第23話
いつもの駅前で、すっかり冷え切った体を自販機産のココアで温める。
ようやく暑い夏が終わって過ごしやすい秋が来たかと思えば、日のない時間はすっかり冬のものになっている。この国の四季は素晴らしいとかいう主張についてはおおよそ同意できるが、均等に割り振ってほしい。過ごしづらい夏と冬の主張が強すぎるのはおかしいだろ。
莫迦なことを考えつつ、欠伸を噛み殺しては、甘ったるいココアを啜っていると、キャリーケースを引いた芽衣がやってきた。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや、まだ約束の時間じゃないし、俺が勝手に早く来ただけだから。まあ、おはよう、芽衣」
「うん。おはよ、壮太」
「じゃあ、とりあえず」
そう言って、いつものように手を差し出すと、芽衣の手柔らかくも若干冷たい手が重ねられる。
「あー、いや、荷物持とうと思ってだな」
「えっ、あ、ごめん……。お願い」
顔を赤らめ、慌てて俺の手を放し、荷物を申し訳なさそうに渡される。国内三泊四日にしてはデカい気がするし、重たそうなキャリーケースを受け取ってその上に俺の荷物を載せる。キャスターの偉大さに感動しつつ、ようやく鞄から解放された肩を回してホームへと向かう。
「寝不足か?」
揺れる電車内で噛み殺すのを忘れ、大きく欠伸をした芽衣に声をかける。
「昨日の夜なかなか寝付けなくて」
「じゃあ寝るか? 肩とかなら貸すぞ」
遠足前に眠れなくなる子供みたいな側面に微笑ましさを覚えつつ、そう提案してみる。新幹線の駅までは乗り換えもないし、それなりの時間電車に揺られることになるから、仮眠を取るにはいい感じだろう。
「いや、さすがに悪いよ。壮太だって眠いでしょ」
「まあ多少はな」
「私が起こしてあげるから寝てていいよ。新幹線でも寝れるし」
「いや、俺が」
そこまで言ったところで、視線が重なり思わず笑ってしまう。それからはお互いの眠気を誤魔化すために、お土産は何にしようか、気が早すぎるだろ、といった感じの他愛もない話をした。
他愛もない話をすること四十分ほど。ようやく学校指定の集合場所になっている駅にたどり着く。ぼちぼち増えてきたスーツに身を包む人たちの中に、お馴染みの制服を着た生徒たちもちらほらと見え出てきた。わざわざ集合場所までの道を調べるのも面倒なので、制服姿の後をだらだらと追う。
「芽衣ちゃん、雨音君こっち」
集合場所に付くと、それなりに生徒が集まり談話にいそしんでいた。そんな連中を眺めつつ、うちのクラスはどこだろうと探そうとしたところ、手を大きく挙げて俺らを呼ぶ若宮さんが。
「ななちゃん早いね」
「まあ、生徒会だし」
「それもそっか。そういえば篠崎君は? 一緒じゃないの?」
「和也君は朝ご飯食べそびれたから駅弁買ってくるって、ほら」
噂をすれば何とやら。駅弁を持った篠崎がこちらにやってきた。
「結構種類あったから迷っちゃったよ。って、ようやく来たかお二人さん」
「おう」
「さっき着いたの」
「まあ、遅刻とかしなくて良かったな」
「ああ、とりあえず一安心だ」
周りに倣い、広がりながら適当に雑談をしていると、7時を告げる駅のチャイムが鳴った。何となくできていた列がしっかりと整えられていき、班単位での点呼がはじまる。
誰がいない、この班がいない、といったことが他のクラスではあったようだが、間に合わなかった生徒をいつまでも待つことは出来ないといる者たちだけで入場していく。間に合わなかった生徒は、後発組の席が空いたらそれで来れるが、そうでない場合、自腹で追いかけるか、帰るかの二択を迫られるらしい。その確認のために残される先生を哀れに思いつつも、すでにやってきていた乗車予定の新幹線に乗り込む。
一列五席とどんなグループでも使いやすいように計算された座席だが、四人一班だったり、いつものグループといろいろなものが複雑に絡む修学旅行生には若干使いづらい。
誰がどこにどう座るのかで揉めるグループを眺めながら端の二席の方に陣取る。こういうのは座ったもの勝ちだ。前には若宮さんと篠崎が座っており、通路を挟んだ三人席側にはあーしさん一派が。
「芽衣はどっちがいい?」
荷物を棚に入れてから芽衣に聞いてみる。景色を楽しめる窓側か、通路越しとはいえあーしさんたちと話せる通路側か。正直あーしさん一派と通路越しとはいえ隣に座るのは心臓によくなさそうだから、俺はどっちかというと窓際がいいんだけど。
「寝ちゃうからどっちでもいいよ」
「なら窓際の方がいいか? バランス崩して通路にってことがないし」
「あー、そうかもね」
「まあ、向こうと話したくなったら言ってくれ。代わるから」
「ありがと」
芽衣に先に座るよう促して俺も席に着く。少し通路へと顔を出し、前の方を覗いてみると先ほど揉めていたグループも一応席についたらしい。
「なあ、席回してそっち向けていいか?」
「芽衣が寝るって言ってるし、俺も寝ようと思ってるから勘弁してくれ。朝早くて若干寝不足なんだ」
同じように少し通路に顔を出していた篠崎が振り返って聞いてきたことに小声で返すと、確かに早かったしな、と更に返してくる。それを確認したところで発車ベルのメロディが鳴り、ゆっくりと動き出した。
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