第19話

 喫茶店を出てからは、駅の反対側にあるアンティークショップやらをいくつか冷やかした。

 買い物といえば、事前に買うものを決めてささっと済ませるか、祐奈の荷物持ちの俺には、こういうのは新鮮な体験だった。


「ねえ、雨音」

「どうした?」


 廣瀬の目線の先には少しオシャレなカフェがある。3時過ぎだし、ここでおやつがてら休憩ということだろうか。


「中にいるのって篠崎君じゃないかな? 女の子といるんだけど」


 まさか、と思い窓からカフェの中を見てみると、窓際の席で楽しそうに喋っている篠崎の姿が。篠崎と話している誰かは、窓に背を向けるようにして座っているから分からない。


「ほんとだ。何やってんだ?」

「デートじゃないかなぁ」


 デートか。具体的な誰かとの噂は無く、皆の篠崎和也かずやって感じだったんだが。しかし相手は大変だろうなぁ。などと考えながら廣瀬と共に篠崎を窓越しに眺めていると、窓の向こうで楽しそうに談笑していた篠崎の顔が思いっきり引きつる。篠崎が突然携帯をいじりだした。

 デートでなかったとしても、人と喋ってるときに携帯とか弄るのはよくないって教わらなかったのか?


「雨音、携帯鳴ってるよ」


 廣瀬に言われてみると新着メールが一件。差出人の名前を確認し、メールを開く。差出人は窓の向こうの篠崎、内容は、ちょうどいいから来てくれとのこと。


「なあ、これどうする?」


 廣瀬にメールを見せる。微妙な顔でうーん、と唸っている。窓に目を向けると、見覚えのある女子と頭を下げる篠崎が視界に入る。


「しょうがないし行こっか」


 廣瀬と共にカフェに入り、篠崎たちが座るテーブルに向かう。

 先程とは座る場所を変えたようで、女子の隣に篠崎が、対面の二席は空いている。廣瀬のために椅子を引き、俺は篠崎の前に座る。


「何か頼まない?」


 何とも言い難い空気が場を支配し、誰も口を開かなかった中、最初に口を開いたのは廣瀬だ。


「まあ、一服しながらの方がいいよな。それでいいか?」


 篠崎たちに目を向けると、頷いてくれた。メニュー表に目を向ける。

 ケーキと飲み物を一緒に頼むと安くなるのか。ケーキも一緒に注文するか。コーヒーはさっき飲んだし、飲み物は何にしようか……。


「決まった?」


 廣瀬の問いに全員が頷いたのを確認して、店員を呼ぶ。


「ダージリンとシフォンケーキで」

「あと、ロイヤルミルクティーとチーズケーキでお願いします」

「あとは、コーヒーのお代わりを2杯お願いします」


 店員が注文を復唱して去ると、店内を流れるBGMだけがこの場に残る。

 窒息死できそうなくらいの空気に耐えかねて、俺が口を開こうと息を吸うと、それよりも少し早く篠崎が俺たちと視線を合わせて口を開く。


「呼んだ理由を話す前に一つ聞かせてくれ」

「なんだよ」


 沈黙を打破しようと深呼吸したせいで、いくらか強めでぶっきらぼうな返事になってしまった。しかし、篠崎がそれを気にする様子はない。


「お前らデート中だった?」

「いや、別に――」

「うん、そうだよ」


 俺が否定の言葉を口にしようとすると、それを遮るように廣瀬が答える。

 そうだったのか、今日のはデートなのか。よく分からんまま連れてこられたけど、これがデートか。


「そりゃ悪かったな」

「まあ、いいよ。ちょうど手持無沙汰になったところだったし。それより何の用なのか話してもらっていい?」

「ああ、うん。どっから話せばいいんだ?」

「何も分からないから、最初から要点をかいつまんで頼む」


 じゃあまずは、と篠崎が要点を整理していると女子の方が口を開く。


「一応自己紹介しますね。皆さんと同じクラスの若宮わかみや菜々香ななかって言います。陸上部のマネージャーと和也君の彼女してます」


 ポカーンとする俺と廣瀬。

 それなりに近しい関係だとは外から見ていた時に思っていたが、まさか付き合っているとは。


「黙っておけばいいのかな?」


 俺も聞きたかった事を聞いてくれる廣瀬。そういえば、あーしさん一派は篠崎と仲良くしたげだったけど、もしかして板挟み的なことになるんじゃ。やっぱりコミュニティに属するのは大変だなぁ。


「いや、助けてほしい」


 代わりに口を開いた篠崎。この後だらだらと事情を説明されたのだが、非常に長かった。途中で店員が来て、注文したものを持ってきたし、ケーキも半分は食べた。


 要約すると、真面目にマネージャーをやっていた若宮さんに篠崎が惚れて、先日告白。付き合うとなったはいいものの、若宮さんに対して部内で嫌がらせが発生し始めた。まだ連休中だからいいものの、学校が再開してそれがクラス内に広がってしまった場合、学校自体に来づらい状況になるだろうから、そうならないように何か手を打ちたいらしい。


「それは確かに手を打ちたいね」


 廣瀬は篠崎と若宮の側に付く気らしい。


「あーしさんたちと揉めたりしない? 大丈夫? 篠崎とよく喋ってるし誰かが狙ってるんじゃないの?」


 隣の席に座る廣瀬に耳打ちして聞いてみる。俺に罰ゲーム告白をしてまで接点を作りたがるほどだし、誰かが狙っているのだろう。それなのに、こちら側に付こうとしているのだから正直心配だ。


「いや、全然誰も狙ってないよ。みんな彼氏とか気になる人とかが別にいるよ。もしかして心配してくれた?」


 ニコニコ笑顔で聞いてくる廣瀬に、るっせ、とだけ返す。

 じゃあなんで俺に罰ゲーム告白なんてしたんだ? 正解だと思ってたのが違って、よく分からんくなってきたぞ。


「莉沙とかにも協力してもらえるか聞いてみる? 莉沙嫌がらせとか嫌いだから相談したら絶対力になってもらえると思うんだけど」

春原すのはらさんにまで迷惑をかけてしまうのはちょっと。おふたりに迷惑をかけるのも本当は嫌なんですけど」


 そう言う若宮さん。あーしさんの名字って春原だったのか……。さて、どうしたものか。

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