第20話

 全員で悩むこと数分。たいした解決策は上がってこない。


「クラスの女子の派閥とかよく分らんが、そういうのの外から見てる側としては、あーしさん一派が強そうだし、そこと関わりを持つのが得策だと思うんだけども」

「強いってどういうこと?」


 あーしさん一派に属する廣瀬はあまり分っていないようで、首をかしげている。


「いや、なんていうの? 影響力がある、スクールカーストの一番上、上位ヒエラルキー、どれもしっくりこないが、そんな感じだ」


 篠崎と廣瀬は首を傾げたままだが、若宮さんは賛同してくれるようで首を縦に振っている。篠崎はヒエラルキーの意味が分かっていないだけかもしれんが。


「でもやっぱりその、迷惑はかけたくないんです」

「莉沙は迷惑なんて思わないと思うよ。篠崎君を落としたなら興味持つだろうし、若宮さんさえ嫌じゃなければ、莉沙は積極的に話しかけると思う」


 あーしさんいい人だな。興味持ったから構ってみるだけなのかもしれないけど。


「嫌だ、なんて事は無いです」

「じゃあ、とりあえずクラスの方はこれで何とかなりそうだね」


 全員が揃って頷く。それから間髪を入れず篠崎が口を開く。


「それでだ、部活。……っていうか放課後はどうすればいいと思う? いや、教室での対応を考えてくれただけで感謝しかないんだが、出来ればこっちも考えていただけると、なんて……」


 なんて図太い神経してるんだ。隣の若宮さんアワアワしてるぞ。まあ、彼女のことだし、しょうがないと言えばそうなのかもしれんが。


「正直嫌がらせがしんどいなら、部活辞めて他の事した方がいいと俺は思う」


 篠崎が言い直したのは、俺がこう言うことを考慮に入れてだろう。一つ意見が出てしまえば話は進めなければいけなくなる。


「辞めるって、若宮さんは何も悪いことしてないのに?」

「じゃあ、マネージャー全員に嫌がらせを止めさせるように何かするってのは?」


 俺の一言に最初に反応したのは廣瀬、その後どうしようもないことを言ったのは篠崎。


「若宮さんはどう思ってるんだ?」

「……」


 沈黙。若宮さんはこちらに目を向けてくれたので、無視されたわけではない。


「やっぱり辞めるっておかしいと思うの」

「ああ、おかしいだろうな」


 だが、残念なことに嫌がらせを受けた人間が、そのコミュニティに居続けるというのは難しいのだ。それを俺はよく知っている。

 廣瀬の言葉を肯定したうえで、俺は言葉を続ける。


「じゃあ、どうすれば辞めなくて済むんだ? 嫌がらせしてる人間は、誰かに言われたからって嫌がらせを止めたりはしないだろう。きっと次はバレない様な陰湿なものに変わる。宮野先生あたりに相談して全員強制退部でも検討してもらうか? そんな事したところで、人手が足りなくなって元のようには回らなくなるだろうが」


 俺はつい、責めるような形でここまで一気に喋ってきたが、一度空気を吸って精神を整え、次の言葉を強調する。


「それに、もう居心地の良い場所じゃ無くなりつつあるんじゃないか?」


 静かに若宮さんは頷いた。

 やはり、さっき黙ったのは、二人が部活に残れるように考えてくれていたからか。


「だったら逃げていいと思う。三十六計逃げるに如かずって言うくらいだ。代わりに放課後に何か他の事した方がいいだろ」


 気づけばテーブルの視線は俺に集まっている。


「雨音がまともなこと言うなんて珍しいな」

「失礼だよ和也君。けど他の事かぁ」

「まあ、その辺は俺らがいなくても平気だろ」

「ああ、助かった」


 その後、少し4人で話してから、2人と別れた。2人に少し遅れて店を出ると日が傾き始めていた。


「最後にちょっと遠回りしていい?」

「いいけど」


 俺は一歩先を行く廣瀬についていく。

 歩くこと数分、俺らが向かったのは駅のすぐ側にあるとは思えない自然公園。どうやら少し遠回りになるがここを抜けて駅に出るらしい。


「夕日が凄いきれいに見えるな」

「そうでしょ! 今日はどうだった?」

「篠崎に彼女ができてたのが意外だった」


 横に並んで夕日を眺めながら歩いていた廣瀬に、冗談めかしてそう答える。


「そうじゃなくて」

「はいはい、楽しかったよ」

「本当? なんかいつもの雨音と違ったから気にかかってたんだけど」


 いつもと違ったのは、連休のほとんどを使い叩き込まれた、デートのマナー講座のせいだろう。それが良い方向に向いたのか、悪い方向に向いたのかは分からない。


「メールに返事をしたのは祐奈と母さんだって話を電話でしただろ? そのあとから今日家を出るまでいろいろ言われ続けたんだよ」

「だから今日の雨音はなんか気が利く感じだったのね。なんかいつもの雨音と違ってドキドキしちゃった」


 そんなに気持ち悪かったのか。などと考えて、余計な勘違いをしないようにする。


「まあ、それならいろいろ言われた甲斐があったのかね。まあ、慣れないことしすぎて疲れたし、残りの休みは寝て過ごすだろうけども」

「ははは、ごめんね」

「いや、別にいいんだけどさ。あと忘れかけてたんだけど、唯織ちゃんに渡しといて」


 カバンから問題集の入った袋を手渡すと廣瀬が微妙な顔になる。そういえばデートの時は、他の女子の名前を出しちゃいけないんだっけか、廣瀬曰く今日のこれはデートらしいし。


「ねえ、雨音。私の事は名字にさん付けなのに唯織の事は名前にちゃん付けなの? よく考えたら朱莉と拓弥の事も名前呼びだし。なんで私だけ遠い感じなの?」

「いや、ほら、それで分かるし」

「次からでいいから私の事も名前で呼んで! じゃあね、今日は楽しかったよ。そっ、壮太」


 話しながら歩いて気づけば駅前ロータリー。廣瀬はそれだけ言うとあっという間に駅の方に駆けていき、呆然とする俺だけが残された。

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