第19話

 波がじわじわと高くなり、遊ぶには向かなくなってきたので海から引き上げ、着替えを済ませると、片付けをしながら女性陣を待つ。その間にもどんどんと砂浜の人は疎らになっていく。


「ようやく片付け終わったな」

「だな。なんか食っとく?」

「いや、どうせ二人が来たら、すぐ移動して食うことになるしいいだろ」

「それもそうか」


 この間のプールのようにすぐ戻ってこなくていい、とは言ってあるので、しばらく待つことになりそうではあるが。



 片付けが終わってから待つこと十数分。篠崎との話題もつきかけてきたところで、着替えを終えた若宮さんと芽衣が戻ってきた。


「ごめん、お待たせ」

「更衣室めっちゃ混んでた」

「いや、時間がかかるのは分かってるし、前も言ったと思うが、いくらでも待っててやるから」

「うん」

「じゃあ、行くか」


 喋りながら先を行く篠崎と若宮さんを追うように、芽衣とともに歩いていると、ふと、左手が芽衣の右手に触れる。芽衣の方を見ると、前の二人がしているのと同じように手が繋がれる。


「えっと、芽衣さん?」

「嫌、だった?」


 その言い方はずるいだろ。俺は答える代わりに、繋がれた手を握り返した。



 歩くこと約十分。大通りに出ると、周りを歩いている人の数はずいぶんと増え、同じ方向へと人が流れている。その流れに流されるままにさらに少し歩く。潮の匂いだけでなく、バターやしょうゆのこげる匂いがし始め、耳には人の喧騒だけではなく、太鼓をたたく音が一歩進むたびに近づいていく。


「夏祭りの会場についた訳だが、どこから回る?」

「とりあえずご飯食べたい」

「そうだね」

「まあ、昼少なかったし、時間的にもちょうどいいか」


 公園の入り口からまっすぐ伸びる道に沿って配置されている露店から、適当に食べ物を探す。目に付いたのは、から揚げ、焼き鳥、じゃがバター、たこ焼きと並ぶ露店。その奥には、綿菓子や水あめといったお菓子系も並んでいる。食が一塊になっている区画らしい。

 適当に気になるものを買っていく。財布の中身の減りが早いが、雰囲気代ということで、しょうがないと割り切って払う。この間母さんが来た時に、夏休みの予定を洗いざらい吐かされたが、おかげで財布の中身が潤ってたから助かったが、いつもの小遣いでは、たこ焼ひとパック買うのすらためらってただろう。


「雨音は結構買うんだな」

「母さんが金くれたからな。俺の金だったら多少はケチってた」

「羨ましいわ。俺の親は金くれないから」

「俺だっていつもは貰えないぞ。今日はほら、芽衣がいるから」


 篠崎は俺の状況を察したようで肩に手を置いてきた。やめろ、俺を憐れむのはやめてくれ。


「私がどうかした?」

「いや、俺あんまり遊びに行ったりしないから、親に今日の話をしたときに、親が珍しく金くれたって話をしてたんだよ」

「なるほどね」


 公園の端へと移動し、まず買ったばかりの焼き鳥に手を付ける。焼き鳥は祭りでもないと食べないから、食うのはだいぶ久しぶりだ。そういうのもあって、1本100円とだいぶ高かったが、つい5本も買ってしまった。


「焼き鳥めっちゃ食べるじゃん」

「こういうところでもないと、食べないからな。1本食べる?」

「えっ、いいの?」

「いいよ。右から順にタレ皮、タレ皮、塩皮、塩皮、今食べてるのがタレ皮」

「皮しかないじゃん。壮太は皮好きなの?」

「焼き鳥なら皮が一番だな」


 まあ、昔食べたときにそう感じてから、食べられるときは皮しか食べてこなかったし、今の味覚だと他ののほうが美味しく感じたりするかもしれないが。


「じゃあ、多いタレ一本貰うね」

「おう」

「うん、久しぶりに食べたけどおいしいね」

「そりゃ良かった」


 先ほどから、芽衣の向こうに座る若宮さんと篠崎からの視線がうるさいが、これは無視しておこう。


「お返しに私のたこ焼きあげるね」

「ああ、うん。ありがと」


 芽衣の差し出したたこ焼きに、焼き鳥の串を刺そうとすると、たこ焼きが宙へと浮く。たこ焼きを目で追うと、ふー、ふー、と芽衣が冷ましている。そして、俺の口元に運ばれてきた。

 どうやら、食べさせてあげるから口を開けろ、とのことらしい。食べないと、いつまで経ってもこのまま待たれそうなので、口を大きく開いて一口で口にする。


「ああ、うん。美味いな」


 芽衣は上機嫌だが、その奥の二人は、アレで付き合ってないとか抜かすらしいぜ、男ならはっきりするべきなのにね、などと好き勝手話している。

 あえて俺に聞こえるような声で話すのやめてね。俺が常人並みのメンタルだったら、だいぶ危なかったよ。

 そんなことを考えていると、芽衣の真似をした若宮さんによって、篠崎が悶えだした。多分、猫舌なのにたこ焼きを一口で食べさせられたからだろう。中の生地もたこも熱かったし、猫舌にはたまったもんじゃないだろう。いつもなら気にかけてやったが、今回ばかりは心の中でこう言わせてもらおう。

 ざまぁ、篠崎。

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