第10話
「足が着くっていいな」
「そうだね」
若干疲弊気味の俺と芽衣は、コースターの出口をくぐるとふらふらとベンチに向かう。
「お姉ちゃんに雨音さん、大丈夫?」
「ああ、一応」
「何とか大丈夫だよ。唯織は平気?」
「うん。やっぱりこういうの楽しいね! もう一回乗りたいくらい」
マジで言ってるの? 足が着くタイプならまだしも、こういうのは俺には無理だ。足が着かないっていうのが想像以上に駄目だった。ループがなければ平気だったかもしれんけど。
「次はどこ行く?」
一番参ってそうな芽衣が、ベンチから立ち上がりそう聞いてくる。唯織ちゃんは視線でもう一度乗ろうと訴えているが、俺には無理だ。
「連続はキツいし、俺は下で見てることになりそうだけど」
「私もさすがに……。とりあえず後にしよ。まだ他にもいっぱいあるんだし」
「じゃあ、あれにしよ!」
唯織ちゃんの指の先には、コース全長が1キロ近くあるという長距離コースター。これまたこの遊園地の目玉である。まあ、これは立ち乗りだったりしないので、大したことはないだろう。はいよ、と返事をして一足先に行こうとする唯織ちゃんの後ろを歩く。
「平気か?」
「ああ、うん。何とかね」
「足が着かないの怖いよな」
うんうん、と頷く芽衣。先ほどは酷い顔をしていたから心配してみたが、もう平気みたいだ。唯織ちゃんの後ろを二人で歩きながら、先ほどのコースターの感想を話しているとあっという間に次のコースターのもとに着く。ここもまたそれなりの列が形成されている。
「ちょっと長いけど並ぶか」
「そうだね」
「今更だけど、お姉ちゃんも雨音さんも行きたい場所があったら言ってください」
列もそろそろ先頭につこうとしているところ。次は何に乗るかという話をしていると、唯織ちゃんはそう口にした。
「ああ、うん。でも俺あんまりこういうところ来ないから、よく分かんないんだよね」
「そういえば、壮太は久しぶりに来たって言ってたっけ」
「そうそう、もう何年も来てない。芽衣は回りたい場所ある?」
「いや、私は唯織の回りたいところでいいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
唯織ちゃんは目を輝かせてパンフレットに視線を移す。その様子はいつもの背伸びしたようではなく、年相応で思わずクスリと笑ってしまう。
「うちはあんまりこういうところ来れないし、いつもは下の面倒見なきゃだから」
「それは芽衣も変わらんだろ」
「いや、私はなんだかんだで、莉沙とかとたまに来るし、その時は結構私の要望聞いてもらってるから」
芽衣は、莉沙はうちの事情知ってるからね、と付け加える。
あーしさんは思ってたより、いい人らしい。同じグループに属する奴には優しい姉御肌とでもいうべきか。あわよくば、その優しさを少しでも俺に向けてほしいものだ。せめて睨むのはやめてもらいたい。
「おっと、もう私たちの番だね」
「ああ、うん」
再び荷物を預けライドに乗り込む。順番はさっきと変わらない。今回は足が着くので安心感がすごい。まもなくライドは動き出し、ゆっくりと、しかし確実に地上を離れていく。
そしてついに頂点、辺りを見渡せるような高さに来た。正面に広がる緑と、左手から後ろにかけて広がる園内。決して悪くない景色に感心していると、ライドの後方も登り切ったようで一気に加速していく。こういう時は両手を挙げるもんだという話は、よく聞くが実際に挙げてみると腕が若干後方に持っていかれる。そして、カーブに差し掛かる。Gを感じながら体は左右に振れる。
そして先ほどのコースターでは、要らん恐怖を与えてくれたループに差し掛かかろうとする。すると、右手の甲を何かにやさしく包まれる。視線をわずかにずらして見てみると、芽衣の左手が俺の右手を掴んでいる。
俺が動揺している間にもライドは進み続け、ループを終えると、右手を包んでいた芽衣の左手はいつの間にか、バーに戻っている。そしてまたループに差し掛かろうとするところで右手が掴まれる。
何回か繰り返したのち、ライドは乗り場に戻ってくる。
「楽しかったー!」
「そりゃ良かった」
俺は別の意味でドキドキしっぱなしだったけどね。何なら途中からジェットコースターに振り回されることを忘れてたまである。いや、ある意味じゃ振り回されてたか。
「さすがに次はループ無いのにしよう」
さすがにこれが何度も繰り返されるようだと、俺がもたない。
唯織ちゃんは、じゃあこれは止めときますね。ともう一つのループするコースターを外してくれたが、時間の許す限り絶叫エリアの絶叫コースターで遊び倒すことになった。
時計の短針が頂点を少し過ぎた頃。俺たち三人は入場ゲート側の広場で、お母さんと朱莉ちゃん拓弥君と再会した。
拓弥君は少し物足りなそうな顔をしているが、朱莉ちゃんに合わせていたからだろう。午後は相手をしてあげたいところだが、朱莉ちゃんが放してくれるだろうか? そして俺の体力は持つだろうか?
午前中の話を楽しそうにしてくる二人の話に相槌を打ちながら近くのレストランに入った。
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