第18話

 小さな子供が目をアイマスクで隠し、麺棒より少し長いくらいの棒を持ってスイカを目指す。何人目の挑戦者だろうか。


「あれで割れるのか?」

「分からんけど、子供が振り回す前提なら、あれが最高の装備なんじゃない?」

「いや、割と何でも割れるみたいだよ」


 そういって芽衣はこちらに携帯の画面を向けてくる。携帯で再生されている動画では、新聞紙を棒状に丸め、ビニールテープで巻いたもので子供がスイカを割っている。


「子供が超人とかそういうのじゃないのか?」

「なんか、スイカの置き方みたいだよ。ヘタの方の皮が分厚いから、ヘタの方を下にすると簡単に割れるみたい。ほら、言ったそばから割れてるよ」


 少年が振りかざした棒は見事スイカに直撃。スイカはあっさりと、そしてきれいに二つに割れた。割られたスイカは店主が回収し、切り分けられていく。

 達成感に浸る間もなく、スイカを持っていかれたときの少年の顔は、しばらく忘れられそうにない。強く生きるんだぞ、少年。

 スイカの盛り付けが終わったのか、スイカ待ちの列がだいぶ進む。もう1個割られれば俺らもスイカにありつけそうだ。


「見てると俺もやりたくなってくるな」

「手刀で?」

「ななちゃん、いくら篠崎君でもそれは無理でしょ」

「小さめのならもしかしたら」

「いや、篠崎が手で割ったのを、篠崎以外の誰が食いたがるんだよ」

「それもそうだな」


 またスイカが割られたようで、俺たちのもとにも盛り付けられたスイカが渡される。


「こうも丁寧に一口大に切り分けられてると、齧り付くって感じじゃないからスイカ感薄いな」

「なんだよスイカ感って」

「スイカっぽくないスイカの食い方じゃん。なんていうか、上品すぎる」


 上品すぎるって、おい。何、スイカって上品に食っちゃいけないのかよ。まあ、多少上品さが損なわれても、くし形切りしたのの皮持って齧り付く方がスイカっぽいか。


「でも種はあるし、やっぱりスイカだよ」

「一口大のせいで、種食べそうになる頻度は上がったな」

「種食べそうと言えば、スイカの種食べたらへそからスイカの芽が出てくるみたいな話あったよね」

「ああ、あるね。拓弥と朱莉がそれ間に受けちゃって、いっつもびくびくしながらスイカ食べてるよ」

「別に食べたところで何も問題ないんだけどな。どうせ消化されないし」


 なんかこのスイカの種食べると、へそから芽が出るって話の元ネタは色んな説があるらしいけど、何が理由でこんな話が流行って、残り続けてるんだろう。


「えっ、それ嘘だったのか」

「食べ過ぎると消化器官に少し負担がかかるかなくらいだぞ。気付かずに生きてきたのかよ」

「ああ、全く気付かなかった。というか、めっちゃ信じてたわ」


 いったい篠崎はどういうところで育ってきたんだろうか。小学生の頃とか、同じクラスに一人はいただろ。給食でスイカが出てくると種わざと食べて、へそでスイカ育てるんだ、とかいうやつ。結局、芽すら出なかったって、学級日誌に書くところまでがセット。


「マジで?」

「大マジだよ」


 さっきから、まじめな顔で信じてた、と言う篠崎をみて、若宮さんが爆笑している。


「あーもう、やめてよ、お腹痛い」

「ちょっと菜々香さんや、そんなに笑わなくても良くない?」

「篠崎君には悪いけど、爆笑レベルだよ」


 女性陣に笑われ、こちらに救いを求めるような目を向けてきた気もするが、目を合わせないでおこう。


「この後どうする?」

「一応水着に着替えたわけだし、多少泳ぐか。雨音しか泳げないけど」


 スイカの入っていた容器を片付け、俺らは海へ入る。遊ぶのにちょうどいい浅いところは、いかんせん人が多い。かといって、俺以外泳げないので、人が少ない足の付かなくなるところには行けないのだが。


「なあ、海って何すればいいんだ」

「確かに、何すればいいの?」


 俺と芽衣の視線は提案者たる篠崎の方を向く。


「漫画とかだと、海水をかけあうとかしてるけど」

「なんでだろう。字面にすると全然楽しさを感じられない」

「ちょっ、みんな波来てるよ」


 若宮さんが俺らの背を指してそう言う。確認しようと振り向いた瞬間、大きめの波にそろってのまれる。

 そういえば、この時間くらいから波は高くなるんだっけか、などと考えながら、何とか顔を水面に出す。そして他の面々を探すと、ぷはぁ、という効果音が似合いそうな感じに3人とも出てきた。


「無事か?」


 揃ってゲホゲホとむせてから、一人ずつ返事をしてくる。


「派手にやられたな」

「でも、海で遊んでるっぽさはあったろ」

「海で遊ぶのってそんなにアレなのかよ。ってか口の中しょっぱい」

「そりゃ海水だからしょうがないな」


 再び大きな波がやってきて、飲まれそうになると、腕に何かが触れる。


「その、私泳げないから」


 芽衣が最後まで言い切ることはなく、波にのまれる。


「大丈夫か?」


 腕にぴったりとくっついている芽衣に聞く。


「うん」

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