第2話

 両親たちのところから、愛しの我が家に戻ってきて数日。

 若宮さんが生徒会で忙しいため、当面の間予定は入っていない。課題は気を紛らわせるために、黙々とやっていたので、片付いてしまった。そんなわけで、リビングにおいてある祐奈のゲームを借りて、ソファーで寝転がってやっている。


「お兄ちゃん、そんなゴミみたいな生活するならゲーム返して」

「いや、家事終わったし、いいじゃん。誰かが来るわけでもないのに」

「来るよ、お客さん来るよ」

「え? マジで」


 祐奈の友達だろうか? もしそうならこんな駄目な兄がいると思われないように、出かけるか部屋に籠るかしなきゃならない。ただ外は暑いし、俺の部屋はエアコンさんが亡くなってしまっているから、どちらを選んでも熱中症は避けられないだろう。


「お兄ちゃんの携帯に繋がらないからって私に連絡来たんだよ。お兄ちゃんの携帯は充電切れてたし、充電される気配もなく、お母さんとお父さんのとこ行った時のカバンの底からさっき発掘されたよ」

「普段のメイン機能たる目覚ましすら、今は必要として無いから、無くても違和感無かったわ」


 どうやら、客というのは俺の客らしい。いったい誰だ? 数少ない友好関係から今日予定の無い人と脳内検索してみる。


「とりあえず、私から携帯発掘されたときに謝っといたけど、あとでちゃんと謝っといてよ。あとその格好アレだから着替えて」


 言われるがままに祐奈が持ってきた服に着替える。

 アレって言われるほどじゃないと思うんだけどなぁ、中学の頃の体操着。動きやすいし、通気性抜群だし。まあ、客人を迎える格好ではないとは俺も思うけど。


「着替えたね。ギリギリセーフだよ」


 祐奈がそう言うと、玄関の方からインターホンの音が聞こえる。ほら、行った行った、と祐奈に言われて大人しく玄関に向かう。

 誰が来たのか聞けないまま、玄関の扉を開けるとそこにいたのは廣瀬姉妹だった。


「こんにちは!」

「おう。暑い中ご苦労さん、上がっていいぞ」

「はい!」


 元気いっぱいの唯織ちゃんがいなくなると、玄関で芽衣と2人っきりになってしまう。


「あー、その、芽衣も、上がってくれ、ここ暑いし」

「う、うん」


 傍から見ても、何かあったことが分かるレベルでぎこちないが、幸いにも誰も見ていない。2人をリビングに通すと、祐奈が冷たいジュースを持ってきていた。その祐奈に小声で話しかける。


「ねえ、そろそろどうしてこうなったか、説明してくれない?」

「あー、うん。2人から聞いて」


 祐奈はそう言うと、自分の部屋に戻っていった。

 なんだか、えらく塩対応だ。何かしたっけか?


「えっと、今日は何用で」

「メール見てないんですか?」

「祐奈から連絡あったと思うけど、親んとこ行ってた時のカバンの底で、充電切れのまま放置されてたんだ。すまん」

「携帯無くて、よく困らないですね」

「まあ、存在意義8割くらい目覚まし時計だし、休みだから目覚ましかけないし」


 2人とも若干引いている。唯織ちゃんはうわぁ、と言いたげな顔までしている。いつもなら、芽衣が適当なことを言って間を潰してくれるが、今日の芽衣はいつになく大人しい。


「で、本題なんですが、勉強教えて欲しくて」

「あー、良いよ。教えるって約束したし。芽衣もか?」

「う、うん」


 じゃあ始めるか、と言うと大きなカバンから、あちこちに付箋が張られた問題集がどんどん出てくる。この子はいったいどこを目指しているんだろうか。



「この部屋、本沢山ありますね」


 勉強を教え始めて2時間ほどが経ち、ぼちぼち集中力が切れてきたのか、唯織ちゃんがリビングを見渡して、そう言ってきた。


「俺の部屋に全部置くと、床が抜けそうって言われるから、こっちに置いてるの」

「えっ、これ全部壮太のなの?」


 芽衣が驚きをそのまま声に出す。


「8割くらいだな。あとは親の」

「そうなんだ、めっちゃ本読むね」

「そうか? 他と比べないから分からんけど」

「多いって! 200冊くらいあるんじゃない?」

「多分それくらいはあるな」


 2時間ほど同じ部屋で過ごしたからだろうか、先ほどまでのぎこちなさは無く、芽衣と普通に喋れるようになっていた。唯織ちゃんは本棚の本を眺めていたが、こちらをチラリと見て、グッと親指を立ててくる。

 どうやら、芽衣をここに連れて来たのは彼女らしい。多分、芽衣と俺に何かあったことをなんとなく見破り、こうして連れてきたんだろう。


「そういえば、唯織の勉強ばっかり見ていたけど、壮太は大丈夫なの?」

「課題ならもう終わってるけど」

「えっ、ほんと? 分かんないとこあるから教えて」


 はいよー、といつものように返事をして、わからないと言われたところを教えることにする。



 勉強を教え終わるころには、俺も、芽衣も、今までと同じように振舞えるようになっていた。

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