第7話

「痛すぎる、ダメだ」


 リビングで背中の濡れタオルを落とさないように、のたうち回る俺。


「お兄ちゃん、真っ赤だけど日焼け止め塗らなかったの?」

「一応塗ったけど、このザマだ」

「去年のじゃダメって書いてあるけど、新品持ってった?」

「いや、なんかその辺にあったの持ってった」

「それが原因だよ。経年劣化しやすいし、新品のを使うべしって書いてあるよ」


 祐奈が携帯を操作して、こちらに画面を見せてくる。画面には、化粧品メーカーの日焼け対策ページが映し出されている。毎年技術も進歩してるらしく、最新版を購入し多めに使うのがベターなどと書かれている。

 果たして、俺が持って行ったのは何年ものなのだろう。ここ数年使った記憶も買った記憶もないから、それ以前のだろうな。


「よくそんなんで昨日の夜寝れたね」

「疲れすぎて痛みとか感じる前に、布団で意識を手放したんだよ」


 昨日は帰ってきてからシャワーを浴びて、すぐさま布団に倒れこんだ。そして、疲れが取れてきたところで、日に焼けたところの激痛で目が覚めた。


「へー。そういえば、さっき携帯光ってたよ」

「マジで? 取ってくれ」

「しょうがないなー。はい」


 どうせ密林かスパムだろう、と思いつつ祐奈から携帯を受け取り、メールに目を通す。


「誰から? 何だって?」

「なんでお兄ちゃんに来たメール知りたがるの? まあ、いいけどさ」


 俺の背中に濡れタオルを取り換え、他の良さげな日焼け処置を調べている祐奈が聞いてくる。

 俺はここ数週間で随分と上達した携帯さばきを披露するかのように、手早くメールに返信してから祐奈の質問に答えてやる。


「芽衣からだよ。下の子たちと一緒に遊園地に行くの、いつなら都合が良いか、だと」

「お兄ちゃん、なんだかんだで芽衣さんの家族と仲いいよね。婿入りも秒読みってやつ?」

「なんでそうなるんだよ」


 いや、確かに仲良いよ。なんだかんだで、会ったことあるお母さんと姉弟全員に気に入られてる気がするし。


「相手の家族と仲が悪いと大変って聞くし、その点問題なさそうじゃん。もしかして、嫁がれたかった?」


 俺はさっきと一言一句違わず、何なら言い方すら変えず、なんでそうなるんだよ、とコピペしたように言い返すが返事はない。どうやら祐奈の中では、そういう方向で完結しているらしい。


「あー、そういえば、一応祐奈にもお誘いきてるんだけどどうする?」

「受験生だし、今回は遠慮しとくー」


 俺がじゃあ伝えておく、と言うと、そろそろお兄ちゃん離れしなきゃだし、と祐奈が付け足す。

 お兄ちゃん離れってなんだよ。俺が祐奈離れできる気がしないから、そんな物騒なことを言うのはやめていただきたい。


「あと1年半くらいすれば、お兄ちゃん家出るでしょ?」

「いや、分からん。うちから通える範囲になるだろうから」


 正直、我が家がそれなりに裕福とはいえ、ここ、親がいるとこ、俺の一人暮らし用の部屋、計3つを維持するのは無理だと思うんだよなぁ。幸いなことに、それなりの偏差値を誇り、かつ俺が気になる大学はどこも、通学する分にはここからでも苦労しない範囲にある。


「それでもだよ。いつまでもこのままって訳にはいかないじゃん?」

「まあ、そうだな。でも、兄妹ってのは変わらんだろ。俺はいつになっても、お前のお兄ちゃんだ」

「かっこいいセリフなのかもしれないけど、その格好で言われてもねぇ」

「いや、しょうがないじゃん。痛いんだし」


 まあ、確かに、上裸で背中に濡れたタオルを乗せて、床に突っ伏してるのから何言われても、その言葉に重みは感じないだろうけどさ。


「でも、確かにそうだね。お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。最近のお兄ちゃんは、今までとはすごい変わったから、このまま居なくなっちゃう気がしてた。少なくとも、今までのお兄ちゃんなら、こんなになるまで遊ぶ、なんてことしなかっただろうし」

「なんだよ、普段はもっと高校生らしくって散々言うくせに」


 思わず出た言葉に、自分でも随分捻くれてるな、と思ってしまう。


「そうだけどさぁ。なんて言うの、ダメな子が自分の知らないうちに、いつの間にか成長してた時の親の気持ちって言うの?」

「俺、お前に育てられた覚えないんだけど」


 何なら、俺が祐奈を育ててるまである。まあ、言わんとしてることはなんとなく分かるが。っていうか、俺の事ダメな子扱いするのやめてね。


「捻くれてるなぁ。芽衣さんの下の子たちに悪影響及ぼさないでよ。私はそれだけが心配だよ」

「俺といると悪影響を受けるの? そんなこと言ったら、祐奈とかもうグレちゃってるだろ」

「あー、うん、そうだねー。じゃあ、私グレてるからこのまま放置するよ」

「すまん、悪かった」


 このまま放置されても、何とかならないことはないが、部屋を出ていこうとする祐奈に、ほぼ反射的に謝る。我ながら、尻に敷かれているというか、なんというか。


「私はいいけど、そうやってすぐ捻た返ししちゃダメだからね」

「善処します」


 リビングで床に突っ伏して妹に怒られる兄。字面にすると残念過ぎる、兄としての尊厳ゼロだよ。できれば誰にも見られたくない。


「たっだいまー」


 なぜか母さんがリビングに入ってきた。そして、この光景を見てドン引きしている。言葉が見つからないほど、変な雰囲気がリビングに漂う。俺史上1、2を争うレベルで気まずい沈黙だ。

 こっちに来れない、みたいなことを言っていたが、どうしてここにいるんだ?

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