もし有るとすれば、それは竜が護っている背後に違いない。
俺は竜に回り込むように泳ぎだした。
「分かった!無理はするなよ!」
そんなの無理に決まっているが決して早まった事だけはしないで欲しい。
竜の視線が回り込もうとしている俺に移った。
長い首を俺に向けて再び何かを吐こうとする。
「勇者さんに危害を加えないで下さい!」
キシリアが叫ぶ。
そして掌から紐のようなものを勢いよく出し、それに大剣を握らせて遠くに振り回す。
竜の首にヒットしてまるでアッパーカットを食らったかのように竜の頭が仰け反る。
これがキシリアの真の能力か?
両手を前に付きだし掌から出すワイヤーに大剣を絡ませて遠隔でそれを操る。
射程10メートルくらい、大剣を含むと12メートルになる。
ワイヤーは自由に剣を持ち上げ高速で連撃を繰り出す。
剣速のトップスピードはかなり速い。いったいどれくらいの圧が加わっているんだろうか。
竜に対して滅多打ちに斬撃を打ち続け、次第に押し始めている。
重さと速さ、射程の広さ、物理的な攻撃力で右に出るものは無いのではないかという圧倒的な光景だ。
しかし舌を巻くのは敵のホワイトデーモンだ。そのキシリアの圧倒的な攻撃にダメージを受けていない。
激しい金属音を響かせながら斬撃に耐えている。
連続攻撃に嫌がって押されてはいるが、この攻撃でダメージを与えられないとすればいったいどんな攻撃なら効くと言うのか。
こいつを倒すのにはやはり何かを探して破壊する以外にない。
もし、いや可能性はその方が高いのだが、ここにその何かが無ければ、この戦いは終わることがない。他のどちらかの組が何かを見つけ破壊してくれるまで延々と戦い続けなければならない。
ベキンと剣がへし折れる音が水中にこだまする。
周囲を探していた俺はハッとキシリアを振り向くが、剣が光って一瞬で元に戻ったようだ。
こんな相手に武器なしの丸腰で戦うのは無理だ。
能力のおかげで継戦能力も高い。
しかし竜の固さもキシリアのパワーも想像を絶する。あんな鉄塊がへし折れるなんて・・・。
竜が腕を伸ばしてキシリアを攻撃してくる。左の剣で受けるキシリア。
止められた腕の爪が伸びさらにキシリアを襲う。
右の剣を回転させそれらを切り落とし近付かせないキシリア。
竜が口を開く。
腕を押さえていた左の剣を支えているワイヤーが腕をグルグル巻きに這い上がり、竜の口に大剣をぶち込む。
さすがに怯むホワイトデーモン。
だが、首の付け根がモゴモゴと動き出してそこから2つ目の首が生えてきた。
多頭の竜!
戦闘中に形態が進化したというのか!
当然二つ目の竜の頭も口を開く。
キシリアは目を見開き仰天したが、急いで右の剣を握るワイヤーを2つの長い首にグルグル巻きに絡ませて縛り上げる。
3つめ首がさらに生えてくる。
こいつ!俺達が口から熱湯を吐き出されるのが致命的だと学習していて、執拗に挑んでいる!?
2本のワイヤーを外すキシリア。
翼を羽ばたかせ水中を自在に泳ぎ3つの首元に近寄る。
近距離なら放てないと読んだのか。
3つの首の照準と両手の爪の波状攻撃を掻い潜りながら、取り付くように周囲を泳ぎつつ斬撃を竜に加えるキシリア。
その時俺は竜の背後を見回していた。無い!無い!無い!
何も見つからない!
やはり俺達の捜索範囲の北西部には黒い霧を発生させる何かは無いのか?
竜の背後に有るに違いないという目算は的外れで、まだ捜索していないどこかにあるのか?
ここに無い以上ここに留まっていても仕方ない。
有るのか無いのか分からないが、まだ捜索していない場所に探しに行くしかあるまい。
キシリアを残して行くのは気が気ではないが、彼女を救うにはここを離れて一刻も早く何かを見つけるしかない。
見つけるのは俺でなくともいい!キシリアが持ってくれている間に誰か黒い霧の発生させる何かを破壊してくれ!
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