第26話

 20分以上待たされた音羽の滝では、縁結びの神社と同じように恋愛はよくないだろ、ということで学業の水をいただいた。芽衣が使った柄杓を渡してきたので、それをありがたく使わせてもらったが、よく考えたら間接キスだよな。

 春先の俺ならドッキリかなんかを疑うだろうし、夏休み中の俺なら動揺しまくるだろうけど、今となってはそこまで動揺しない。いや、まあ、ドキドキはするけど。



 音羽の滝以外にも境内を散策し、それなりに満喫できた清水寺を出発した俺たちは昼休憩ののち、次なる目的地、慈照寺を目指して歩かされている。

 先発組のクラスはここで歩かされるが、後発組はバス移動らしい。視界に映る景色は相当なものだが、それはそれとして解せない。

 紅葉で彩られた哲学の道を歩いても、考えられるのはせいぜいこんなもの。哲学的なことを考えられるようにはならないらしい。なんで哲学の道って名前なんだよ。

 芽衣はあーしさん達と列の前の方で喋っているし、篠崎と若宮さんはガイドの話を聞きつつ景色を楽しんでいる。話し相手がいなくなり一人になれば、集団行動時の癖が姿を現し、歩調が少し遅くなって後方の一団からさらに数歩後ろへ。


「下から見上げるのも綺麗だね」


 莫迦なことを考えながらも景色を楽しんでいると、あーしさん達と喋ってたはずの芽衣が隣にやってきていた。


「えっ。ああ、そうだな。見下ろすのとはまた違った感じだけど、これはこれでな」


 葉っぱが降ってくるのがいいよね、といいながら自然に手を絡めてくる芽衣。それに俺も当たり前のように握り返す。


「あーしさん達との話はいいのか?」

「莉沙たちとはホテル同じ部屋だしそこでも話せるから」

「そうか、ならいいんだけど」

「それに、この景色を壮太とも見たかったから」


 さようで、と視線をそらし頬を掻く。流れるようにそういうこと言うのやめてね。不意打ちは心臓によくないから。

 清水寺で見たものとは異なり、手を伸ばせば届く位置にある色づいた景色を眺めながら、芽衣との話をお供にして、果てしなく続きそうな川沿いの道を歩いていく。



 終わりなく続くかのように思えた川と紅葉した木々に挟まれた道は、一時間に満たないくらい歩いたところで終着点へとたどり着く。そして、さらに少し歩いた先が目的地だ。


「ここは結局何がある寺なんだ?」


 着いて早々突然現れたかと思えば、いきなりそんなことを言い出すのは篠崎だ。


「銀閣だよ」


 阿呆みたいな質問に芽衣が答えると、おお、銀色のやつか、と半ば予想通りに返す篠崎。金閣に引っ張られすぎだろ。銀箔を貼る予定があったとかいう説もあるらしいけど、銀閣は銀色じゃない。


「銀色のが教科書に載ってたか? 和風で素朴な感じのやつだ」

「こういうのだよ」


 俺の説明に補足を入れるような感じで、芽衣が携帯をいじって写真を出す。


「なんか見てても面白くなさそうだな」

「それを俺らに言われてもなぁ」


 まあ、国宝とはいえ金閣に比べたらインパクトには欠けるし、すごいってなりづらいよな。

 そんなことを考えながらガイドの話に軽く耳を傾けつつ、境内を順路に沿って見て回る。ところどころ聞き覚えのある説明なのは、中学の修学旅行でもここをガイドの話を聞きながら回ったからだろう。



 ガイドの話を聞きつつ、写真を撮りながら駄弁っていると、あっという間に慈照寺の見学は終わり、駐車場で何時間ぶりだかのバスとの再会を果たした。

 ほぼ半日歩きっぱなしでクタクタになった足は、座席に座った瞬間から鉛のように重くなる。


「なんか疲れたな」

「今日はたくさん歩いたもんね」

「それな。あと、朝も早かったし」


 まあ、朝の分は新幹線で寝たし、回復してるかもしれんけど。


「温泉とか入ってゆっくり休みたいな」

「そんなにゆっくりできないと思うよ。時間決まってるし」

「マジで?」


 改めて旅行のしおりを眺めると、大浴場を使えるのは各クラス30分程度。だらだらと1時間くらい浸かってたいがそんなことはできそうにない。っていうか、女子も風呂30分なのか、無理だろ。


「まあ、基本内風呂だからね」

「なるほど、そういうことか」


 確かに、莫迦やってほかの客に迷惑かけたらアレだしな。とはいえ、旅行といえば大浴場って思ってるくらいだし、楽しみにしてたんだがな。


「自由行動の時に温泉行く?」


 ちょっとへこみながらしおりを眺めていると、覗き込むように芽衣が言ってくる。


「いや、そこまでって程でもないから」


 決して湯上りの芽衣を他の男に見せたくないとか、湯上りの芽衣見て理性が仕事しなくなるのを恐れてとか、そういう訳じゃない。ほら、自由とはいえ班行動だし、俺のために決めた予定変更するのはアレじゃん。って俺は誰に何の言い訳してるんだ。


「そう?」

「そうそう。ってもう着くのか」


 バスが止まったので、また信号か、と思いつつも窓の外を覗いてみれば、いつの間にか京都駅周辺。今日一日俺たちを連れまわしたガイドが、間もなくホテルの駐車場に着くとアナウンスを入れる。

 ようやく長い一日が終わるらしい。初日から色々あったが、まあ、修学旅行も悪くはないと思えるくらいには楽しかった。気づいたら当たり前のように隣にいる芽衣のおかげかもしれんが。

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