第8話
汗が頬を伝る。この汗は暑さからなのだろうか。
突然の母さん襲来から4日目。時刻は午前8時を過ぎたところ。駅前で微妙な顔をした俺と、いつも以上にテンションが高い母さんは、廣瀬姉弟を待っていた。
母さんが突然こちらにやってきたのは、俺の三者面談があるから、ということだった。担任たる宮野先生はうちの事情も知っているし、電話でもいいと言っていたのだが、実家に帰るのをやめてまでこちらに来たらしい。少なくとも、いつもの母さんなら絶対にしないことなので、いったいどうしたのか、と聞いてみると、芽衣に会ってみたかったから三者面談にかこつけてこちらに来た、とのこと。
息子と仲がいい女子に会うために、実家に顔出すのやめるの良くないと思うなぁ。爺ちゃんと婆ちゃんには申し訳ない。
ちなみに、母さんがこちらに来た時、一瞬気まずい空気になりかけたが、その一瞬ですべてを理解したようで、祐奈に代わって日焼けの対処をしてくれた。お陰様で、痛みも色もほぼ完璧に引き切っている。さすがは年の功ってやつだ。まあ、その際、なんでここまでの日焼けしたのか、必要以上に深く聞かれたのは言うまでもあるまい。
「兄ちゃん!」
俺がぼーっと考え事をしていると、廣瀬姉弟唯一の男、小学生の拓弥君が勢いよくい俺の腹に突っ込んで来た。半袖短パンで元気いっぱい男子小学生という感じである。
見た目通り元気があるのは良いことだと思うけど、小学2年生のタックルは普通に臓器に響く。あと帽子のツバが肋骨の間に入った気がする。
「ちょっと拓弥」
「おにいちゃん!」
朱莉ちゃんと芽衣たちのお母さんが続いてこちらに駆け寄ってくる。二人も夏を感じさせる涼しげな装いだ。そしてやっぱりお母さんの方は若々しいし美人だ。芽衣と唯織ちゃんの美人姉妹の母親なだけある。朱莉ちゃんも将来はお姉さんたちに負けず劣らずの美人になるんだろうな。
その後ろでは、唯織ちゃんと芽衣がこちらに手を振っている。俺は二人に手を挙げて応えるが、反対の腕は朱莉ちゃんにがっちり掴まれている。
「お待たせ!」
「おう」
唯織ちゃんは緑の半そでTシャツに、白い半ズボン。そして携帯と財布くらいは何とか入りそうな小さなかばんを携えている。芽衣は白い半袖のシャツにふわふわのロングスカート。髪は後ろで一つ結び。いわゆるポニーテールだが、薄っすらとだけされた化粧で持ち前の魅力を最大限押し出したような感じの大人っぽさが先行する。
母さんと祐奈の監修が今回も入っているから、そこまでひどい恰好ではないと思うが、彼女らと歩くのは気後れしそうだ。
「ところでそちらは?」
「うちの母さん。三者面談あったからこっちに戻ってきた。今から帰るらしい。ついでに、芽衣のお母さんに挨拶したいからって付いて来た」
あと、芽衣に会いたいとも言ってた、と付け足しておく。それを聞いた芽衣は、母親同士が話しているのを見てから、手鏡を見て髪やらを整えている。
まあ、芽衣に会えるまで帰らない、などとふざけたことを真顔で言っていたから、こっちが本題のつもりだったんだろうが。芽衣に会わせるのは嫌だったのだが、早く帰ってほしい方が勝ってしまったので、仕方なく連れて来た。母さんだけがこちらに来ると、俺はリビングでダラダラしにくいし、パシられるし、親父は多くない小遣いで毎食外食になるし、我が家の男性陣がしんどくなる。
そんなことを考えながら、朱莉ちゃんと拓弥君の相手をしていると、芽衣と芽衣のお母さんに挨拶を終えた母さんが、ものすごい笑顔でこっちに来た。
「芽衣ちゃん良い子じゃない。私、気に入っちゃったわ」
「ああ、そう」
「絶対手放しちゃ駄目よ。あんないい子、あんたには二度と現れないと思うから。じゃあねー」
余計なお世話だ、と毒づく前に母さんは駅へと消えていった。わが母親ながら、なんというか嵐のような人だ。
「じゃあ、私たちも行きましょうか」
芽衣のお母さんに続いて、俺らも駅に向かう。ここから1時間ちょっと電車に乗ると、この辺の人間はよく行く遊園地があるらしい。
遊園地の最寄り駅についてから、歩くこと数分。見えてきた入園ゲートの前にはそれなりの列が形成されている。その横にも同じような長さの列が形成されているが、向こうはチケット売り場だ。今回は芽衣のお母さんが、商店街の福引でチケットを当てたので並ぶ必要はないが。
「こっち側は結構順調に進んでるな」
列に並びながら芽衣に声をかける。
朱莉ちゃんと拓弥君はお母さんの方にいる。せっかく一緒に来たのだからと思ったが、二人がいるとアトラクションの殆ど出来ないだろうから、お昼時に再集合でいいわよね、と言われてしまい、拓弥君に連れられお母さんと朱莉ちゃんは一足先に並び始めた。その時、芽衣と唯織ちゃんは飲み物を買いに行っていた。
「まあ、チケットもぐだけだからね」
「そういうもんか。ってか聞きたいんだけど、母さんになんか変なこと吹き込まれたりしなかったか?」
芽衣は母さんと話し終えた後と同じように、どんどんと顔が赤くなっていく。しかし、頭をブンと振ってから口を開く。
「いや、何も言われてないよ」
若干嘘くさいが、そうか、と俺が発すると、一緒に並んでいる唯織ちゃんが口を開く。
「お姉ちゃん、嘘は良くない。雨音さんのお母さんに、いろいろ言われてたじゃん」
「マジで?」
唯織ちゃんは首を縦に振っているが、芽衣は視線すら合わせてくれないので、教えてくれそうにない。だが、芽衣の顔が赤くなるようなことを言ったのは事実のようだ。
母さんめ、いったい何を芽衣に言ったんだよ。
そんなことを思っても、誰も教えてくれはしなそうなので、いつもの感じで雑談をしていると、あっという間に入場ゲートの目の前に来ていた。
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