第14話

 商業施設の片隅にあるおしゃれな喫茶店のテラス席には、普段より少し涼し目な風が、事の成り行きをやさしく見届けるかのように穏やかに吹いている。丸い机を囲むように、俺から見て、右には唯織ちゃん、左には朱莉ちゃん。正面にはお母さんが。


「芽衣はどんな感じかしら?」

「えっと、文化祭では、厨房班のリーダーとしてちゃんとやってました」

「そうじゃなくて、その、なんて言うの? 雨音君、いや壮太君と付き合いだしてから、浮かれっぱなしだから」

「知ってたんですか」

「それはもちろん。幸せそうに報告してきたわよ」

「そうですか」

「まあ、まだ付き合ってなかったの? って思ったけどね」


 思わずははは、と乾いた笑いがこぼれる。


「そうですか。とはいえ、改めて、芽衣さんと先日からお付き合いさせていただいてます」

「あら、そうなの。じゃあ、改めてよろしくね、壮太君。あ、私の事はお義母さんって呼んでもいいわよ」

「じゃあ、私はお義兄さんって呼ぼうかな」


 唯織ちゃんとお母さんの言葉にどうしたものか、と戸惑う。朱莉ちゃんは美味しそうにチョコクロワッサンを食べているので聞いていない。


「あら、困らせちゃったかしら? まあ、本当にそう呼ぶ日が来た時の楽しみに取っておくわ」


 もう乾いた笑いしか出ない。生まれた微妙な間をコーヒーを飲んで誤魔化す。


「で、どんな感じなんですか、雨音さんから見たお姉ちゃんは。っていうか、お姉ちゃんのどこに惹かれたんですか」

「えっと、頑張り屋で、優しくて、周りを見てて、家族思いで。あと。少し強引にでも、引っ張っていってくれるようなとこもか。それから」

「ストップ、ストップ」


 唯織ちゃんに言われるがままに口を閉じる。


「聞いてるこっちが胸焼けしちゃいそうね。でも、芽衣のことをちゃんと思ってくれてるみたいで良かったわ」

「はい、できる限り大切にはしてます」

「あぁ、お姉ちゃんが羨ましいなぁ。好きな人にこんなに大切にされて、愛されて」

「そのうち唯織にもそうしてくれる人をものにできるわよ」


 女子会のような空気へと移っていき、若干の居心地の悪さを感じる。


「ごちそうさま」


 チョコクロワッサンを一人で食べた朱莉ちゃんが、口にチョコを付けてそう言うので、紙ナプキンで軽く口元を拭ってあげると、えへへ、と笑い返された。


「朱莉、ご飯食べれなくなるから半分にしよって言ったのに何で全部食べちゃったの?」

「えへへ」

「えへへ、じゃなくて」

「そういえば、雨音さん。妹さんの修学旅行中ってご飯どうするんですか」

「え、いきなりどうしたの? まあ、適当に作って1人で食べるつもりだよ。2泊3日だし」

「いや、お姉ちゃんが雨音さんの作ってくれるお弁当が美味しいってずっと言ってるので、食べたいなぁって。ごめんなさい、おこがましいですよね」

「いや、それくらいならいいけど。芽衣と一緒にうちに来れば作ってあげるよ。1人で食べるのもあれだし」

「ほんとですか」

「まあ、作る側としては1人分って結構面倒だし」


 それに、もしかしたら芽衣と一緒にご飯作れるかもしれないし。一緒にご飯作るとか、ちょっと憧れてたんだよな。


「そっか、妹さんが修学旅行中は1人になっちゃうのね。うちに泊まる?」


 コーヒーが変なところに入り、おもいっきりむせる。


「いや、ちょっ、なに言って」

「ちょっとした冗談よ。二人の事よろしくね」

「はい」

「じゃあ、そろそろいい時間だし解散にしましょ。旦那と拓弥が待ちくたびれてるみたいだし」

「そうですね、僕もぼちぼち帰ろうと思います」


 バイバーイ、と振り返って手を振ってくる朱莉ちゃんに手を振りかえし、帰ろうか、と思ったところ後ろに少し前に別れた祐奈が。


「お兄ちゃんってロリコン?」

「おい、待て、その誤解を招きそうな表現やめろ。芽衣の妹だから」

「芽衣さんの妹?」

「そう。さっき祐奈と別れてから書店行ったら、たまたま会って、少し話してたんだよ。で、どうしたの?」

「帰る前に、ここで一息ついていこうと思ったらお兄ちゃん見つけちゃっただけ」

「そうか。俺さすがに2杯目はいらんし、先帰って夕飯の準備するから、遅くなるなよ」

「私も一緒に帰る」


 さようで、と返事をして祐奈とともに帰り道を歩く。


「そういえば、友達は?」

「親が迎えに来てた」

「そうか」


 うちは親が迎えに来れないから気にしているのだろうか、などと考えてしまう。いや、こればっかりは考えてもしょうがないんだが。というか、母さんと父さんについて行かず、こっちに残るって選択したのは祐奈だし。


「ねえ、お兄ちゃん」

「何?」

「私は別に寂しくないからね」

「えっ、なに、どうしたの突然」

「お兄ちゃんがそんなこと考えてる気が、なんとなくしたから」

「何でもお見通しだな」

「そりゃ、生まれてからずっとお兄ちゃんの妹してるもん」


 エッヘン、と胸を張る祐奈に、まあ、けど、俺も同じだけ兄やってるんだ、それにこれからもな、と返してやる。


「えっ、お兄ちゃん気持ち悪いよ」

「ちょっと。ここは兄妹の仲を確かめる感じじゃないの? 別の意味でウルっとしちゃうよ」

「えー。でも、そうだね。お兄ちゃんは、ずっと私のお兄ちゃんだ」


 少し、日が傾き始めた帰り道を、久しぶりに二人で帰った。祐奈の言葉とは裏腹に、俺がそうだったように、いつか祐奈も大切な人を見つけ、こうやって一緒に帰ることも少なくなっていくんだろうな、と思いながら。

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