第101話



しばらく経って、北東の空から巨大スズメの頭に乗ったルーシーとクリスが飛んできた。

俺の近くに着陸し、急いで降りてくるルーシーとクリス。


「勇者様!大丈夫!?」

「勇者。キシリアは?」


地面に突っ伏してうずくまる俺。

俺の前にはキシリアが着ていたスーツが地面に残っている。

周囲には大剣も。

状況を察したのか、ルーシーは言葉を詰まらせた。


「そう・・・。終わったのね。」

「勇者・・・。」


立ち上がる俺。


「ああ。俺は大丈夫だ。自ら死を望んで危害を加えるつもりの無かった相手に怪我なんてしない。俺を必死で守ろうとしてくれた相手に・・・。」

「え?」

「ありがとうみんな。おかげで作戦は成功だ。」


俺はできるだけ気丈に振る舞おうと努めた。

そうしなかったら崩れてしまいそうだから。


「死を望んでって、どういうこと?」

「仲間でもない、敵でもない、そういう場所に行きたかったそうだ。ミネバもキシリアに一緒に付き合ってくれたようだな。」

「そんな・・・!?」


ルーシーが顔を伏せて肩を震わせた。

ミネバは言わなかったのか、珍しくルーシーがショックを受けている。

それはそうだ。俺だってショックだ。


「ねえ、一度船に戻ろう?みんな心配してるだろうし、あったこと、報告しなきゃ。」


クリスが提案した。

そうだな。予想もしてなかった事が・・・起きてしまったのだから・・・。


4人乗りの巨大スズメの頭に乗せてもらってクイーンローゼス号に運んでもらう事にした。

途中俺達は無言だったが、クリスが一言だけ寂しそうに呟いた。


「カワウソーズもこれで解散か。残念だな。少し好きだったのに。」


俺もルーシーもその言葉に反応出来なかった。

昨日のことなのに、まるで遠い昔のことのようだ。


できるだけ今はキシリアのことを考えたくはない。

みんなの前で泣きたくはないから。

だが、それは無理だ。

彼女の言葉を思い出し、その意味の一つ一つに打ちひしがれる。

何故彼女はあんなに積極的だったのか、何故彼女は時間が無いと言っていたのか。

最初から彼女はここで別れるつもりだった。

だから急いでいたんだ。

最後の思いで作りに精一杯全力を注いでいたんだ。


俺は彼女の放っていた信号に気付いてやれなかった。


自分の無力さに嫌気がさしてくる。

自分の愚かさに愛想がつきる。


頭を振り、考えないように思考を別の事に切り換えようとして、ふと思い出してしまった。



幼少の頃、俺とアーサー、アンナが見ていた絵本の続きを。

竜に拐われたお姫様を救う騎士の話を。

以前にも書いたが単純な話だった。

騎士が拐われたお姫様を追って火の山を超え、氷の湖を渡り、風の森を抜け、竜の棲む深い大地の穴蔵に辿り着き、竜との死闘の末、姫を取り戻す。

そこまでは覚えていたと書いた。

その続きを今思い出した。

幼少の俺達はその続きの話に納得できなくて、不満だった。だからこの物語と切り離して別の物語として封印してしまったんだ。

物理的にも、ページが破られ、黒く塗り潰されていた記憶がある。

この作者はいったい何を考えてそういった結末を書いたのだろうか?

今も分からない。


姫を救いだした騎士は、来た道を逆にたどり、険しい道のりを進み王国へと帰っていく。

手と手を取り合い、苦難の道筋を越える二人は次第に恋が芽生えていく。

もう少しで王国に辿り着けそうになった頃、姫は自害してこの世を去ってしまう。


騎士は流浪の者。位の違う彼とは一緒には居られない。王国に戻れば褒美を貰い遠くに行ってしまう。

きっと自分の事を忘れてしまうだろう。だから一緒に居れるこの時に死んでしまおう。


騎士は嘆き悲しんで王国に戻らず、姫の亡骸を抱いてどこかに行ってしまった。



こんな話を納得できるはずもない。

誰も報われない。誰も幸せにならない。


ああ、もう何も考えたくない。何も考えられない。

放心して頭が麻痺してしまっている。


その後クイーンローゼス号に飛んで行った俺達を、囮組のフラウ、ルセット、ベイト達がデッキに残り待っていてくれた。

最初は巨大スズメの姿を飛んでくるのが見えて、手放しで喜んでいたようだったが、デッキに降り立ち、その人数が減ってしまっていることに怪訝そうな顔で俺達を迎えた。


「勇者様。ご無事でなによりです。でも・・・キシリアさんとミネバさんは・・・?」


フラウが第一声を掛けてきた。顔は強張っている。

それには俺は答えられなかった。代わりにルーシーが口を開く。


「作戦通り、竜の殲滅は成功。殲滅成功直後にミネバとキシリアが休戦を終了し襲ってきた。説得はしてみたものの、決意は固く心を変えることはなかった。やむを得ずミネバは私が、キシリアは勇者様が倒したわ。」

「た、倒した・・・?」


フラウはルーシーの言葉が飲み込めないようだった。

仕方ないだろう。フラウはこの数日でキシリアとミネバに直接触れあっていたわけではないが、昨日の和やかな雰囲気から一変してしまっているこの状況をすぐには受け入れがたいのは無理もない。


「おいおい、嘘だろ?」


後ろで聞いていたアレンも呆然として呟いた。

俺とキシリアと同じように、ミネバと数日一緒に過ごした彼にとってショックなのは嫌と言うほどよく分かる。

彼がミネバに対してどんな感情を持っていたのか、今は俺には分からない。

だが、昨日まで睦まじく過ごしていた相手を、襲ってきたから倒したと言われてハイそうですかと納得できるはずもない。


「ごめんなさい。」


ルーシーが申し訳なさそうに唸った。


「そうか・・・。まあ、作戦が成功したんなら良かったじゃねーか。ちょっと疲れちまったんで俺は部屋で休憩させてもらうぜ。悪いな。」


アレンはそう言ってクルリと踵を返し、船尾楼のドアに入っていった。

もちろん、誰も止めたり咎めたりする者はなかった。


フラウやアレンのショックしている姿に俺は何も言ってやれそうになかった。

なにせ俺自身が心ここに有らずで、スズメからデッキに降りてからずっと自分の両の手を広げてじっと見ている。

特に何か付いているだとか変わった様子があるわけではない。ただ呪いを受けたかのように固まってしまっているだけだ。


失礼な話ではあるが、先日のルカとエルの死のショックで精神的にダメージを負ったと自覚しているが、キシリアとミネバの死はそういうレベルではなく精神に異常をきたしそうだ。

心にヒビが入って何かが漏れだし、虚無感に苛まれるような。

感情が空虚になっていくような・・・。


正直その後のことはあまり覚えていない。

断片的に残る場面の記憶を繋げていくと、こういうことだったんだろうと推測するだけだ。


確か1時間ほど休憩を挟み、俺達は再びイビルバスに上陸した。

ダイバースーツに空気を補充し、湖沼をアジトの捜索という方面で調査する必要があったからだ。

ダイバースーツは相変わらず水に浸けると形状が変化する能力を持っている。

変化させた本人はもうこの世には居ないと言うのに。

俺とキシリアが向かった北西の湖沼は俺がほとんど探して何も見つからなかったが、北東はミネバが源泉を探していて、アジトの場所なんて有っても言うはずはないから、探しておく必要がある。

クリスとロザミィの行った南側はすぐにホワイトデーモンが現れ、源泉を発見できたので、逆に周囲の捜索はあまりやっていないそうだ。


それとは別に、島の周囲10キロ範囲に浮いたり沈んだりしているシャーク君バルーンの残骸も可能な限り回収しておかなければならない。環境が汚れるからだ。

これにはロザミィとクリスがルセットのボートを起点として当たってくれた。

範囲が広すぎて俺達ではかなりの時間を要してしまうだろう。彼女達の水中を自在に動け、空中を飛び回れる身体能力には助けられるばかりだ。

実際には空気から量産したバルーンを元の空気の戻し、荷物として持ち帰ることはなかったようだ。


北西と南に別れて、島内部にボートを持ち込みボートにかなり明るく広範囲を照らす照明を乗せて湖沼を捜索した。

辺りは次第に暗くなっていく。空気の補充を何度かやりながら夜通しで作業が行われた。


俺は作業の合間、ボートに積まれていた大きな照明の眩しい光に、惑わせるみたいにそれを見ていた。記憶がある。

こんなものもルセットは持ち込んでいたのか。見たことがないものばかりの数日だったな。

キシリアとも・・・一緒に見たかった。

彼女がどんな反応をするのか・・・。見てみたかった。

女々しい事を言っているのは承知だが、勝手に頭に浮かんでしまったものはしょうがない。

彼女が俺の腕にすがり付き恐る恐る眺めている様子が目に浮かぶ。

最後には俺を見上げてニッコリと笑う姿も。



案の定、ここには何もなかった。

明け方になって疲れた顔をして船に引き上がる俺達。


この島における捜索もこれで終了。長い戦いが終わったような。胸を撫で下ろすような気分だ。

ロザミィや捜索に当たった俺達戦闘員を休ませるため、船は帆を張り次の目的地へと進む。

イビルバスがどんどん遠く離れていく。

何かを忘れてしまったような、やり残してしまったような、そんな後ろ髪を引かれながらあの島を去ってしまう。


俺はデッキに立ち、帆船を動かす緩やかな風を受けながら1人佇んでいた。

申し訳ない心境で最後に呟く。


「さようなら。キシリア。そしてミネバ。君達が居てくれて楽しかった。本当にありがとう。」


最後の目的地。三番星。そこで決着をつける。


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