第3話

 時刻は午前10時を少し過ぎたあたりだろうか。照り付ける日差しが活力を削ぎ、肌を焼いているのが分かる。うなだれたくなるような暑さの中、待たされること5分が経とうとしていた。

 周りには俺らと同じような格好で、嬉々としている男ばかり。時折、女子更衣室から出てくる水着に身を包んだ女性たちは、待たせていた男のもとへ真っ先に向かうか、声をかけてくる男を無視してこの場を去ろうとするかだ。

 あ、また断られてる。積極的に声をかけているようだけど、誰も捕まえられていない男たちは、ついに監視員に声をかけられてしまった。


「あれにはなりたくないな」

「彼女持ちの分際で、他の女に声かけるつもりなのか? 声かけなきゃ大丈夫だろ。それに、ああいうのに声をかけさせないために待ってるんだろ?」

「そうなんだけどな、長い。もうちょい更衣室でのんびりしてても良かったんじゃないか?」

「まあ、それはあるな。このままだと熱中症になりそうだ」


 そんな話をしていると、ようやく見慣れた顔が女子更衣室から出てきた。


「お待たせー」

「ごめんね、思いの外時間かかっちゃった」


 若宮さんが身を包んでいるのは、フリルで縁取ったピンク色のビキニで、芽衣は黒のビキニ。芽衣のは若宮さんのに比べると、装飾が少なく谷間に小さめのリボンがあるくらいだ。


「どうかな? 似合う?」


 有料スペースのパラソルのもとに向かう途中、芽衣が立ち止まってそんなことを聞いてくる。

 めっちゃ似合っていると思う。装飾の少ない黒のビキニは金髪と最高にマッチしている。装飾が少ないことで、引き締まった腰回り、普段制服で分かりづらいが豊かな胸部、といった感じの完璧に近いスタイルが強調されている。少し高いところで結んで纏められた髪型は、ちらちらと見えるうなじもあってたまらない。しかし、それをこのまま声に出そうものなら、次の瞬間には横のプールに落とされているだろう。それに何より恥ずかしすぎる。


「まあ、その、なんだ、いい感じだし、似合ってる。と思う」

「そっか、ありがと」

「あっ、ああ」


 そっちから聞いてきて、そんなに顔を赤らめないでもらえますかね? こっちの方が恥ずかしくなるから。


「お前ら顔赤いけど大丈夫か?」

「あれは熱中症とかじゃないと思うよ」

「お互いにお熱ってやつか」


 一足遅れて、有料スペースのパラソルの下に着くと、先に着いていたカップルにからかわれる。


「莫迦なことを言う暇があるならって、もう空気入れ終わったのか」

「ここの空気入れ優秀でな、あっという間だったわ」


 浮き輪が二つ。がっつり泳ぐ気は誰もないので、のんびりするように用意したものだ。


「じゃあ行くか」

「雨音が自ら行動しようとするなんて珍しいな」

「暑いから早くプールに入りたいんだよ。俺だけ日陰に入れてないし」


 荷物と篠崎と若宮さん、そして芽衣はパラソルが作る日陰の下にいるのだが、俺はなぜか入れていない。否、入れる気がないんじゃないかってくらいに、篠崎と若宮さんが場所を使っているのだ。


「お前日陰に入れたら、動こうとしないだろ」


 まあ、当たらずとも遠からずなので黙っておこう。


「まあいい。雨音もプール入る気あるみたいだし行くか」


 俺は浮き輪を持って、先導する篠崎の後を追う。もう一個の浮き輪は若宮さんが持って行った。

 サンダルをさっきのところに置いてきてしまったから、とにかく足が熱くて、変なダンスでも踊っているような感じで歩いていたが、そんな熱さとの戦いも一時休戦のようで、ようやくお目当ての流れるプールに着いた。


「あー、楽だ」

「流されるのはいいねぇ」

「それなー」


 浮き輪を手にしていた俺と若宮さんは浮き輪を装備し、ただボーっと流れに身を任せている。


「ちょっと、二人とも待って」

「頼むから待ってくれ」


 浮き輪の存在に気づいていなかった二人は、泳ぐのはさほど得意じゃないようで、一歩遅れてプールの中を歩いてくる。


「ヤバい、足届くか微妙なんだけど」


 少し深くなったところで、芽衣がそんなことを言いだした。

 途中で二手に分かれるこの流れるプールは、片方は浅いが、もう片方はそれなりに深い。小柄で泳げず、何とか顔を出しているだけの芽衣にこちら側の深さは、ヤバいかもしれない。


「俺は芽衣回収してくる。篠崎待ってやれば?」

「へー、助けに行くんだ」

「せっかく遊びに来てるんだから、ああいうのは嫌だろ」


 それだけ言って、浮き輪を手に持ち、ちょっとだけ逆走。

 ごめん、監視員の人ちょっとだから見逃してくれ。そう思いながら芽衣のとこまで泳いで行って、芽衣の頭から浮き輪を被せる。


「ありがと」

「おう。でも俺も泳ぎたくないから、捕まらせてくれ」


 芽衣が使ってる浮き輪の端を掴んで体の力を抜く。浮き輪を使っている時ほどではないが、流れに身を任せられるな、悪くない。そんなことを思いつつ、少しだけ足を動かして芽衣ごと二人のところまで追いついた。

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