第3話

 俺は炬燵の横にあるテーブルで芽衣と向かい合う形に座っていた。この場を何とも言い難い緊張感が支配している。手元の紅茶を飲みながら、話を振るタイミングをうかがう。

 デートのお誘いだというのに異常なほど緊張するのは、その日程とこの場所のせいだろう。

 覚悟を決めるべく大きめの深呼吸をしてから口を開く。


「なぁ、冬休みの最初の日空いてるか?」

「冬休みの最初の日?」

「ああ。試験が無事に終わればなんだが」


 芽衣が携帯で日付を確認しだしたところで、紅茶を口へと運びのどを潤す。芽衣は何の日か気づいたようで、いくらか落ち着かない様子で口を開く。


「えっと、空いてるよ」


 俺の緊張感が芽衣に伝染して、テーブルの周りは同じ部屋に気持ちよく寝息意を立てている人物が三人もいるとは思えないほどの緊張感で満たされる。カチカチとなる秒針よりも早く進む心臓の音がやけにうるさい。


「そうか……。芽衣、クリスマスイブはデートしない?」

「うん。絶対空けとく」


 力強い頷きと共にでた言葉を聞いて安堵のため息が漏れる。気が抜けながらも、ようやく普通に呼吸が出来るようになった。こんなに緊張したのは告白のとき以来な気がする。


「壮太ってば緊張しすぎ」

「いや、なんか、こっちからちゃんと誘うのも久し振りだったし、クリスマスだし、なんかあるじゃん」

「確かに。私のバイトだったり、期末試験前の勉強会で、二人っきりってのはあんまりなかったもんね」


 だよなぁと言いながら持ってきたお菓子をつまむ。頭を使ったせいなのか、ついでに、ようやく操作を覚えてきた携帯を取り出して、いくつかデートスポットを探してみる。

 煌びやかなイルミネーションに、おしゃれなお店。雰囲気の良いレストラン。電車に少し乗り継げば、結構な数の場所に行けそうだ。だが、夕方や夜がメインなうえ、稼ぎ時と踏んでいるのか値がそれなりに張ってくる。


「どこか行きたい場所とかあるか?」

「夜景とか、イルミネーションは見たいかも」

「一応は見に行くつもりだったけど、夕方以降はあちこちを回って見比べるとかにしてみる?」

「それいいじゃん」

「じゃあ、そんな感じにするか」


 メモ帳に話したことをそのまま書き込んでいく。その様子を見ながら楽しそうに微笑む芽衣を見ていると、誘ってよかったと改めて思う。


「あとは、ウィンドウショッピングしたいなぁ」

「どっか行ったりとかはいいのか?」

「それも楽しそうだけどさ、いつもの感じで楽しみたいな。来年は受験勉強でいっぱいいっぱいだろうし、高校生らしく楽しめるのって今年が最後じゃん。まあ、進学したからって出来なくなる訳じゃないけど」

「まあ、そう言われればそうだな」


 あと数か月もすれば進級することになるだろうし、そうなったら今度は受験勉強に追われてしまう。もう高校生らしく楽しめるのはあと少しか……。

 少しだけしみじみとした気分に浸っていると、それに、いいところに行くにはちょっと手持ちが、なんて芽衣が溢し、思わず笑ってしまう。

 確かに俺もお財布事情はちょっと厳しい。母さんに土下座でもしながら芽衣とのデート代をせびれば幾らかは貰えるだろうが、プレゼントで奮発し過ぎたせいで軽めの手持ちでは少しばかり心もとない。


「じゃあ、いつもデートにクリスマスっぽいことを少し混ぜるくらいにするか」

「うん。あとさ、その次の日って大丈夫?」

「まあ、平気だけど。なんかしたいことでもあるのか?」


 芽衣は小さくうなずいて視線を炬燵の方へと向けた。気持ちよさそうに眠る三人の顔を見て言いたいことは何となく分かった。


「みんな壮太と遊びたいみたいだからさ。今日は勉強会だったし、今は揃って寝ちゃってるけど」

「じゃあ、アレだな。デートの時にちょっとプレゼントでも選ぶか」

「うん、ありがとう。何が欲しいかそれとなく聞いとくね」


 気付けばデートコースを考えるためのメモ帳は、いつものような感じにまとまってしまった。なんなら、いつもよりにぎやかになりそうな感じさえする。


「よし、そろそろ休憩終わりにしよっか。せっかく立てた予定を潰さないために」

「だな。予定といっていいのかはちょっと微妙だけど」


 三人が気持ちよさそうに眠っている炬燵に戻るのも気が引けるなので、勉強道具を持ってきてテーブルで続きを始めた。またペンが文字を綴る音だけがこの空間を満たしていく。

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