07、クイーンローゼス号

第19話

07、クイーンローゼス号



次の日の朝。


宿を出て港に向かう。


数日ここにいると言っていたベラの船がまだ停まっていた。


相変わらず一目では誰も乗っていないような閑散とした船上だ。


だが、タラップは降りている。



俺達はやはりアルビオンに戻ることになった。


それでまたベラの船を使わせてもらおうという算段だ。



今度は20万ゴールド払う事になりそうだが致し方ない。



デッキに上がり連絡通路内の船長室をノックする。



そちらからは返事がなかったが、階段の下からベラの声が聞こえた。そして船員のビルギットと俺達に歩み寄った。



「これはこれは勇者君。またこのクイーンローゼス号のご利用をご所望かい?」


「サウスダコタまで行ってくれるか?急ぎというわけでもないので、そちらの予定に合わせるが。」


「うーん。そうだねえ。まだ町に買い出しに行ってる野郎がいるから、それが帰ればいつでも行けるけどね。」


「全くいつまでかかってるんだか。」



ビルギットも呆れているようだが、モンテレーに着いたのは二日前の夜だ。商船なんかは積み荷に数日かかるらしいが、食料の買い出しがまだ終わってないということだろうか。


人数が多いので食料調達に時間がかかっているのかもしれない。



「まだ日がかかるというのならそれまで待たせてもらうが。」


「それは大丈夫さ。少しは待ってもらう事になるけどね。それはそうと。」



ベラが俺達を見回す。



「またべっぴんさんが一人増えてるじゃないか。この一行は勇者君のハーレム集めの旅かなんかなのかい?」



何てことを言い出すのか。



「ち、違うよ。彼女達は俺なんかよりよっぽど優れてるパーティーメンバーなんだから。」


「へえ。テクニックが優れてるって?」



そう言いながら俺にウインクをして見せた。


ベラは俺の旅の目的を知ってる。クリスが何者なのか察しがついているのかもしれない。



「まあここで立ちんぼうもなんだ。客室に案内してやんな。」


「へい。アネさん。」



ビルギットが俺達を船尾の客室に案内してくれる。



船長室の左右のドアを抜けると通路がまっすぐのびていて、船長室のすぐ後ろあたりにラウンジがあり、そこで皆が集まれるようになっている。さらにその後ろに個室が左右6部屋あり、各部屋二人部屋で船首側2部屋がキングサイズのベッド、船尾側4部屋はシングルベッドが2台ずつになっていた。


船員は船内の下の第2甲板に狭い部屋でギチギチになって寝るそうだ。


厨房や食堂などもそこにある。



俺達は一旦ラウンジに通された。


部屋の真ん中にテーブル4つとそれぞれに椅子が4脚あり、手前にはカウンター席。カウンター内には酒類が並んでいる。もちろん倒れないように斜めに倒してある。6メートル四方の空間で船の中と思えばゆったりできる。



「そんなに時間はかからねえと思いますが、なんだったら客室も自由に使ってくれよ。じゃあな。」



ビルギットはそう言って出ていった。



「結構立派な船だね。乗ってる人はあれだけど。」



クリスが感心してラウンジ内を見渡す。



「そうね。でもどれくらい待てばいいんだろ?」


「くつろいで待つしかないですね。」



ルーシーとフラウはテーブル席に座ってリラックスしている。


クリスはカウンター席に座る。



俺は一旦ラウンジの外に出て船の側面にある丸い窓辺に立って外を見る。


すると、港の方で数人の男達がこちらに向かってやって来るのが見えた。



「戻ってきたのか?」


「あら。ちょうど良かったわね。」



ルーシーがやって来て俺の肩越しに丸い窓を覗く。


船員の後ろに屈強な男が3人付いてきている。



あれは?



「ちょっと様子を見に行ってみるよ。」



俺はデッキに戻ってみた。



タラップを上がり船員と3人の男が船に上がってきた。


船員がベラに男達を紹介する。



どうやら前に言っていた戦闘員として新たに雇った乗組員らしい。


屈強な男達はそれぞれ剣やら弓やら斧やらを持っている。


元自警団でモンスター退治でもしていたのか。


もしかして買い出しってのはこの人達のことか?



ベラと3人はそれぞれ握手をして別れる。


その後はビルギットが引き取り、船首楼の中の階下に降りる梯子から中に入っていく。



ベラが俺のもとに来る。



「それほど待たせせずに済んだみたいだね。準備が出来次第出航するよ。」


「それはありがたいが、人を雇ったのか。」


「そういうこと。なにかと物騒になってるらしいからね。」


「俺の話ならモンテレーでは何も起きてなかったようなんだが。」



クリスがどうなるか分からなかった時には警戒したが、それはなんとか無事解決した。


わざわざ人を雇わせてしまったのか。



「いや、サラミス海域の北にローレンスビルって町があるだろ?その近海で船が襲われたって噂さ。」


「襲われた?」


「そう。何でも一週間前に流れ着いた商船には生き残った人は誰もいなかったらしいよ。全員妙な刃物で切り刻まれていたって話さ。」


「海賊ってことか!?」


「さあねえ。でも用心に越したことはないってことさ。」


「そうだったのか。だが、ちょっと待ってくれ、出航の準備が終わるまでまだ時間があるか?」


「ん?そうだね。待てと言われれば待つけど。」


「すまない。ちょっとみんなと話してくる。」



俺はラウンジに戻った。


扉を開けて入ると俺の顔色を察したのか3人は黙って俺に注目した。



「一週間前にローレンスビルで商船が襲われたらしい。海賊なのか・・・。もしくは・・・。」


「魔人か。」



ルーシーが真面目な顔で腕を組む。



「妙な刃物で切り刻まれていたと言っていたが・・・。」


「骨針のこと?」



クリスが答える。



「かもしれない。これは俺達は行くべきなんじゃないだろうか?」


「同感ね。それと、実は気になってたんだけど、ライラ、クリスどっちもこのサラミス海域近辺で事態が起こってる。偶然ではないかもしれない。」



さすがルーシーは話が早い。



「私も少し思い出した。私が声に呼ばれて行こうとした場所。特定は出来ないけど、海の方角だったような気がする。だから逃避場所にあの小島を選んだ。」



クリスも何かを確信している。



「サラミス海域に何かあるってことですか?」


「もしくは誰かがいる、かね。」



フラウにルーシーが答える。



「ベラにここから直接ローレンスビルに行ってもらえるか頼んでみるか?スコット達に報告なしで行くのは気が引けるが。」


「そうねえ。ちょっとここから手紙を送っておきましょうか。返事はローレンスビルの港にでも送ってもらって。」


「それがいいな。ただどう報告する?」


「クリスの件はハズレ。彼女は人間だった。ローレンスビルに不穏な動きあり、そちらに急行する。で、いいんじゃない?」



クリスが人間であった事にする以上、彼女から得られた情報は知らないことになる。


頭に響いた声の事。魔人にはそれぞれ特色があり必ずしも同一の性質ではないということ、人間の脳を食らうばかりではないということだ。


そして物質を変化させるには同じ魔人でなければ元に戻せないということ。


メイド仲間を探す手掛かりという意味では、あまり影響は無さそうなので申し訳ないが黙っていよう。



俺は早速スコット宛の手紙を書き、モンテレーの港の職員に託けた。


海路は船がいつ出るかわからないのでいつ届くかは不透明だが、陸路なら4、5日あればアルビオンに届くだろう。



託け終わってデッキに戻るとルーシーがベラにローレンスビル行きを頼んでいたようだ。


出航の準備をしていたのか、先程は見えなかった見張り番、セイラー、ビルギットや、雇われた3人の戦闘員もいる。



「あんたら正気かい?わざわざ危険っていう場所に踏みいるってのは?」


「戦闘の訓練を受けていないあなた達に頼むのは心苦しいんだけど、直接行ってくれた方が助かるの。第一他に頼むアテがないし。」



デッキに上がってきた俺を見つけ困った顔をするベラ。



「勇者君。これもあんた達の仕事だってのかい?」


「その可能性はあると思う。」



ツカツカと俺に歩み寄って俺の耳元に顔を近付けるベラ。



「ちょっと!」



何か勘違いしたのか声を出すルーシー。



「化け物が相手になるってことかい?」



小声でささやくベラ。



「可能性はあると思う。」



今はそれしか言えない。



「じゃあ報酬はたんまりいただかなきゃ割りに合わないねぇ。」


「それは保証できると思う。」


「約束だよ?」



そう言ってベラは俺の口にキスをした。



「ちょっと!」



ルーシーが再び声を出す。


ベラはデッキの真ん中に立ち、船員達を見回す。



「さあ聞いての通りだ!アタイらはこれからローレンスビルの魔の海域に挑む!降りたいやつは今のうちに降りな!行く気なら出航の準備だ!」



嫌がる船員もいるのではと思ったが、割りとみんなノリノリだった。



「海ってのは冒険の舞台だ!こうでなきゃ面白くねえ!」


「海賊か知らんが腕がなるぜ!」



タラップが船から離れ、見張り番がマストを登り、セイラーが帆を張る。


錨が巻かれ、操舵士が舵を切り、汽笛が鳴って早くもクイーンローゼス号はローレンスビルに出航した。



「ちょっと!さきのは何なのよ!」



ルーシーがまだベラに食って掛かる。



「口約束だからねぇ。忘れないように口にサインさ。」


「はあ?」



「それなりの報酬を約束してしまった。」



別に後悔してるという訳ではないが、額を指定してないのでどれだけなのか怖くもある。とんだ航海だ。



「ふーん。それはいいけど。」



ルーシーは納得してない様子だ。



ローレンスビルはアルビオンより北西。サラミス海域に面する港町だ。


しかし、アルビオン領ではなく、北部の小国スタリオンの領土に治まっている。両国の関係は友好ではあるが、魔王という共通の敵がいた今までと違って関係がどうなるかはこれから次第だ。


町自体は石造りの堅牢な要塞を思わせる趣のある町だ。歴史を紐解けば実際そういう側面を見計らってできた町なのかもしれない。


したがって、この町には防壁が最初からあったという方が正しい。


モンスター相手に作ったわけではないだろうが。



陸路ではアルビオンからなら5日ほど、ここからなら迂回しなければならないので8日はかかるだろうが、海路ではどうだろうか。3、4日はかかるか。



とにかく数日はこのクイーンローゼス号のお世話になるということだ。




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