第2話
「お兄ちゃん、クリスマスは芽衣さんとデート?」
少し遅めの夕飯を終えたばかりのリビング。
塾に行ってきたというのに、まだ勉強する気の祐奈に付き添って教科書を読んでいるとそんなことを聞かれた。教科書を閉じて、まあ多分と答えれば、祐奈は一瞬だけ寂しそうな顔をしてから、そっかと頷いてみせた。
「どうかしたのか?」
「友達とクリスマスパーティーでもしたいねって話をしたから、そういえばって思っただけ」
「息抜きにはいいかもな。うちでやるなら適当に作り置きしていくぞ」
「分かった」
俺の返事はお気に召さなかったようで、そっけない返事と共に問題集へと戻っていく。試験前の学生としては正しい姿なのだろうが、その姿は見ていてどこか危なっかしい。
「まあ、このままじゃ不味いって思ってるなら言ってくれ。来年の予定はまだ真っ白なんだ」
返事はないが俺はさらに言葉を続ける。
「だから、それまでに一息ついても大丈夫。なにせお兄ちゃんは現役の次席で、留年リーチの篠崎を幾度となく救ってきたんだ」
「現役の次席って言われると凄い感じが半減だね。いや、凄いんだろうけど。っていうか、大丈夫なの篠崎さん」
「知らん。けど、そんなんでも受かるんだから安心しとけ。それに息抜きしないであと2か月はキツいだろ」
小さな頷きと共にまた問題集に戻っていくが、先ほどまで感じていた危なっかしさはもう感じられない。
どうしても色々な数字や判定が気になってしょうがないのは受験生の
考えてもどうにもならない事を考えるのもそこそこに、祐奈を見習って俺も試験に向けた勉強を進める。
***
試験まで残すところ1週間。
補修の日程の所為もあって学校や、学校近くの勉強できる場所では空気が張り詰めている。というわけでやってきたのは廣瀬家。我が家で勉強会をやってもよかったのだが、ちびちゃんずからの会いたいという要望があったらしくこうなった。
いつぞやのような緊張感もなくインターホンを押すと、すぐに扉が開き衝撃が飛んでくる。
「兄ちゃん!」
「久しぶり拓弥君」
一番に出迎えてくれたのは拓弥君の突撃。若干の痛みを抱えたまま上がらせてもらえば、リビングには妹弟が勢ぞろい。
「いらっしゃい、壮太」
「ああ、うん」
ぱたぱたと足音を立ててやって来た芽衣に、お菓子を渡したところで、朱莉ちゃんに腕を引かれる。朱莉ちゃんには少し待っていてもらい、リビングにある冬の名物にふれておく。
「もうこたつ出したんだな」
「本格的に寒くなってきたからね。まあ、決め手は壮太だけどね」
「え、俺?」
廣瀬家のこたつ事情の決め手になっているとは思いもよらず、こたつと芽衣を二度見しながら間の抜けた声を上げた。
「壮太がうちに来るって言ったらお母さんがじゃあ出そうって」
なるほどと頷いてもう一度こたつに目をやれば、上にはそれぞれの勉強道具が転がっており、二人きりの勉強会とはならないようだ。
「みんなこたつに負けたし、壮太と一緒がいいって」
「俺は平気だけど、芽衣は平気なの?」
「さすがに妹弟相手に嫉妬はしないって」
「いや、そうじゃないんだけど」
補修は回避できそうか聞いたつもりだったのに、返ってきた言葉は予想外。姫野とのひと悶着以来そういった感情を隠さなくなった芽衣だが、その影響がこんなところに出てきたらしい。
「忘れて!」
「お、おう」
飲み物持ってくるからとキッチンに向かった芽衣の背中を見送り、ここに座ってくれと言わんばかりの拓弥君の隣に座る。ずっと袖を握っていた朱莉ちゃんは拓弥君の反対側に座って、自由帳とクレヨンを握っている。
「きょうはひらがなのおべんきょうする」
「おお、偉いな」
少し時間をかけてア行を書ききった朱莉ちゃんの頭を撫でてあげると、いつもの明るい笑顔を取り戻してにっこりと微笑む。どうやら、今日は勉強会だから邪魔しちゃ駄目よ、とお母さんに言われたらしく、ご機嫌斜めだったらしい。
「兄ちゃんここ教えて」
朱莉ちゃんの相手を終えれば、次に声をかけてきたのは拓弥君。見てみれば算数の文章問題。計算自体は問題なく出来ているみたいだったので、考え方だけ一緒に確認をしてあげれば、止まっていた手はまた動き出した。
篠崎と祐奈の勉強を見ながらも進めているので、試験範囲はほぼ片付け終わった問題集を適当に進めていく。正面に座る芽衣も別段詰まるところはないようで、カリカリとペンを動かしている。
一定のペースで響く文字を綴る音と、こたつの魔力が眠気を誘う。ぼちぼち休憩しようかと思ったところで、ようやくやけに静かなことに気が付いた。
「あー、寝ちゃってるよ」
正面の芽衣は黙々と問題集をこなしているが、両サイドの朱莉ちゃんと拓弥君、芽衣の横に座る唯織ちゃんは眠気に負けてしまったらしい。
「芽衣、みんな寝ちゃったけどどうする?」
「えっ、あー、寝ちゃったならそのままにしておいて。寝起き悪いから」
「おっけー。ところで芽衣、順調? だいぶ集中してたみたいだけど」
「うん。ほとんど終わったかな。壮太はどう? 二人の相手もしてたみたいだけど」
「俺も似たようなもんだよ。二人の相手も最初のうちだけだったし」
そっかとこぼした芽衣は伸びをするように立ち上がり、休憩にしよっかと声をかけてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます