第6話
体力が持つかなぁ、という俺の不安は見事的中した。
午後は適当にまだ遊んでいないプールを回ったのだが、どこもかしこも人まみれ。午前中より人が増えたプールは凄かったし、軽く人込み酔いしたくらいだ。ちょいちょい、芽衣が休憩を挟んでくれたから良かったものの、それがなかったら今頃は救護テントの下にいただろう。
着替えを終え男子更衣室を出ると、自分でも立っているのが不思議なレベルの疲れが襲ってきた。
「ダメだ、疲れた」
「体力ねぇなぁ」
「最近はほとんど家から出てないしな。長時間日に当たっただけでも体力がっつり持っていかれるのに、めっちゃ体動かしたからな」
「めっちゃって程でもないだろ」
普段体を動かしてる篠崎からすればそうかもしれないが、冷房効いた部屋で家事するか、勉強するか、祐奈から借りたゲームするかで夏休みを過ごしてる俺にはキツい。
「日陰でアイス食いながら待とうぜ。まだまだ出てこないだろうし」
「まあ、そうだな。髪乾かしたりするのに時間かかるだろうし」
若宮さんの髪は短いけれど、芽衣の髪は長いし結構時間がかかりそうだ。何年か前に祐奈とプールに行ったことがあったが、その時は30分くらい待たされた。芽衣も祐奈と同じくらい髪が長いので、それくらいは覚悟した方がよさそうだ。
「楽しかったか?」
「まあな。けど、体力的にきつかった。ってか、そんなこと聞いてくるなんて、なんか変なものでも拾い食いでもした?」
「ひでぇな。雨音は夏休みやりたいこと決める時、何も案挙げてなかったし、どうだったか聞いただけだ」
普段ロクでもないことばかり言っているのに、顔に似合ったいい奴っぽいこと言うなよ。調子が狂うから。俺が女子だったらギャップで惚れてたまであるぞ。いや、惚れんけど。
「ところで課題の進捗どんなもんだ? そろそろ写しに始めたいんだけど」
「課題はだいぶ前に全部終わってるが、写させないからな」
「早過ぎるだろ。まだ8月の頭だぞ」
「受験意識しているなら普通だろ。芽衣もこの間8割くらい終わってたし」
「……マジで? 廣瀬さんはこっち側だと思ってたのに」
失礼な奴だ。唯織ちゃんに影響されたのもあるって言ってたが、最近はずっと真面目に勉強してるんだぞ。俺もびっくりしたけど。
「一応聞くがどれくらい進んでるんだ?」
「一ミリもやってない。分かりやすく言うと真っ白だ」
俺が唖然として言葉を発せずにいると、漂白剤を使ってないのにこの白さ、などと言ってきたのでチョップを一撃喰らわせておく。洗濯用洗剤のCM風に言っても、課題をやってないだけのダメな奴なんだよなぁ。ってかミリってなんだよ、何の単位だよ。課題の上でペンが動いた距離?
「なあ、あれ」
「どうした?」
「二人じゃないか?」
まだ、俺らが着替えを終えてから、10分経ったかどうかだぞ。流石に早すぎるだろ。
俺は篠崎の指す先、女子更衣室の入り口に目を向ける。アイスはまだ半分近く残っているというのに、女子更衣室から待ち人の2人が現れこちらに元気よく駆け寄ってくる。
「お待たせ」
「お待たせ二人とも」
マジかよ、早いな。
二人の髪は日の光を浴びて宝石のように輝いている。さしずめ水も滴るいい女、とでもいったところか。
「人違いじゃなかったみたいだな」
「早かったな。時間足らんかったろ、芽衣なんて髪全然乾いてないし」
「いや、私だけの為に待たせるのは悪いなって思って」
「まだ日が暮れたりはしないし、俺は体力の限界が近いから少し休めた方がよかったんだがな」
「じゃあさ、芽衣ちゃん。私達もアイス食べない?」
「いいね! 何食べよっか」
二人がすぐそこにある自動販売機でアイスを買ってきて、ベンチに座る。篠崎の隣には若宮さんが、俺の隣には芽衣の順だ。
「あんま見ないで。顔ほとんど何もやってないから」
「ああ、うん」
今日はいつものような派手な化粧じゃなく、薄っすらされている程度だったから、分かりにくいが、確かによく見ると今は化粧もしていないようだ。どんだけ急いできたんだよ。別に俺なら、いくらでも待つっていうのに。
芽衣の長くて綺麗な金髪は、ほとんど乾いてない。このままじゃ髪を痛めそうだし、風邪をひきそうだ。そう思い、カバンから使っていないタオルを取り出す。
「えっ、なに?」
「使ってないやつだから安心しろ。流石にそのままだと風邪ひくから」
右肩に触れてシャツを濡らす髪をやさしくタオルで包み、髪についてる水滴を吸わせてやる。
「う、うん」
顔を真っ赤にして、まだ半分近く残っているアイスを一気に食べると、自分でもタオルを使って髪について水滴を取り始める芽衣。
「ねえ、和也君」
「疲れが振り切って、妹にやってるような感覚なんだろ。疲れが振り切れると雨音はバグるから」
「バグるっていうレベルなの? っていうか大丈夫、芽衣ちゃん?」
「壮太めっちゃうまいし、髪は大丈夫だけど、心臓が大丈夫じゃない……」
芽衣の髪がだいぶマシになる頃には、日も少し傾きかけていた。
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