第5話

「どうだい調子は?」


 買ってきた飲み物を若宮さんに渡してから、少し距離を取って座る。


「もう全然平気よ。半分演技だし」

「人が心配してやったってのに、アレだなぁ」

「まあ、そうでもしないと二人で話すなんてこともなかっただろうし」


 え? 何言われるの? 若宮さんとは一対一で話すことなかったし、誰かの前じゃ言いづらい話なのかって思うと怖いんだけど。

 とりあえず、落ち着くために買ってきたジュースを一口飲む。甘ったるさが口いっぱいに広がり、脳に糖分が補給されていく気がする。


「芽衣ちゃんのことどう思ってるの?」


 不意打ちのように発された一言に吹き出しかけた。何とかジュースを飲み込んだ俺を誰か褒めてくれないだろうか?

 しかし、俺が芽衣をどう思っているか、か。うまく言語化できないが、悪くないと思っているのは事実だ。一緒にいて居心地がいいと思ってもいる。ただ、いまいち整理できてない。芽衣が今まで出会ってきた女子たちと違うのは、確かに分かってはいるが、俺があと一歩を踏み込めない、といったところか。


「悪くない、くらいには思ってるんでしょ」

「ああ、それどころか、一緒にいて居心地がいいとすら思ってる。ただ、なんて言うんだ」

「まっすぐな好意に戸惑ってるとか?」

「当たらずとも遠からずって感じだな。言葉にするのが難しい」


 なるほどねぇ、と相槌を打ってくれる若宮さん。篠崎と芽衣は性格とか似ているし、篠崎から告白された若宮さんは、なんか似たようなことを思ったのかもしれん。


「まあ、あれだ。ちゃんと答えは出すつもりだ」

「それならいいんだけど、逃げちゃダメだよ」

「逃げるも何も、外堀埋まり切ってるような状況でどうするんだよ」


 俺は首から下げてる防水ケースの中から携帯を取り出し、連絡先のページを見せつける。そこには芽衣、唯織ちゃん、芽衣のお母さんの連絡先がある。さらに操作して、芽衣のお母さんから今朝送られてきたメールを見せる。


「うわぁー。もう家族として受け入れられてるじゃん。答えなんて決まってるようなもんじゃん」

「それでも流された訳じゃなく、自分の意思で答えだしたいからな」

「ふーん、ところでこの間、告白でもされた?」


 飲んでいたジュースが器官に入り、おもいっきりむせる。


「なに? 図星? 普段なら適当なこと言ってはぐらかすのに、やけに素直な物言いだったからそれくらいされたのかと」

「いや、そうじゃないけど。おっと、話はここまでみたいだ」


 息を整えてからそう言う。俺の視線の先にはスライダーを終えて戻ってきた芽衣と篠崎がいる。


「二人とも調子はどう? 大丈夫?」

「俺は平気だ。5分と経たずに回復したし。スライダーまだ行きたいなら俺も行く」


 じゃあ、2人乗りの行こ! と言って一足先を行く芽衣の後ろを付いて行く。ふと、後ろを振り返ると、若宮さんが満足そうな顔でこちらを見ていた。とりあえずは及第点は取れたらしい。



「ねえ、これ大丈夫?」

「行けるって」


 前のカップルめっちゃ悲鳴上げてるんだけど。しかも、さっき乗ったやつより見るからにコースがキツい。トンネルじゃないところも結構あるが、カーブとその前後がトンネルのせいで、上から見ると何となくヤバさが伝わってくる。


「私が前乗るよ?」

「ああ、うん」


 俺と芽衣が浮き輪に乗り込むと、先ほどと同じように従業員がグイっと浮き輪を押して、俺らをスライダーに流す。カーブに差し掛かるたびに、視界は光を通したプラスチックで埋まり、体は浮き輪ごと思いっきり横を向く。

 ひたすらビビってる間に、降り口に着いていた。前の芽衣は大丈夫だっただろうか、と思い確認しようとすると、もう一回行かない? と元気よく声をかけられた。

 マジで? と思いつつ、まあ、と返事をしてしまった俺は、ウォータースライダーで芽衣と共に追加で4回ほど遊んでから、少しおぼつかない足取りでパラソルのところに戻ってきた。


「大丈夫か、雨音」

「ああ、何とか」


 正直言うと、もう1回乗ってたらマズかった。1時を過ぎて、昼食を取り終えた人が列に並び始めたおかげで助かった。でも彼らは大丈夫なのか? 飯食った後すぐに乗るものじゃないと思うんだけど。


「じゃあ、いいんだが。とりあえず飯食おうぜ」

「まあ、なんか軽くでも食べときたいな。買いに行くなら適当に買ってきてくれ」

「おっけー。適当に買ってくる」

「待って、和也。私も買いに行く」

「おう」


 仲良く飯を買いに行ったカップルを眺めていても、虚しいだけなのでパラソルの下のラウンジチェアに横になる。


「楽しかったね、ウォータースライダー」


 もう一つのラウンジチェアで、同じように横になっている芽衣が話しかけてきた。


「なんかもう一生分くらい乗った気がするけど、まあ楽しかった」

「少ない、一生分少ないよ」

「そうか? もう十分すぎるくらい乗ったんだけど」

「無理して乗ってたりした?」


 芽衣が不安そうな顔で聞いてくる。俺に無理をさせて、振り回してたかもしれないとでも思っているのだろうか。


「いや、そんなことはないが、こういうの普段しないから疲れた」

「まだ夏休みは始まったばっかだよ」


 そうなんだよなぁ。まだ、よく分からん予定がいっぱい入ってるんだよなぁ。何なら今日も、あと半日近く残っているのだ。……体力持つかなぁ。

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