第30話

 早めの夕飯を食べ終え、部屋に戻ると時間を潰すがてら荷物を軽く整理した。

 お土産まだ買ってないから整理って程じゃなかったけど。お土産は明日にでも京都駅の中で適当に買えばいいだろ。

 そんなことを考えながら階段を下りていく。

 まだ約束の時間には早いが、1階の自動販売機で何か買って飲んでればいい時間になるだろう。


「雨音じゃん」

「おう」


 自動販売機の前にはあーしさんがいた。

 自販機の前であーしさんと対峙すると春先の事を思い出すな。あの時はめっちゃ怖いって印象だったけど、実はいい人なんだよ。今も若干怖いけど。


「芽衣と上手いことやってんだね」

「えっ、ああ」

「惚気ばっか聞かされるけど、雨音が芽衣を大切にしてることは伝わってきた」

「おぉ、なんか悪いな」

「お互いに良い影響与え合ってるみたいだし、やっぱあーしの目は間違ってなかったっしょ」


 あーしさんは俺を見てそれだけ言うと颯爽と去っていった。2学期の初日にも色々言われたが、とりあえず良かった。のか?



 あーしさんが去り、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら待つこと15分。コートに身を包み、いつもよりも大人っぽい薄っすらとした化粧をした芽衣がやってきた。


「お待たせ」

「大して待ってないぞ」

「嘘だー。15分くらい待ってたんでしょ、莉沙に聞いたから」

「さようで。まあ、俺が早く降りてきただけだから。そんなことより行こうぜ」

「うん、そうだね」


 目的地は嵐山、竹林の小径。昼間に人力車を引いていたお兄さんから聞いた話によると、この季節は夜になるとライトアップされるらしく、幻想的な景色がみられるということで人気のスポットらしい。

 先生にばれないようにひっそりとホテルから抜け出して、昼間と同じように嵐山へ。


「こっちもライトアップされてるんだ」


 日中に比べれば少ないが、それでも多くの人が乗った電車から降りると、闇夜に浮かび上がるように照らされた渡月橋が見える。天には月も昇っているし、今でもかなりの景色だが、竹林から戻ってくる頃にはさらに夜も深くなり、もっといい景色になっているだろう。


「綺麗だね」

「そうだな」


 照らされた渡月橋を渡り、竹林の方へと足を進めれば昼間とはまた違った雰囲気の嵐山が楽しめる。渡月橋周辺の店が多いところは活気に満ちており、ちょっとしたお祭り状態だ。しかしそこを抜けてしまえば、喧騒はどこへやら。一変して物静かに月明かりに照らされる落ち着いた雰囲気が竹林の方へ続いていく。

 その雰囲気のおおもとに向かうように歩み続けていくと、ようやく竹林の入り口が見えてきた。


「すごー」


 ぼんやりとした明かりを放つ灯篭に照らされた竹々に、高く上った月からの淡く優しい光。

 今は昔、竹取の翁といふものありけり。から始まる日本最古の物語で月からの迎えが来るときもこんな感じだったんだろうか。いや、あれは帝の屋敷に迎えが来たんだっけか。

 それはさておき、まだ入り口だと言うのにすごい景色だ。それを表す最適な言葉が浮かばないが。いや、言葉にしない方がいいのかもしれない。

 言外の感想も含めて、おぉとだけ口に、芽衣の手を絡めるように繋ぎなおす。


「どうしたの?」

「特にどうってわけじゃないんだが、嫌だったか?」


 芽衣が相手でも、さすがにかぐや姫と重なったとは言えない。というか、言ったところでオチがあってるかも曖昧だから伝わらんだろうし。

 握り返された手から伝わる暖かさは、竹の間を揺らしながら抜けてくる秋の夜風の冷たさを忘れさせてくれる。


「そんなことないよ。行こ」


 さらに上機嫌になった芽衣に引っ張られるように、竹林の最奥目指して進んでいく。奥の方へと足を進めていけば、なんともぎこちない感じの男女のペアが見える。関係を一歩進めるには確かにいい感じの雰囲気の場所だろう。花火大会の時の俺らもはたからはあんな感じに見えたのかね、なんて思いつつ邪魔にならないようにと足を止めなければ、ついに最奥。落ち着いた雰囲気の大元へとたどり着いた。

 もうそろそろライトアップの時間が終わるからなのか、あたりには誰もいやしない。


「こんないいとこ二人占めなんてちょっと贅沢だね」

「そうだな」

「また来たいね」

「あぁ。京都は季節によってだいぶ見どころも変わってくるし」


 芽衣が頷くと、それを待っていたかのようなタイミングで足元を照らしていた灯篭の明かりが消え、足元を照らすのが月明かりの光だけになる。


「もう時間か、早かったな」

「もうそんな時間? 早いね」

「ちょっと遠いからな。戻ろっか」

「うん、でもちょっと待って」


 おう、と一歩進めた足を止めて軽く振り向くと、少し強引に唇を奪われる。


「ふふ、行こっか」


 一瞬のフリーズから現実に引き戻すように左手を引いた芽衣の顔は、僅かに赤らんでいるように見えた。

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