第75話


ロザミィに乗って船のデッキに降り立つ俺達。

早速ビルギットがやって来てベラがラウンジで待っていると言ったのはそのせいか。

ロザミィが変化したスズメを元に戻し荷物をデッキにぶちまける。

それをまず左舷側の部屋に皆で持っていく。

とりあえず床に置いてベラが待っていると言うラウンジに行こう。

左舷側のドアを開けて俺が先頭に部屋に入る。

ベイト達が船に居ることも驚いたが、キシリア、ミネバの存在は想像もしていなかったので体が引いてしまった。

今しがたルカとエルの死を見てきたばかりだ。

なんとも言えない気まずさ、申し訳ないような、罪悪感で言葉が出ない。

続けてラウンジに入るルーシー、クリス、フラウとロザミィ。

一様にキシリアとミネバの存在に驚く。

俺は一応の報告をしておかねばと思い直しベラに向かって告げた。


「二番星の捜索は終了。目的のアジトは見つからなかった。捜索の途中、敵の一味のルカとエルが襲撃してきたが、これを撃退。死亡を確認した。」


キシリアとミネバの方をチラリと見た。

ロザミィ同様反応は薄い。


「ご苦労、勇者君。みんなも。まあ席に座ってくれ。こちらの話も聞いてもらおうじゃないか。」


ベラが着席を促す。

俺達は左側の椅子に5人座った。

カウンターに座っていたキシリアとミネバも右の椅子に座る。


それがこの状況の発端だった。


その場ではベイトは簡単な説明しかしなかった。上の文の細かい部分は後にベイトに聞いたことを合わせたものだ。


状況はどうにか飲み込めたが、色々と聞きたい事がある。

やはりルーシーが一番に口を開いた。


「キシリア。ルカとエルが死んだわ。あなたの仲間が。何が目的か知らないけれど、ここで私達と座ってる場合じゃないんじゃないの?」

「いいえ。そんなことは信じません。」

「信じないって・・・。」

「あの二人が簡単に死ぬはずがありません。」

「あんた・・・。」


どういうことだ?死ぬ間際は連絡していなかったと言うのはあり得るが、信じないと言われれば証明の仕様がない。彼女達は灰になって消えたのだから。


「ま、まあまあ。例え死んだとしてもそりゃ戦いを挑んできたからでしょ?あたしらは別に戦うためにここに来たんじゃないから。」


珍しくミネバがキシリアをなだめるように言った。仲間に対してかなりドライな感じだが。


「そうですね。戦いが生むのは無益な死だけ。それが分かっていて戦いを挑むのは愚かな事です。」

「ということでここはモンスターを刺激せずに通り過ぎてくださらんか?」


キシリアとミネバの話で釣り込まれる。


「それはまだ議論が尽きてから考えないとね。まず。第一にあなた達は何故こんなとこに居たの?」


ルーシーの言う通りだ。何故ここに居たのか?


「私達はずっとここに居ますよ。アジトと往復でですが。ここのモンスターの様子を見るのが私達の仕事、使命、いえ、趣味と言った方が良いかもしれないですね。」

「興味あるでしょ?なんでモンスターがここに居るか。」


「それだよ。モンスターは魔王が死んでこの世から消えちまったはずじゃないのか。」


キシリア、ミネバの返答にアレンが質問をぶつける。


「わたくし達もずっとそう思っていました。消えたはずのモンスターが何故ここだけ残っているのか?ですがその答えを最近やっと想像してみることができました。温泉島の後で。」


数日前の事じゃないか。それがなんだというのか?


「魔王が死んでモンスターが自動的に居なくなった、そう誰もが思っていた。ですが勇者さんは何と仰いましたか?魔王は・・・。」


「死んでない・・・!」


キシリアの言っていることがやっと理解できた!前提が間違っていたんだ!


「モンスターが居なくなったのは魔王の死がトリガーとなって自動的に起こった事ではない。魔王による敗北宣言として意識的に消されたということ。そしてその時、何かの間違いかそれとも近くに住んでいる娘のリーヴァさんを護るためか、この人里離れた島のモンスターだけは残してしまった。それがあのモンスター、ホワイトデーモンが残った理由。」


キシリアの言っていることには一理あるように思う。

魔王が選択してモンスターを消したり残したりしたのだとすると、もしかして他にも残っているモンスターが居ないとも限らない。

俺はハッとしてルーシーの顔に近付き耳打ちをした。


「ルカとエルはここにモンスターが居ることを知っていた。試し撃ちの獲物、練習台として使っていた。ヒント1この島にはアジトは無いは二番星そのもののこと、ヒント2この島で過去に何があったかはこのイビルバスの事を言ったとすれば辻褄が合わないか?」


顔を戻す俺。ルーシーは何も言わず頷いた。


「分かったわ。あなた達がそこに居た理由、モンスターがいる理由。確認しないと何とも言えないけど一応の言い分に理解はできる。でもあなた達の行動の理由は分からないわね。」

「行動の理由?」

「そう。私達は敵よ?敵である私達が勝手にモンスターに突っ込んで死んだところで、あなた達には関係ないしむしろ好都合でしょ?止める理由がないわね。」

「確かにわたくし達の置かれた立場は敵かもしれない。戦いで命をかけることもあるでしょう。ですが関係ない場所や相手に無駄に命を落とすことはありません。目の前にある危険を知らせないのはフェアじゃないと、わたくしは思ったからです。」


キシリアの言葉に嘘は感じられないが、どうなんだろう?


「それに、わたくし、あなた方を敵とも思っていません。約束。したでしょう?」


約束?温泉島で別れ際に言った言葉か。

キシリア達のアジトを見つけたとき、仲間になることを考えると。


「ルーシーだって無闇にルカとエルを殺したわけじゃないでしょ?何度帰れって言った?敵だからって元は仲間なんだしさー。温情ってやつくらいあるでしょ。」


ミネバがへらへらしながら言った。

俺達の戦いを見ていたということか。


「なるほど。それも一応理解した。でも私達の前提の方針は捜索は続行。そのためにモンスターが邪魔だと言うのなら排除する。」


ルーシーが事も無げに言い出した。

皆が視線を向ける。


「正気かぁーっ!!」


ミネバがテーブルの上をゴロンと転がってルーシーに近付き指を差す。


「話を聞いてなかったんかぁーっ!!危険が危ないんだよー!!」

「モンスターなんて過去の遺物は存在しない方がいい。それに、今の話だと個体が徐々に強くなっていくってことでしょ?今はこの島に留まっているから良いかもしれない。でももし更に強くなってこの島から人間の居る場所に飛んでいくようなことがあったら?今のうちに対処しておいた方が良いかもしれない。ここに居るみんなは今までモンスターを何百と倒した連中よ。なんの心配もいらないわ。」


俺達はルーシーから視線を逸らした。


「なんで目を逸らすのよ。」

「い、いや・・・。」


「それについてはわたくしも憂慮しています。今後どうなっていくのだろうと。わたくし達もこの島でホワイトデーモンを発見してまだそれほど時間は経っていません。どのくらい前からここに居たのか、何故ここから出て行かないのか、成長強化のスピードがいかほどなのか、現段階ではデータがまだまだ足りていないんです。」


「忠告ついでにその今あるデータを聞かせてもらええないかしら?情報は多い方がいい。信憑性はともかく。」


「構いませんよ。ここは一時休戦といたしましょう。捜索を取り止めにする判断材料のためにも話します。」

「じゃあまず敵の数は?」

「30体。共食いで数が減っても分裂しその数を維持しているようです。例えば外的要因で数が減っても、先程わたくし達が1体倒しましたが、数時間後にはピッタリ30体に戻ります。」

「数時間で?どんな方法で分裂してるって言うの?」

「脱皮のように外皮を剥がしていきます。その外皮は肉を付け1体の竜に再生していくようです。」

「数時間でピッタリ30体に戻るというのは厄介ね。1体ずつ仕留めていくという方法が使えない。」

「何故そうなっているのかは、魔王がそう造ったからとしか考えようがありませんね。」


ミネバは手持ちぶたさになったのか上がったテーブルの上で腰を振りながら踊り出していた。

皆はルーシーとキシリアの真面目な話を聞き入って、それを無視している。


「奴等は通常どこで何をしているの?」

「あの島はドーナツ状になっているんです。外壁は高くなって木や狭い湖沼の迷路が張り巡らされているのですが、真ん中は大きな沼が広がっています。それが3つほどに分断され各湖沼に10体ずつが生息しているようです。島の全長は2キロメートルほど、20メートルある彼等にとってはそれほど広くはなく、目につく同族同士で争いをしています。」


「能力や特徴は?」

「有翼で飾りではなく空も飛べます。島から出ようと思えばいつでも出ていけると思うのですが出ていきません。口からは炎を吐きます。射程距離は40メートルほど。15000度の火力で一瞬で燃え尽きてしまいます。爪は進化して指の先と言わず体中から伸ばして攻撃に使うようです。体長の半分、10メートルほどの射程が確認されています。最大射程は不明。外皮の鱗はとても硬く初期のわたくし達の爪では傷も付けられませんでした。」


ハーピーのあの鋭い爪か。


「ある程度の外傷を受けても動き続けます。頭や心臓を撃ち抜いても即死はしません。生物的に生きているわけではないからです。ちょうど子供がオモチャで遊んでいるような感じですね。壊れるまで動きを止めない。」


ルーシーも無言になった。

サンバのリズムで踊るミネバの動きは最高潮だ。

これが30体?数時間で再生し続ける?

ちょっと俺達の戦力では難しいのではないか?


「ともかく、ホワイトデーモンは強敵です。捜索を諦めることをおすすめします。あまり言いたくはなかったのですが、わたくし達も最初ここで奴等を発見したとき攻撃を試みました。ですが掃討するまでには至らなかった。その時わたくし達は20人近く居ました。青い肌と鳥の姿をしていただけで特別な能力はまだ使いこなしてはなかったのですけれど、厚い皮膚に阻まれてまったくかなわなかった。その後クリスさんを見てセイラさんが能力の使い方に気付き、特別な能力を以て何人かで再び試したけれどやはりダメでした。数が多いので手に負えない。能力を持ったわたくし達が諦めたモンスター退治をあなた方でやろうとするのは無謀としか思えません。」


ルカとエルが参加していたのはこれか。


沈黙が続く。

ミネバの腰振りが激しくなり終盤になったことを告げる。


「あなた達のことを信用してないわけじゃないけど、実際に自分の目で見て確認しておきたい。今から私行ってみるわ。」

「行くって、どうするつもりなんだ?」


ルーシーが無茶を言い出して俺が焦って聞く。


「ロザミィ。島まで飛んでくれる?近くまで寄ってすぐに帰ってくるだけだから。」

「ええー?」


横で他人事のように話を聞いてなかったであろうロザミィが突然白羽の矢を立てられ目を白黒させた。


「私、飛行体はブロックするけど口からファイヤーは嫌なこと思い出しちゃうなー。」


右隣に座っていたフラウの肩に隠れて嫌そうにした。

隠れられたフラウも苦笑いした。


「羽の音が大きく、姿も目立つロザミィに島に近付かせるのは得策ではないと思いますよ。わたくしが背負って連れて行きましょう。どこまでなら近付けるか、多少は分かりますから。」


キシリアが申し出る。


「一人で行くのか?」


俺がルーシーに聞く。背負われてではさすがに複数で行けない。


「うーん。クリスもついてきて欲しいけど。」

「え?私?」


クリスがルーシーに呼ばれて驚いた。

クリスを指名か。まあ俺では役にたたないだろうから仕方ないが、悲しい。


「ではミネバにおんぶして行ってもらいましょう。」


キシリアが本人を無視して決めた。

ミネバは激しく腰を振りながら二度見したのでテーブルの上でずっこけた。


「近付くだけですよ?」

「もちろん。私達だけで迂闊なことはしないわよ。」


キシリアとルーシーが立ち上がる。


「あー、勇者だったら対面おんぶしてあげるのになぁ。」

「駄目だよ。それは私があとでしておくから。」


テーブルから下りるミネバと不穏なことを言い出すクリス。


「早速行く気か。」

「ええ。ここでじっとしてても話が進まないからね。」


立ち上がる俺にルーシーが答える。


「まあ空からなら大丈夫だと思いますがね、気を付けて下さい。」

「まったく、空まで飛ぶったーすげえ旅だな。」


ベイトとモンシアも立ち上がる。

結局全員がラウンジを出てルーシーとクリスをデッキに見送りに出る。

ルーシーだけは一旦部屋に戻って弓矢を背負ってきた。


弓矢を見て不審そうに顔を強張らせるキシリア。


「近付くだけですからね?」

「分かってるって。私はあなた達と違って身を守るものが他に無いからね。」


納得したのかルーシーに背中を見せるキシリア。


「どうぞ。」

「悪いわね。」


後ろから首筋に腕を回して乗っかるルーシー。

ミネバとクリスも同じようにおんぶしてクリスが乗っかる。


白い翼が背中から出てきてデッキを扇ぐ。

空中に飛び上がる4人。


「気を付けてくれよ!」


俺は軽く手を振るルーシーにデッキからそう叫ぶしかできなかった。

イビルバスに飛んでいく4人。

俺はロザミィの肩に手を置いて、いざとなったら頼むぞと念を送った。

ロザミィだってまだ信用できてないのに、まだそれほど親睦のない敵二人に空中でおんぶされて危険地帯に飛んでいくなんて無謀過ぎはしないか?


とは言え船に残されてしまった俺は島で何が起こったのかは後で聞くしかない。せっかくなのだから又聞きよりもクリス本人に島での出来事を記してもらうことにしよう。


頼んだぞクリス。



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