25、ルカとエル2
第67話
25、ルカとエル2
俺は一人ログハウスの近くから離れて東から二つ目の崖の上。ルカとエルの待つ頂上へと歩き出した。
「そこに行っただけでヒントをくれる。帰してくれる。約束するんだな?」
「そうよ。来てくれる気になったみたいね。」
「アハッ。やったね。やっとまた3人で会えるんだ。」
「道具はいらないと言ったが、数十メートルの高さの崖をどうやって登ればいいんだ。」
「そのままこの光が見える真下に進んで。」
「ちゃんと用意してあるからー。」
話すたびにお互いの持っている鱗が鈍く光る。
薄暗くなった周囲にそれは下からでもハッキリ見える。
さっき俺達が入っていった袋小路の入り口、斜めに坂になっている岩場の手前。その辺りがちょうど真下になるか。
「そろそろルーシー達が気付くかもしれない。光る鱗は切っとくわね。」
「後は行けばわかるよ。早く来てー。」
そう言って鱗は光らなくなった。
温泉での二人とのやり取りを思い出していた。
心の底からの不信感までは持っていない。
会ってくれさえすれば風船は渡すと言っていたが、それがこれか。
最初に会って別れ際にすでに仕込みは終わっていたということだ。
何が目的かはわからない。
あの時点ではほぼ個人的な会話など一切していないのに何故?
崖の真下まで来た。
黒い三角の板のようなものが置いてあるのが一目で分かった。
なんだこれは?
大きさは辺が1メートルの正三角形という、わりと大きいものだ。
拾ってみようと手を出してみたら、触れた瞬間フワッと少し浮いた。
驚いて手を離すとまた地面にゆっくり降りていった。
まさかこれに乗れと言うのか?
こんな不安定なものに乗るなんて、ルカ達の殺意云々以前に落下死してしまう。
見回すが他に何もない。
仕方なくしゃがみながら手で板を掴むようにへっぺり腰で乗ってみる。
浮いた。
そしてどういう仕組みなのか板から上に乗った俺を包むように壁のようなものが出てきた。
透明な壁に完全に包まれて三角柱のような形になった。
それがグイーンと上昇していく。ホテルで乗ったエレベーターに近い感覚だが、これにはロープなどない。
透明な壁は触っても頑丈そうだ。手で触れた程度ではたゆんだりしない。
あっという間に頂上に着いた。頂上の崖の上にゆっくりと降りていく三角柱。そして元の黒い板一枚に戻っていく。
「やっと会えたわね。」
「来た来たー。」
そこにはルカとエルが待ち構えていた。
後ろは断崖絶壁。周囲は不毛の平野。隠れる場所と言えば亀裂があるぐらいだが、人間の俺が飛び込んでどうにかなる場所じゃない。
逃げ場はないということだ。
「久しぶりだな。服を着ている君達と会うのが初めてというのは変な感じだが。」
「あら。裸の方が良かった?」
ルカは赤いワインレッドのワンピース、白い編み状の肩掛けを羽織った大人の装いだった。黒のヒールがまた艶やかさに磨きをかけてる。
「裸の付き合いの方が早いって確かに変だね。」
エルの方は真逆の印象だ。上は深めの青いビキニのブラを着ているだけ。短めの白いプリーツスカート、鮮やかな赤いシューズというスポーティーな出で立ちだった。
「再会の喜びは置いておいて、早速で悪いがヒントとやらを教えてもらおうか。」
「そうだったわね。」
「せっかちだなー。もっと私達の印象とか語ってよー。」
「ごめん。それは心の中でもうやった。」
「わけのわからないこと言わないでくれる?」
「声に出して言ってよ。」
「まあいいわ。ヒント1を教えてあげる。この島にアジトはない。」
「な!なんだと!そんな事はもう察しがついてる!それはヒントなんかじゃない!」
「落ち着いて。ヒント1って言ったでしょ?それ以上のヒントが欲しいなら、そちらにも等価交換でこちらの要求を出してもらわないと。不公平になるでしょ?」
「なるほど。最初からそれが狙いか。だが、残念だが俺に出せるものなんて無いぞ。」
「あるわよ。勇者。私達とキスして。」
「は?」
突然何を言い出すんだ。最初から俺に狙っていたものがキスだというのか?最初に会ったあの時に鱗を渡してチャンスを伺っていたものがキス?意味がわからない。
「エネルギーの補給が目的か?それならセイラは隠しているようだが君達魔人同士でキスした方が急速に補給できるようだぞ。試してみたらどうだ?」
「なに言ってるの?」
「私達でキスー?」
二人は少なからず驚いているようだ。やはり知らされていないのか。
「私達友達だけど、そういう関係じゃないわよ。」
「あー、分かった。勇者はそういうの見るのが趣味だったんだ。」
「ち、違う!確かに健全じゃないかもしれないが、人間の血を啜るよりは遥かに健全に自己完結できるだろ!」
「そうなの。それは後でセイラに聞いてみるわ。でもエネルギーの補給なんか今はどうでもいいの。」
「私達はロザミィみたいにエネルギーバカ食いのモンスターマシンじゃないからね。このままでもあと10年は戦える。」
10年・・・?なんて事だ。もし戦いになってもエネルギーを消耗させる戦法は使えないぞ・・・。
「ん?では何故俺にキスを求める?」
「女の子が男の子にキスを求めるのがそんなに不自然なこと?したいから。それ以外に理由なんか無いわ。」
「そうそう。興味津々。」
「むむむ。だが、まだ会ってそんなに話もしていないのに、そんなことをいきなり言われても困るというか・・・。」
「やっぱり勇ましさの欠片もないのね。いきなりじゃ駄目なら何分後ならいいの?」
「裸で色々やったじゃない。いっぱいしようよー。」
ズイズイと近寄ってくる二人。
すぐ後ろは崖だが。
「あー、それとも先に私達二人がキスするのが見たい?」
エルがルカに肩を抱くように近付いた。
「ちょっとエル。なにするつもりよ。」
「いいじゃんいいじゃん。ホントだったら面白いしやってみようよ。まあ、ルカがどうしても嫌って言うなら止めとくけどさ。」
「私達がキスしたら勇者もやってくれるって言うならするけど。」
俺をジロリと見る二人。
「ちょっと待て。俺はそんなこと言ってないぞ。」
「じゃあ言って。アジトのヒント2と私達がキスすること。勇者が私達とキスをすること、交換条件でお互い満足しましょう。」
「私達とのキスなんて、どっちかというとご褒美なんだけどなー。ねえ、勇者。」
「どうせアジトのヒント2だって大した情報ではないんだろう?俺にメリットは無いじゃないか。君達がキスしようが、君達とキスしようが、俺に得はない。」
「言ってくれるわねえ。」
「あーん。ショックー。」
睨むルカと肩を落とすエル。ちょっと言い過ぎたか。
「じゃああなたから質問してみてよ。それに私が応えるわ。」
アジトのヒントをか?それは気になる。
だが、何と質問すればいいのか・・・。
「アジトは何処にある?」
「それは駄目よ。ヒントじゃなくて答えそのものだわ。応えるのはあくまでヒントだけ。」
まあそうだよな。
「こんなやり方では探しても無駄だと言うなら、どんなやり方で探せと言うんだ?」
「それも答えに近い質問なんじゃないの?」
エルがルカに言った。
「そうね。でも良い質問かもね。この島で過去に何が起きたのか、それを考えてみればいいかもね。」
「なんだって?過去?」
過去っていつの過去だ。それがアジトと何の関係があると言うんだ?
「それは本当にヒントなのか?答えに繋がっているのか?」
「もちろん。さて、ヒントは受け取ったわね。こちらの要求も受け取らせてもらおうかしら。」
しまった!ルカの条件を飲んでしまった!
ヒントと言っても俺にはそれがヒントなのかさっぱり分からない。
「ま、待て。まだ一つ残っているだろ?」
「そんなに私達のキスが見たいの?」
「約束約束!」
「エネルギーの補給がどうできるのか試しにやってみるといい。」
なんとか時間を稼いでる内に逃げる算段をやっておきたい。あと、ヒントの精査も。
「温泉でクリスとセイラが真横でキスしてるの見て目覚めちゃったのかしら?まあ、それならやっても良いけど。」
「そうだよー。やってみようよー。」
二人はやる気になったようでお互い近寄って肩に腕を回し合う。
最初は照れ笑いをしながら、お互いの顔を近付けたり、角度を調節したり、はにかむ姿が意外な感じだ。
「なに?」
「アハッ。ルカからしてよ。」
「舌出して。」
「え?こう?」
舌をベロっと出すエル。
エルの舌を自分も舌を出してペロペロと舐め始めるルカ。
エルは目を閉じて頬を赤く染める。
ルカはエルの舌を舐め回しながら、俺の方をじっと見ている。
以前のセイラのように。
俺は何を見ているんだ。
あの時のクリスとセイラの再演というのか。
まずいまずい。あまりの妖艶さに見とれてしまった。
ひょっとして俺はルカとエルが言うようにこういうのが・・・。
いや、それも今はどうでもいい。逃げる方法を考えないと。
周囲をチラと見るが、どう見ても断崖絶壁。不毛の崖上。言われた通り道具も持ってきていない。バカ正直過ぎだ。
黒い三角形は今乗ったら勝手に動いて下に送ってくれるのか?
試してみないと何とも言えないが、とてもそうは思えない。
ルカが俺を見ているのでコッソリ試してみるのも憚られる。
逃亡は不可能。
もう一つ。ヒントの意味を考えなければならない。
この島で過去に何が起きたのか?
そんなもの知るよしもない。
しかし、それが今この島に残る形跡を言っているのだとしたら、大きな地震が起き、地割れが谷間を作り亀裂を生んだ。としか思い当たらない。
谷間、亀裂・・・。
しかし袋小路をあと一つ残しているがほとんど捜索は終了している。
クリスの目なら亀裂に変化した形跡があっても見つけられるはずだ。
そう言えば俺とルーシーが捜索した袋小路はクリスは見ていない。
もしかして何かあるのか?
あそこには狭い洞窟があったが・・・。
いやいやいや。ヒント1と矛盾しているぞ。
この島にはアジトは無いとルカは言い切った。
ヒント1と2が合致しない。と言うことはどちらか、もしくはどちらも嘘だというのか?
ああぁ!俺には分からない。ルーシーやフラウなら何か気付くだろうか。
エルがルカの唇から離れ俺の方を見た。
両腕を前に出しながら近寄ってくる。
考え込んでいたのでハッとして身動きする間もなくエルに抱き付かれた。
「んー。勇者、キ、ス。」
濡れたようなトロンとした目で俺に迫るエル。
何の抵抗もしないまま唇を奪われた。
俺の背中や腰に腕を回し擦るように撫で回すエル。
ルカは立ったままこちらを無表情で見ている。
エルの舌が俺の口の中で激しく動き回る。
濡れた唇が俺の唇を吸い尽くすように重なる。
荒い息遣い。漏れる吐息。
行為自体は激しいが何か違和感を感じる。
この違和感はいったい・・・?
しばらくして気が済んだのか、俺から離れるエル。
「ふーっ。気持ちいい。」
「随分と激しいんだな。」
「え?やだー。照れるから言わないでー。」
そそくさとルカの横に戻っていくエル。
順番待ちのルカにバトンを渡そうというのか。
「どう?分かった?」
「んー。分からないかなー。でも想像はできる。」
戻っていくエルにルカが声をかけたが、何の話だ?
「そう。勇者。次は私の番だけど、あなたから私にキスして欲しいわ。」
「なんだって?この前のセイラのように・・・か?」
「そういうこと。やってくれるわよね?」
なかなかきわどい注文だが、エルとキスを交わしたからには一人だけと言うわけにもいかない。
交換条件はこれで終わりだ。ここまで来たらやってしまっても問題なかろう。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
一歩ルカに近付く。
「そうだ。今の二つに補足を聞いてもいかな?」
「なに?」
「二人でキスしてエネルギーの補給はどうだった?人間を襲う必要は無さそうなんじゃないのか?」
「ああ。そうね。さっきもエルが言ったけど、私達はエネルギーが枯渇しているわけじゃないから、元々そんなに必要はないけど、意外と悪くなかった。エルがかわいかったわ。」
「もう!やめてよー。」
ルカの肩を叩くエル。
「もう一つは?」
「ああ、さっきの二つのヒントなんだが、矛盾しているような気がするんだが、本当に答えに繋がっているのか?」
「矛盾?矛盾なんかしてない。どちらも正確だわ。むしろそれを矛盾だと考えているから発見できないんじゃないかしら。もっと視野を広げて見ないと。」
痛い所を突かれたような気分だ。
つまり俺の理解が至っていないだけ、ということなのか?
答えが・・・答えが知りたい。
単純な答えではないと分かっただけに、むしろ興味が押さえなれなくなった。
ルカも一歩前に出る。
エルは気を使って後ろに下がり、足だけ地面に着けたままちょこんと体操座りをして待っているようだ。
「考えたいのは分かるけど、今は私に集中してくれるかしら?」
「ああ。すまない。」
さらに一歩近付きルカの両肩に手を置き抱き寄せる。
じっと無表情で俺を見上げるルカ。
そちらからせがんだわりには感情を表に現さないんだな。
ちょっとやりにくい。いや、かなりやりにくい。
しかしここで躊躇っていても終わらない。
俺はセイラにやったように無心で彼女の唇に唇を重ねた。
無表情のままじっと俺を見ているルカ。
これはかなりキツイ。
なんだか俺が一人で盛り上がっているかのようだ。
本当に彼女が望んでやっている事なんだよな?
そういう疑問が湧いてくる。
しかし冷たい無表情とは裏腹に、彼女の舌の動きは機敏に俺を刺激している。
俺と同じく彼女まで無心になってキスをしているのだろうか?
エルの時にも感じた違和感の正体はこれか?
キスは目的ではなく、何かの手段?先にある目的のための通過点。
さきの分かった分からないという会話がそうなのか。
何の事かは俺には分からないが。
ひとしきり唇を交わした所で、恥ずかしさに耐えられなくなって顔を離した。
「もう、いいか?」
浮かない顔をしている、ように見えるルカ。
「あまりお気に召さなかったようだけど、そもそも俺は技巧の達人というわけでもないんでね。期待に添えなかったなら悪かったな。」
「そういうわけじゃないわ。相手を思いやる素敵なキスだった。」
そう感じてるようには見えない。
「どう?分かった?」
後ろのエルが今度は逆に同じ質問をルカに投げ掛けた。
「分からない。私には分からない。」
目を閉じ顔を伏せ、何事か思案しているルカ。
「いったい何の事を言っているんだ君達は?」
堪らず質問する俺。
「そうね。勇者も考えて。最初に温泉で会ったときにセイラとキスしたでしょ?」
「その再現だと言ったな。」
「そうなの。あの時セイラは思考のリンクを切った。だから私達にはあの時セイラが何を考え、何を思ってどんな気持ちだったのか分からない。後で本人に聞いてみたけど教えてもくれない。だから、セイラと同じようにあなたとキスしたらあの時のセイラの気持ちが分かるんじゃないかと思ってやってもらったのよ。でも私には分からなかった。」
開いた口が塞がらないとはこういうときに言うのか。
俺は失礼ながら唖然と口を開けていた。
そう言えば後ろでそんなことを言っていた人が居たようだが、あれはこの二人だったのか。
しかし、さも大層なことを言っているようだが、全く共感できない。
「あ、当たり前じゃないのか?君達はセイラじゃない。俺とキスしたところでセイラの気持ちなんて分かるわけないじゃないか。」
セイラの狂信が行き過ぎて、心の同化まで求めるようになってしまっているのか?わりと正常な装いのように見えるが、これはかなり危険な状態なんじゃないだろうか。
「勇者になら分かるんじゃないの?セイラが何を考えていたか。」
「さあな。今の君のように冷淡ではなかったように思うが、それも俺のフィルターを通した視点からだからな。それに、聞いて教えなかったと言うなら知られたくないのだろうから、わざわざ詮索するのはやめておいた方がいいんじゃないかな。」
ルカは不満を露にして俺を睨んだ。
「想像なら出来るよ。きっと嬉しかったんだと思う。」
エルが立ち上がりながら言った。
「そうなの?」
「私は嬉しかったもん。」
「そう言ってもらえるのは光栄の至りだが、それは君の感情であってセイラがどうかはまた別の問題じゃないかな・・・。あくまでエネルギーの補給が出来るかを試しにやってみただけだし・・・。」
「きっとそうだって。セイラには勇者が必要なんだよ。」
「そうかもしれないわ。きっとそう。」
なにか勝手に納得しているみたいだが。満足してくれたのだろうか。
「あなた、私達のアジトの場所が知りたいみたいね。」
「ん?ああ。それはもちろん。」
「じゃあ今から連れていってあげる。」
ルカとエルの目の色が変わったような気がする。
思わずドキリとする。
「ちょっと待て・・・。連れて行かれた後はどうなる?」
「セイラのベッドで過ごせば良いわ。セイラがあなたを望んでいるならきっと喜ぶはずよ。」
「ご招待だね。」
セイラも言っていたが、つまり誘拐されるというわけなのか?
「待てよ!帰してくれる約束だったはずじゃないのか!?」
「約束なんてもういらないわ。セイラがあなたを望んでいるんですもの。側に居てあげるべきよ。」
なんてことだ・・・。約束を守る側が勝手に破棄するなんてメチャクチャだ。それにこの目だ。この目は船上でハーピーの姿をして襲ってきたあの時の目。獲物を狩るつもりの目だ。
最初からそのつもりだったのか?
いや、なにかに勝手に納得して急に考えを変えたという風に見えた。
どちらにしろ危険な状態になっている事に変わりはない。
好奇心は勇者を殺す。
やはり俺はノコノコ敵の誘いに乗ってやって来た愚か者だった。
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