第25話

 15分ほどの待ち時間の末に集合写真を撮り終えた俺たちのクラスは、そこからさらに拝観のための団体入場口に15分ほど並ばされ、ようやく本堂に入ることができた。

 もちろん本堂の中も人であふれかえっており、出世大黒や錫杖といったものには、これでもかというほどの人が取り囲んでいて、触れることはおろか、その姿を拝むことすらかなわない。何とか4人で舞台からそちらへ向かおうとする人混みをかき分け、舞台の方まで足を運ぶ。

 視界に映るのは、葉を赤々と染めた木々に色づけられた山並みと市内の街並み。


「すごい」

「ああ、いい景色だ」

「絶景ってやつだな」

「うん」


 なんとも見ごたえのある景色に、しばらく釘付けになる俺たち。なんとなく、建立当時から今に至るまで、どれだけの人がこの景色に魅入られてしまったのだろうか、なんて考えてしまう。街並みを構成する建物こそ時代の変化とともに変わるが、自然というのはそう簡単に変わらないのだし、良い景色なのは違いないだろう。


「ねえ、写真撮ろ」


 過去に思いを馳せつつ、呆けながら景色を眺めていると、隣からそんな声がかけられる。


「まあいいけど」


 芽衣と若宮さんを挟むように立っていた俺と篠崎は、それぞれにグッと引っ張られ、4人の距離は半分近く縮む。


「じゃあ、左手伸ばして、そう。そこね」


 芽衣の言うとおりに携帯を持った左手を伸ばし、何とかみんな入りきるように位置取る。


「はい、チーズ」


 その掛け声とともに何度かシャッターを切る。若干プルプルと痙攣しだした左腕を下ろし、じゃあ確認を、と思ったところで、今度は少し強引に右腕を絡められる。


「はい、チーズ!」


 未だに状況が把握しきれていないが、左手で申し訳程度のピースを作る。パブロフの犬が如き条件反射だ。芽衣と付き合い始めてからすっかり身になじんでしまった。そのうち、チーズって言葉だけでも反応しちゃうんじゃないのってレベル。なんかめっちゃ生活が大変になりそうだけど。

 先ほどの俺とは違い一度の軽いカシャっという音で撮れた写真の確認を終えた芽衣と共に、舞台の前列を譲り同じようなことをしている二人を待つ。


「みんなで撮ったのどんな感じ?」

「ほいよ」


 携帯のロックを解除してそのまま芽衣に手渡す。世の中のカップルには携帯を見せる見せないでひと悶着あり、それがきっかけでなんて話もあるらしいが、俺には見られて困るものがない。

 今まで暇つぶし機能付き目覚まし時計だった携帯には、家族旅行での写真が何枚かとって、いや、新幹線での写真あるじゃん……。寝顔取られるのが嫌な奴もいるみたいだし、アウトなんじゃない? 思考がそこに至った頃には時すでに遅し。おー、いいね、と続いていた言葉が途切れる。


「あのー」


 怒っているのか、俺の声に耳を傾けることなく俺の携帯を操作し始める芽衣。


「こういうのはちゃんと許可取ってよ。いい感じのだから今回は不問にするけど」

「ああ、すまん」


 消されてしまったか、そう思いながら返された携帯を見てみると、画像は一枚も消されておらず、むしろ増えてる。増えたのは先ほど撮った写真だ。


「待たせた。下行こうぜ」

「おう」


 俺の携帯で芽衣は何をしていたんだ、と考えていると、ようやく撮影を終えた篠崎と若宮さんがこっちに合流する。経路に沿って見学していると、縁結びで有名な神社の横を通ったが、今回は素通り。

 あれ、寄っていかないのか、と言いかけた篠崎の口をふさいだ俺ってばマジファインプレー。MVPもらえるレベルまである。MVPとか実はよく分からんけどいい活躍した人に贈られるものだし間違っちゃないだろ。

 カップルで縁結びスポットに行くのは、今の相手に不満があるとか、そういうアレだと神や相手に捉えられたり、別れるという噂があったりするらしい。まあ、行く前に祐奈が教えてくれたことだけど。

 そういえば、われらが宮野先生がいなかったな。女子たちと一緒に縁結びの祈願しまくってそうなイメージだけど。そんなことを思いながら、拝観経路に沿ってふらふらと散策をし、音羽の滝の方へと降りていく。


「すごっ、めっちゃ混んでる」

「遊園地の人気アトラクションかよってツッコミたくなるな」

「遊園地ならファストパスとかあるだけマシなんだよなぁ」

「風情がないよ和也君に雨音君」


 そう言いつつ、とりあえず列に並んでしまう。並んだら何が出来るのか知らないけど。登山家が山を見れば登りたくなるのと同じで、日本人は列があると並びたくなるのかもしれん。


「なあ、清水から飛び降りるみたいな言葉あったよな」


 列に並んでいる途中、篠崎が上に見える本堂を眺めながらそんなことを聞いてきた。


「あるな」

「飛び降りたら死なない?」

「死ぬだろうな」

「じゃあやっぱり、自殺するぜって意味なのか?」

「違うから。まあ、あそこから飛び降りるような必死の覚悟で物事にあたるとかそういう意味だ」


 自殺するぜってそんなもんをことわざにするなよ。ちょっと風流な言い回しかもしれんけどさ。

 そんな莫迦な話をしながら列が進むのを待つ。携帯でいろいろと調べてた芽衣曰く、この列に並ぶと滝の水が飲めるらしい。三つそれぞれに学業、恋愛、長寿とご利益があるらしい。縁結びの神社といい、恋愛にまつわるもの多いな。

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