第18話
夜だ。酒場もそろそろ人が集まっている頃だろう。
ぐっすり眠らせてもらったので体力は回復したようだ。
「それじゃあぼちぼち出掛けましょうか。」
「昨日の酒場とは違う場所と言うと、何処か当てはあるのか?」
「うん。アレクの酒樽って酒場に行きましょう。」
「それ、私が仕事してた所じゃない。」
クリスが答える。
「そういえばお買い物の時に聞いてましたね。」
フラウが感心して手をポンとたたく。
「気兼ねなく話が出来そうじゃない?」
ルーシーがニヤリとした。
「帰ってきてから行ってないから、もう3年以上前になるよ。」
「いいからいいから。」
そうか、アルビオンに行ってしまえばまたしばらく会えないだろうから。
ちゃんと別れをさせてやろうというルーシーの気遣いだったのか。
いいとこあるな。見直した。
アレクの酒樽ではクリスが店内に入ると、主人と女将が驚いて歓迎した。
俺達は離れたテーブルに座りクリスの様子を見ていたが、もっと幼い頃からの知り合いだからか、素直な感情で話をしているようだった。
それから馴染みの客からも引っ張られ、テーブルについて一緒に話し出してしまった。
他の客もまばらながら多少いる。
俺達はそっちの方から何か聞き出せないかと、別れて話を聞いてみる事にした。俺は一人、ルーシーとフラウは二人で行動する。
俺が話を聞こうとした客は漁師だった。と言っても漁師が多いこの町では珍しくはないが。
その漁師は今朝のお爺さんより羽振りがよいらしく、今の大漁に大層大喜びしている。
これも勇者のおかげだといって持ち上げてくれた。
いや、そんなことないよと言うと、キョトンとしていたが、あんたが勇者か!と背中をバンバン叩いて喜んでいた。
他に何か困ったことはないかと尋ねたら、造船所が忙しくて困ってることくらいかね。と言っていた。
要するに特に俺達の求める情報では無かった。
そんな感じで3組ほど話してみたが、そう簡単に有用な情報を得られるはずもなく、情報収集としては空振りだったわけだ。
だがルーシーの目的が最初からクリスの餞別なら十分目的は達成したかな。
客足が途絶え残ってる客もルーシー達が相手している3人組の女性くらいになった。
ふと見ると、クリスのテーブルの馴染み客も帰っていくようだ。
達者でなとか、いい人見つけなよとか、名残惜しそうに別れていく。
テーブルにひとり残ったクリス。俺はその向かいに腰を下ろした。
「ずいぶん話が積もっていたようだな。」
「おかげさまで。もう忘れてると思ってたけど。」
「君の思い出話もいずれ聞かせてくれるかな?」
「高いよ?」
「え?お金取るのか。」
「冗談。」
「だよな。あはは。」
クリスは飲み物にはやはり手を付けていないようだ。
彼女の素っ気ない会話の返しにあまり機嫌がよくないのかと思ったが、顔は一応笑ってはいるようだ。
少し聞きたい事があったのでこの際聞いてみるか。
「ちょっと聞いてもいいかな?」
「なに?」
「メイドをやってるとき、ルーシーから過去に何をやっていたか聞いたことないか?」
「ルーシー?」
「彼女、君も今朝戦って思っただろうけど、ただ者じゃないと思うんだよ。俺も子供の頃から剣を握ってるが、あんな達人レベルの剣士を見たことがない。きっと、名のある剣士に師事していたとか、両親から修行を課せられていたとか、何かやっていたんだと思うんだ。」
クリスの顔が一気に冷めていった。
「酒場で女に他の女の話をするのはルール違反。」
「え?そうなのか?」
「目の前の私にだけ夢中になってくれないと、楽しくない。」
「それは、すまなかった。」
また怒られてしまった。
「男が女をどうやって落とそうかって必死になって食いついて、魂胆バレバレで誉め殺ししてる姿が分かってて嬉しいのに。」
「そ、そういうものなのか。」
「まあ、今朝ルーシーに後ろに立たれたときはゾクッとした。本気で殺そうとしたよね?思わず崖の方に飛び出しちゃった。」
クリスはゾクッとしたと言いながら何故かクスッと笑った。
「まあ、そういうのは本人に聞いた方がいいんじゃない。」
「それはそうなんだが、照れてるのか俺に気を使ってるのか話してくれなくて・・・。」
クリスが俺を指差している。
意味が飲み込めなかったが、ハッとして後ろを振り返った。
ルーシーがいた。
俺の後ろのテーブルのこちら側の椅子に背中向きで座っていた。
俺もゾクッとした。
いつの間に・・・。
クリスはまたクスクス爆笑している。
「別に隠してるって訳じゃないけどねー。」
こちらを向きながら、いつもの声の調子で答えるルーシー。
「隠れて君のこと聞き出そうとして、ごめん。」
怖かったので素直に謝った。
「別に私のことを聞くのはいいけど、クリスと二人きりで話してるのは気になるー。」
上目遣いで拗ねて見せる。
どうすればいいんだ。
「教えてあげれば?」
クリスが俺を援護する。
「うーん。また今度ね。」
「うーん。やっぱり駄目か。」
「勇者、もっと強く言わないと。教えなかったらもう一緒に寝てあげないとか。」
「それは困るから、変な入れ知恵教えないでよ。」
一同笑いで場が和む。困られても困るが。
「でもそんなことどうして気にするの?」
クリスの質問に本音をちょっと吐露する。
「あんまり弱音を吐くのは好きじゃないんだが、実際俺がパーティー一番のお荷物なんじゃないかと思ってさ。ルーシーは達人並の剣士、フラウは即死さえ回避できる施術、クリスも多用はできないが能力がある。俺もちょっとは役にたてるようになりたいからさ。ルーシーの強さに興味があるんだ。」
何故かルーシーが泣いて俺に抱き付いてきた。
「そんなこと気にしなくてもいいのに。」
「うん。気にしなくてもいい。だって私は2度も勇者に救われたんだもん。それって立派な力だよ。」
クリスもそうは言ってくれるが、やはり自分自身で納得できるわけではない。
「どうしても必要なら、その時は私が力になる。」
クリスが俺の正面を見据えてそう言った。
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