第4話

「芽衣ちゃん、無事だった?」

「壮太のおかげで何とか」

「お前あんなに泳げたんだな、意外だわ」


 地上ではとにかく足が速い篠崎だが、水中では残念なようで何度か置いていかれ、ついには俺と同じように若宮さんの浮き輪につかまっている。


「まあな、一応最低限は泳げるぞ。親に泳げるようになっとけって言われて、小学生の時は水泳習ってたし。とはいえ、もう長いこと泳いでなかったし、だいぶ体が鈍ってたけど」

「そうなの? でも、さっきすごかったよ。浮き輪してぼーっとしてたはずなのに、いつの間にかいなくなってて、溺れたかと思って焦ったら、浮き輪持ってこっちまで泳いで来てて、いつの間にか私が浮き輪してるの。かっこよかったよ」


 芽衣は突然振り返ってそう言う。

 ちょっと、やめてね。そうやってやられると、バランス崩れそうになるし、近いから。

 この間の夏の暑さから来た幻覚のような宣言から、好意を隠そうともしない芽衣。まっすぐで疑いようがない好意は、この間の宣言が本気だったから疑うなと言わんばかりだ。


「しかしお前ら、いつから付き合いだしたの?」

「は?」

「いや、浮き輪に掴まりながらそんなやり取りしてるんだし」

「和也が変なこと言ってごめんね。でもまあ、そうやって浮き輪に掴まってるとカップルっぽいよね」


 そっと浮き輪から手を離そうとすると、芽衣に手首をがっちりと掴まれる。俺が手を離そうとしたのが分かったらしい。


「泳ぎたくないって言ってたじゃん。私が浮き輪取っちゃった訳だし、掴まってていいから」

「ハイ」


 どうしてこんなに、尻に敷かれている気分になるのだろうか。そして、しっくり来てるという。もしかしたら、俺の前世は座布団とかだったのかもしれん。


「飽きるなこれ」

「重力から解放されたみたいだし、快適だろ」

「他のに行こうぜ。あれとか」


 篠崎の指の先にあるのは、このプールの目玉のひとつでもあるウォータースライダー。4人乗りの大きいものから、子供向けのあっさりしたものまで、とにかく種類が豊富だ、とパンフレットには書いてあった。


「マジで言ってるの? 今から? 結構並んでるけど?」

「少ない方だろ。盆とかに来ると並んでるだけで、数時間待たされることもざらにあるって聞くし」


 マジかよ。並ぶやつすごいな。こんな酷暑だ、どうだ、と言われている昨今の夏に、特に日を遮るものもない待機列で数時間並ぶか? たかだか1回ウォータースライダーを滑るだけでしょ? 俺は並ばずに、ずっと流れるプールで流されてたいよ。


「それに昼食った後だと、お前絶対滑ろうとしないだろ」

「よくご存じで」

「じゃあ行こっか」

「早く並ぼうよ」


 俺以外は滑る気満々らしい。いつもより目も輝いていらっしゃる。


「どれに並ぶんだ?」


 スライダーの下に来たところ、いくつかのコースに分かれるようで、並ぶレーンが複数用意されている。右から1人用、2人用ショート、2人用ロング、4人用。


「とりあえず4人用でいいんじゃないか? あとはそれぞれが気になるところで」


 えっ、これ複数回やる感じなの? 確かに今は人が少ないみたいで10分くらいで滑れるみたいだけど。

 女子たちに目を向けると賛成らしく、既に4人用のレーンに並んでいる。

 多数決とかいう悪習が世界に定着しているせいで、俺も列に並ぶしかない。そろそろもっと俺に優しい感じにならないかな、少数決とかどう? いや、それだと全体の意思決定としてはダメか。

 スライダーの列に並んでみてよく分かったが、遠目で見るよりも高さを感じる。これ、登ったところから滑るの? なんかもう下手なジェットコースターなんかより、アレなんじゃないの? いや、ジェットコースターとか、そんなに苦手じゃないけどさ。


「おお、なにこれ、めっちゃでっか!」

「これ乗るのか。もはやジェットコースターとかそういう感じだな」

「浮き輪を使うのとか、そのまま滑るのは2人か1人のだよ」


 なるほどねぇ、と相槌を打っていると前の集団が滑り出した。それに合わせて、こちらにどうぞ、と言われ丸いボートのようなものに乗り込む。俺の右には芽衣が左には篠崎が、正面には若宮さんがいる。


「行ってらっしゃい」


 グイ、っと従業員の人が俺らの乗っているボートのようなものを押すと勢いよく滑り出す。最初はトンネルの中にいるので全然景色は見えないが、それなりの速度が出ていることが分かる。


「おおっ!」


 トンネルを抜けても高さはまだ結構あり、プール一帯を見渡せる。俺以外の3人も驚いたように声を上げる。その声に応じるかのように一瞬止まったように思えたスライダーだが、次の瞬間には折り返して傾斜がさっきまでとは明らかに違う。

 これ大丈夫なの? 公園の滑り台くらい傾斜あるけど。


「いやー、楽しかったな。もう一回行く?」


 全員が降りたところで、こんな莫迦を言い出すやつが若干1名。嫌だよ、あの速度でカーブにはいった時は死すら覚悟したっていうのにもう1回だって? どんな頭してるんだよ。


「正気か?」

「悪くないと思うんだけどなぁ」


 そう言う芽衣と、俺以上にダメそうで返事すら微妙な若宮さん。

 なんでこういうのに弱いのに嬉々として行きたがってたんだよ。


「二人で行って来たら? 私は一回休む。雨音君も若干参ってるでしょ」

「まあ、もうちょい優しいのならいいけど、もう一回は勘弁してくれ」

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


 芽衣と篠崎は、もう一回列に並びに行ったので、俺と若宮さんは日陰に移動する。

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