05、長い黒髪のクリスティーナ
第13話
05、長い黒髪のクリスティーナ
モンテレーへの旅路は少なく見積もっても丸一日以上かかる。
焦っても仕方ないのだが、逸る気持ちは何ともしがたい。
サウスダコタへ再びブースターを駆ってアルビオンを発つ。
そこから運が良ければ連絡船か商船に乗ってモンテレーに直行したいのだが、海が解放されて2ヶ月ということもあり、運航状況はまだ不安定だ。
悪ければ数日足止め、陸路を目指すということもあり得る。
陸路ならばブースター一頭に駆け足させるには負担が大きすぎるゆえ、3、4日は見ておかなければならない。
サウスダコタへ着いた。
街に入るとき港に船が一隻停泊しているのが見えたが、何の船だろうか。
数日前ならパブで見た船乗り達の商船がもっと停まっていたのだが。
あの停泊している船が今のところ俺達の頼りだ。
宿の馬屋にブースターを繋ぎ女将に世話を頼む。
ついでに港の船が何の船なのか尋ねるが、何故か渋い顔をされた。
「あれは道楽みたいなもんじゃないかね。」
道楽?いったいどういう意味だ?
やはり連絡船が定期的に来ているでも無いようで、海路はまだ移動手段としては確実性がない。
今後の課題という所だろうか。
ならばやはり何の船かはわからないが、この停泊している船に頼るしかない。
俺達は港に来ていた。もう昼になるが辺りは町の人が散策していたり、釣り人が糸を垂らしていたりと、のどかな雰囲気で船乗り達の忙しそうに働く姿はない。
停泊している船は中型よりやや大きいの帆船だ。貨物船のような積み荷を大量に運ぶ船というより、小規模な客船のようなものだろうか。
マストが3本、帆は当然張ってない。タラップは下りている。
ルーシーがタラップをズカズカと上がっていった。
俺とフラウは顔を見合わせてそれに付いていく。
甲板に上がってみても船上には人影はない。
昼飯でも食べに行っているのか。
甲板をはさんで船首側と船尾側に建物がありドアが付いている。
それぞれ船首、中甲板、船尾にマストが生えている。
「誰かいないの?頼みたいことがあるんだけど。」
ルーシーが大声で叫ぶ。
すると船尾側のドアの中からドカドカと足音が聞こえてくる。
俺達はその方に注視し固唾を飲んで見守る。
やがてドアがガチャリと開いて中から若い女性が顔を出した。
荒いダブダブの白いシャツと黒いピッタリとしたパンツを着て、ダルそうな様子で応える。
「なにかようかい?」
屈強な船乗りが出てくると想像していたので、なにか意外でルーシー達と顔を見合わせる。
それでも構わずルーシーが続ける。
「この船が何の目的でここに停まってるか、いつどこへ行くのか、何も知らないんだけど、私達はモンテレーへ至急急ぎたいの。良かったら連れていってくれない?」
言葉にするとなんて無茶な願いだろうか。
目的も告げず俺達3人のために船を出せとは。
しかし、今はダメで元々。頼んでみるしかない。
「あんたらは?」
「私はルーシー。こっちはフラウ。これは勇者様。」
「はーん。まあいいや。アタイらの船が何なのかホントに知らずに来たのかい。立ち話もなんだ。中に入んな。」
そう言って女性は中に入って俺達を促す。
中は一旦連絡通路になっていて、更に3つのドアが正面に並び、入ってきたドアのすぐ右横に下に降りる階段もある。
その正面の真ん中のドアを開けて入っていく。
部屋は横長の個室で真ん中にデスクと向かいに椅子。壁には海図、本が詰まった本棚が並んでいた。パイプのような管が何本も床に伸びている。
女性は椅子にどかっと腰掛け名乗る。
「アタイはベラ。この船クイーンローゼス号の船長だ。」
船長?この女性が船長なのか。
「何の目的でモンテレーへ行きたいのか、まあそれはいいや。だが、船を出すというなら、それなりのものをいただかなくちゃならないが。それはわかってるのかい。」
「そうでしょうね。いくら出せばいいの?」
しばしの沈黙。ベラは値踏みするかのように俺達を眺めている。
「20万ゴールド。」
ベラがぶっきらぼうにいい放つ。
20万ゴールド!船旅の料金としての相場は全くわからないが、モンテレーへの片道の運賃としてはかなり高い額だと思う。
もっと長い距離での辻馬車でも万はいかない。
「船を出すには船員がいるからね。20人に配当を分ければそれくらいもらわないと商売にならないんだよ。」
ベラはもっともな説明を加える。
確かに専門の技術を持った職人20人を雇うには妥当な額でもあるような気がする。
俺がそんなケチ臭いことを考えていると、ルーシーがデスクに一歩詰め寄る。
「40万ゴールド出すから、今すぐ船を出して欲しい。」
ベラはそれを聞くとニヤリと笑った。
「ちょっと待て!いったいそんな金どこから出すんだ・・・!」
俺は焦った。そうしたらフラウが俺を横からつつく。
「王様から褒美をもらったじゃないですか。」
と、小声でたしなめる。
そうだった。すっかり忘れていた。俺5000万、ルーシー5000万で一応所持金1億ゴールドあるんだった。
ベラはパイプの先に付いているラッパのような集音器に大声で叫ぶ。
「野郎共!出航の準備だ!持ち場に付きな!このクイーンローゼス号の試運転といこうじゃないか!」
船内につながって各部屋と連絡できるらしい。
「試運転?試運転って言った?」
ルーシーがめざとく聞き返す。
「あんたら町でこの船の噂を聞かなかったのかい?」
「確か宿の女将が道楽とか・・・。」
俺が答える。
「道楽かい!ある意味当たってるね!この船は船乗り見習いの訓練用にここに停まってずっと練習してたのさ!アハハハ!」
唖然とした。が、それもそうだ。何せ40年海がモンスターで航海不能だったのだ。若い者で経験あるものはいない。
「まあ、そんなわけで料金は10万ゴールドにまけといてやるよ。その代わりモンテレーに無事に着くかはアタイらの練習次第ってことで頼むよ。」
不安なことを言い出したが最初の半額になったのは良かったのか。
静まり返っていた船がにわかに慌ただしくなり、船乗り達が一斉に準備にかかる。
汽笛が鳴り、帆が張られる。
俺達はデッキに出て港から船が出ていくのを眺めている。
その横でベラも満足そうにうなずいている。
「クイーンローゼス号の処女航海だ。じっくり目に焼き付けな。」
「ああ、素晴らしいな。」
魔王歴中、戦闘での海上戦は何度かやったことはあったが、こんなでかい船の船旅は始めてだ。ある種の感動を覚える。
「しかし快諾してもらえて助かった。ありがとう。」
「あんたら運が良かったねえ。ちょうどいつ試運転するか悩んでたところだったんだよ。」
波が太陽の光を反射してキラキラ光り、まるで宝石箱のようだ。
俺は生まれて始めて海の本当の姿を見たような気がした。
それはベラも同じだったようで、
「海には黒い霧なんかより、太陽の眩しい日射しの方がよく似合うだろ?」
「始めてなのに、なんか落ち着くわね。」
ルーシーもリラックスして海を眺めている。
「この海を取り戻せたのはあんたのおかげだってね。礼を言わないとね。」
「俺じゃない。このルーシーのおかげさ。」
「へえ。だったら正真正銘の救世主パーティーってわけかい。」
俺達を持ち上げてくれるのはいいが、フラウがちょっと肩身が狭そうにしょげた顔をしてしまった。
「いや、魔王を倒せたのはそれまで魔王の力に屈せずに戦い、今の生活を守りきったみんなの努力のおかげなのかもしれない。みんなの助力なしでは俺達も最前線に立つことはできなかっただろう。それぞれがそれぞれの場所で最善を尽くしたからこそ、回り回って俺達に機会が与えられ魔王を撃ち破れたんだ。」
何を今更という歯の浮くような臭いセリフを言ってみた。
が、フラウは少し笑ってくれた。それで良しとしよう。
俺もフラウに笑顔を返した。
ルーシーも俺の言葉の意味をわかったのか、何も言わずにニヤリとしている。
ベラは海の方に体を向けて一言呟いた。
「海はキラキラ眩しいねぇ。」
ふとベラの顔を見ると何故か顔を赤くしていた。
「さ、ブリッジに行かないとね。予定通りなら3時間もあればモンテレーだ。船旅を楽しんでくれよ。」
そう言って俺達から離れた。
その代わり船員の一人が俺達に近付いてきた。
「よう。あんたらが船を出させたんだって。礼を言うぜ。」
「礼とは?」
「アネさん。俺達はもう十分練習できてるってのに、やけに慎重になってやがってな。10日あまりあそこで足止め食らってたんだよ。まあ、大事な船を壊されたら困るんだろうけど。」
「そういえば、この船は誰の持ち物なんだ?よく無事に残っていたな。」
「アネさんのもんだよ。魔王歴中は陸にずっと揚げといたらしい。」
何だって?魔王歴中船を所有し保管し乗れる状態を維持していたというと、相当な身分の人間ではないと無理なのではないか?
どこから船を海に降ろしたのかは知らないが、それも大変な人手がいる作業のはずだ。
「俺はビルギット。よろしく頼むぜ。お客様を安全に目的地までお届けいたしますので、どうぞご安心を!」
そう言って持ち場に帰っていった。
「スゴいです!ウミネコと並走してます!」
「風が気持ちいいわー。」
二人もすっかりはしゃいでいるようだ。
とりあえず順調にサウスダコタを出られたので良かった。順調にモンテレーにも着いてくれるだろう。
少し時間が経ち、海上の興奮も一段落着いた頃。ルーシー達と並んでデッキチェアに座り飽きずに海を見ていた俺にベラが近付いてきた。
「ちょっといいかい?」
どうやら俺だけを呼んでいるようだ。
なんだろうと思ってベラに付いていく。
2つのドアを開け最初の船長室に入っていく。それを横目で眺めるルーシー。
ベラと俺二人が部屋に入るとベラは後ろ手にドアを閉める。
「なにかようか?」
なにか不安になって用件を切り出す。
「なーに。そう怖がらなくたって襲って食べたりはしないよ。今のところは。」
「それはそうなんだろうが。」
「この船の乗り心地はどうだい?ご満足いただけてるのかね。」
「乗り心地か。そう聞かれても、俺はモンテレーに行ってくれるだけで満足ではあるんだが、今のところ最高に申し分ないほど満喫してるよ。」
「アハハ。そりゃ良かった。」
時が時ならもっと純粋に楽しめたのだろうが、今はやはり気持ちは焦る。
「聞きたいんだけど、この勇者様御一行は私用の旅なのかい?それとも公用?」
王の力沿いがあっての特別捜査室の任務と考えれば、公用だろう。
しかし、俺達の目的はどこまで喋っていいのか判断が難しい。
「今は何とも言えないかな。」
俺は無難な答えを言うしかなかった。
ベラは肩を落とす。
俺の答えに失望したのか?
「私用と答えられないってことは、公用じゃないか。ってことは、勇者様がまだ活躍しなきゃならない事態が起きてるってことだろ?せっかくモンスターがいなくなって平和が訪れたと思ったのに、台無しにならなきゃいいけどねぇ。」
鋭い。
「俺が言えるのは、数日前サウスダコタとマドラスの街道岬の事件があったのは噂になってると思うが、旅人を襲ったその犯人は化け物だった。その事件は既に解決したが、同様の事件が今後どこで起こるかはわからない。ということだけだ。」
俺をジロリと見るベラ。
「はぁー。モンスターの次は化け物かい。戦闘員を増やして備えとかなきゃかねえ。まあいいよ。教えてくれてありがとう。」
後ろ手に閉めていたドアを開けて解放してくれる。
今の説明で納得してくれたのか。
デッキに出るとルーシーがドアの前でウロウロしていた。
「あ、勇者様、コックがサンドイッチ作ってくれたから一緒に食べる?」
なんかわざとらしいが、ちょうど腹も減ったのでいただくとしよう。
順調に船旅が進み、予定通り3時間でモンテレーへ到着した。
ビルギットの言うように船員の訓練は卒業して、明日にでも客船か連絡船として運航できそうだ。
港にタラップが降ろされる。
ベラがデッキで俺達を見送る。
「まいどあり。無事到着してアタイも胸を撫で下ろしたよ。あ、代わりに勇者君がアタイの胸を撫で下ろしてくれるかい?」
一安心したからか、変な冗談を言いながら胸をつき出すベラ。
「そういうのはいいんで。」
俺より先に答えるルーシー。
「いい航海だったわ。ありがとう。」
ルーシーがベラと握手する。
「アタイらは数日ここに逗留するよ。またアルビオンに戻る時は寄ってくんな。」
「あら。帰りは考えてなかったわね。」
「アハハハハ。計画性のない旅だね。」
固く手を握りあう二人。
そんなに別れを惜しむほど仲良くなったのだろうか。
大はしゃぎはできないものの、この航海で心はだいぶ潤ったような気がする。
ありがたい話だが、ここからはまた気を引き締め直さねば。
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