第24話

 カシャっという音が聞こえ、目を覚ました。芽衣が寝てから手持ち無沙汰になって、気づいたら寝ていたみたいだ。とりあえず、通路に転がるアクロバティックな寝相を披露するようなことにならなくて良かった。

 莫迦なことを寝ぼけた頭で考えだすと、何となくボーっとしていた頭がいつものように動き出す。そのせいか右肩にかかる重みと、ふわりと鼻を突く甘い香りについて深々と考えそうになる。


「ようやく起きたか」


 前の座席の背もたれ越しに、篠崎が携帯を構えて姿を現した。


「2時間ちょっとの移動のうち7割寝た感想はどうだ?」

「眠気は飛んだな」

「まあ、これだけ仲睦まじく寝てたら眠気も飛ぶだろうな」


 こちらに向けられた携帯の画面には、腕を組んで寝ている俺と俺の肩を枕にして気持ち良さそうに眠る芽衣の姿。

 芽衣が肩を枕にしているのは分かっていたが、こんなに幸せそうな顔で寝てるのか。ってか、この写真めっちゃ良いな。篠崎の携帯に保存されているのが憎い。いつものように文句のひとつでも言いたいが、芽衣が寝ているので声を荒げることも、携帯を奪うこともできない。


「そっちの携帯に送るし、こっちからは消すからそう怖い顔すんなって。まあ、彼女の寝顔の写真を他の男が持ってるのが嫌なのは分かってるから」

「お、おう」


 やけに物分かりの良い篠崎に驚いていると、ポケットに入れた携帯が震えた。芽衣を起こさないよう慎重に携帯をポケットから取り出すと、先ほどの画像がメールに添付されている。いやー、いいものを貰った。後で篠崎になんか奢ってやろう。



 篠崎からいいものを貰い、小声で適当な話をしつつ芽衣の髪をなでていると、間もなく目的地に着くといった旨の車内放送が入る。

 どうやら気持ちよさそうに眠る芽衣を起こさなきゃならん時間らしい。適当な話をしていた篠崎は、窓に寄りかかって寝ているらしい若宮さんを起こしている。寝起きの機嫌はよくないらしく、苦労しているのが聞こえてくる声からわかる。しかし、俺もそうだが、起きてる連中の声で騒々しいのによく寝れるよな。


「おーい、芽衣」


 先ほどまで頭をなでていた、寄りかかられていない左手で芽衣の腕を軽く揺すってあげると、むーっと小さく唸り、軽く目をこする。そして、手で隠すように小さく欠伸した芽衣は、ばねのように体を窓の方に動かす。


「おはよ、芽衣。よく眠れた?」


 警戒するように思いっきり距離を取られたことへのショックを隠しながら、努めて自然に聞いてみる。


「えっ、あっ、うん。おかげさまで。それより思いっきり寄りかかって、枕にしちゃってごめん」

「別にいいけど。それでよく寝れたなら」

「う、うん」


 なんだか似たようなくだりを文化祭前にやったな、としみじみ思い出しつつ、鏡とにらめっこする芽衣を眺めた。



 2時間以上かけた新幹線での移動が終わり、降り立った京都の駅では、肌寒さが俺たちを迎える。家を出た早朝ほど寒いということはないと思うが、深まっていく秋を感じさせる寒さがある。そんな寒さから逃げるようにバスへと乗り込んだ俺らが最初に訪れるのは清水寺だ。歩いても行けない距離ではないので、バスを使えばあっという間の移動になる。



 少し遅めとはいえ、紅葉のシーズン。だだっ広い駐車場にはこれでもかというほど観光バスが停まっている。駐車場でこれなんだから、本堂はさぞ混んでいることだろう。


「人、すごいね」

「まあ、京都でも人気の観光スポットだし、しょうがないだろ」

「壮太は人混み大丈夫そう?」

「まだ平気だ」


 まだ本堂には到達しておらず、駐車場から歩いて坂を上っている途中。ところせましと両サイドに並ぶ土産物屋に、これでもかと向こうから流れてくる人の波。何となく京都だなぁ、と思いながら芽衣と話しつつ先を行くガイドさんを追うように歩く。ちょっとでも気を抜くとはぐれてしまいそうだ。

 置いていかれないように、人込みをかき分けながら何とか坂を上りきり、ようやくそびえ立つ門の前に来たかと思えば、修学旅行おなじみの集合写真の時間らしい。とはいえ、ここはそういうスポットらしく、他の学校の制服に身を包んだ同じ歳くらいの生徒たちが一足先に集合写真を撮っていた。だからといって集合写真がスルーされるわけはなく、道の端で待たされる。


「人ばっかだな」

「前来た時だって似たようなもんだったろ」

「それもそうか」

「前来た時って中学生の頃?」

「そうそう」


 まだまだ待たされそうだと思ったのか、話しかけてきた篠崎と前に来た時のことを思い出していると、同じように暇を持て余した芽衣も話に入ってくる。


「どんな感じだったの?」

「割と普通だったとしか。なあ、篠崎?」

「まあそうだな」

「中学生なんてそんなに自由じゃないだろ。ほとんどクラス行動だし」

「確かにそうだったかも」

「まあ、今回は相当自由なんだし、気になったところに寄り道したり、行き当たりばったりな感じで色々やれたらいいな」

「そうだな。まずは何から食べようか悩むぜ」


 篠崎の言葉に思わず芽衣と顔を合わせて笑ってしまう。紅葉が綺麗なこっちに来てもなお、駅前の喫茶店で軽く計画した時から、篠崎の食いっ気は変わっていないらしい。

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