第21話

 長いと思っていた大型連休は、あっという間に終わりを迎え、また学校が始まる。

 篠崎の件が気になっていた俺は、少し早めに家を出て、早く出た分だけ早く教室に着いた。

 連休明けということで、教室内からは連休中の話ばかり聞こえてくる。

 俺が気にしている件の当事者たちはまだ来ていないようで、早めに教室に来てしまったことを少しばかり後悔しながら机に突っ伏す。疲れが抜けきっていないのか、少しばかり眠気が襲ってくる。

 ここで寝てしまうと、本当に何のために早く来たのか分からなくなってしまうし、と自分に言い聞かせ眠気を払う。

 それから間もなく教室内が騒がしくなる。目を向けてみると、あーしさん一派の中に髪を茶色に染めた若宮さんが混じって教室に入ってきたところだった。前の席にはいつの間にやら篠崎が座っている。


「お前、いつの間に来たんだ?」

「ついさっきだよ。菜々香と一緒に来たんだが、昇降口で菜々香が春原たちと話し出したからな」

「茶髪ってお前の趣味?」


 思いっきりむせる篠崎。飲み物飲んでるときに聞いた方が面白かったな。まあ、こっち向いて吹き出したらぶん殴る自信があるけど。

 いつの間にやら、あーしさん一派から離脱していた若宮と廣瀬がこちらにやってきた。


「おはよう二人とも」

「雨音君、おはよう」

「ああ、おはようさん」


 何かあったか聞こうと思ったが、篠崎の話では一緒に登校してきて、そのあとはあーしさん一派の中にいたんだし、まだ何も起こってはないよな。

 少し雑談でもしようかと思ったところで、クラスの女子が俺ら、というか篠崎と若宮の周りに集まりだす。どうやら質問攻めの時間らしい。席を離れどこかへ行こうと思っても、身動きすらまともに取れない。これもう、うちのクラスの女子だけじゃないでしょ。どんだけ人気なんだよ篠崎は。



 午前中は休み時間になる度に、篠崎と若宮の周りに人だかりが出来ていた。人気者というのは大変だなぁ、と他人ごとに思いつつ、俺は休み時間が来るたびに教室から避難した。

 さすがに疲れが抜けきっていない体で、あの人数にもみくちゃにされ続けたら、きっと俺は大変なことになってしまう。



「あー、疲れた」


 午前中の授業をこなして昼休み、俺、篠崎、廣瀬、若宮の4人は若宮の提案で中庭の端の芝生の部分にレジャーシートを敷いて集まっていた。

 どんなメンツだよ、陰キャ、イケメン、ギャル、優等生って。異色すぎて一周回ってありに見えるレベル。いや、やっぱ無しだな。


「モテると大変だな」


 ここに来る前に買ってきたお茶入りのペットボトルで、倒れた篠崎の頭をつつきながら、おにぎりを食する。連休明けの体で購買戦争に勝てる気はしなかったので、今朝朝食の余りで作ってきたものだ。


「雨音は休み時間になる度逃げてたから知らないだろうけど、めっちゃ大変だったんだからな」

「そうなるのがHRホームルーム前の段階で分かったから逃げたんだよ。で、どうだい若宮さんの方は」


 皆が意外なものを見る目でこちらを見る。なんだよ、俺が人の心配をするのがそんなに意外か? もう人の心配するのやめようかな。


「雨音君って意外といい人?」

「そうだろ。こいつあんまり人と喋んないから、勘違いされやすいんだけどな」

「ひでぇ。まあ人とそんなに喋らんのは認めるけど」

「雨音もこの間みたいにちゃんとすれば、それなりにモテるだろうに」


 この間というのは、篠崎たちのデートに俺と廣瀬が遭遇した時の事だろう。確かにあの時は母さんと祐奈の指示で、髪を整え、背筋伸ばして、他にも色々やってたが、それだけでモテるようになるとは思えないし、午前中の篠崎を見てるとモテるのはモテるので面倒くさそうだから、毎朝その苦労をしてまでモテようとも思えない。


「ななちゃんの方は今のところ大丈夫だと思うよ。質問攻めにされてた時も莉沙がサポートしてくれてたし、表立ってみたいなことはできないと思う」


 あーしさん効果すげぇな。あーしさん頼ろうぜって提案した俺が思うのもなんだけども。


「莉沙さんすごい良い人だよね」


 もうあーしさんの事名前呼びしてるし、廣瀬はあだ名とか使っちゃうの? すげぇ、女子ってなんでこんなに距離が縮まるのが早いんだ? 他派閥とはドロドロだから団結を強めるため?


「俺の事をサポートしてくれる親友はどこにいるんだ?」


 さっきから、ちらちらとこちらを見てくる篠崎は、俺が毎回逃げたことを根に持っているようだ。


「俺はあーしさんほどいいやつじゃないし、この手のは専門外だ。あんまり言うと月末の中間は知らんぞ」

「雨音はめっちゃいいやつだよな。いつも俺を助けてくれる。最高の親友だぜ!」


 ものすごい速度の手のひら返しだ。そのうち、こいつの手首ねじ切れたりするんじゃないか?


「壮太のせいで嫌なこと思い出しちゃったじゃん」

「いや、待て、俺は悪くない。試験如き、日々勉強してればなんも怖くないだろ。勉強しない方が悪い」

「っていうか壮太、私の事名前で呼ばないようにうまく回避してるでしょ」


 さて、何のことだかさっぱり分からないなぁ。おいこら、そんな目で人を見るんじゃないぞ、篠崎に若宮さん。


「ちゃんとしないとだめだよ雨音君」

「そうだぞ雨音」

「るっせ」


 そう言ったところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 嫌な奴だと思っていたが、実は困ったときに俺を助けてくれるいいやつなのかもしれない。救世主が昼休みの終わりを告げるチャイムって嫌だな。

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