第26話
人波にあらがうことなく、流れに身を任せて駅を出る。駅前は人で溢れ、騒々しさに包まれている。さらに、先ほどの車内の方が楽だった思わせるように、西日が照り付けてくる。
この人混みではぐれては困るから、そう自分に言い訳して芽衣の手を取る。
「えっ」
「はぐれるのはアレだろ。いやなら離すが」
返事の代わりに左手が握り返され、そちらに視線を移そうとすると、信号機から電子音が聞こえてきて人の群れが動き出す。立ち止まるわけにもいかないので、流れに乗って歩いていく。
会場となる公園は、駅から少し歩くがそこまで遠いわけでもなく、普段なら5分とかからずに着くだろう。しかし、今はそうもいかない。駅前ということもあって度々目に入るコンビニが、花火大会に合わせ歩道で焼き鳥や、綿菓子、飲み物を売っているのもあって人並みの進みは悪い。屋台よりも安く売られていることもあって、流れに逆らうようにして買いに来る人もいるのでなおさらだ。レストランは花火が見えると触れ込んでは、人波から何組かの客を店へと入れている。
ただ道を歩いているだけだというのに、祭りに来たのだな、と改めて実感させられた。
「なんか食べたいものとかあるか?」
「まだ屋台も見てないじゃん。でも、りんご飴とか綿あめはこの間のお祭りのときは食べられなかったから食べたいかも」
「両方甘いな。っていうか飴じゃん」
「ははは、そうだね。でも、こういうのってこれを買うって決めて探すより、ふらふらーって歩いて美味しそうなもの見つけて買うから楽しいんじゃん」
「それもそうだな」
そんな会話をしていると、ようやく狭い歩道から解放され公園の入り口広場についた。人々は散らばり、少し快適になったが左手はしっかりと握られたままだ。
とりあえず目的地もあるので、メインの通りに入る。メインの通りは道幅が広いのもあって詰まるようなことにはなっていない。一歩踏み込むと、今までも匂っていたが、ソースやバターの焦げる匂いに、綿あめをはじめとする甘い匂いがより一層強くなる。もちろん飲食系だけではなく、輪投げや射的、金魚すくいといったゲーム系の屋台も多く並んでいる。両側に広がる色とりどりの屋台の暖簾に提灯は、まさに祭りといった感じだ。
ふと、隣から、かわいらしくお腹が鳴る音が聞こえる。
「いっ、いい匂いだから」
「まあ、腹が減る時間だし、適当になにか食おうぜ」
飲食系の屋台を眺めながら歩いていると、ひと際いい匂いを漂わせる屋台が一軒。目の前で金色の粒にバターが溶け込み、上からかけられた醤油が鉄板にこぼれ、ジュッと音を立てて焦げる。その匂いは空腹な高校生には凶悪で、俺もグー、とお腹が鳴る。
「食べる?」
「とりあえず買っておくか。芽衣は食べるか?」
「私は少し分けてくれればいいや」
「分かった。1本ください」
400円を渡して、鉄板からおろしたての焼きトウモロコシを受け取る。
匂いが近づいたことでさらに食欲がそそられるが、何とか我慢しているが、再びお腹が鳴る。
「食べていいよ。私も一口貰いたいし」
「そうか? じゃあお言葉に甘えて」
先端の方を一口かじる。バター醤油のしょっぱさがコーンの持つ甘さをより一層引き立て、口の中を甘じょっぱい旨味が支配する。もう一口と行きたいところだが、こちらを見ている芽衣に渡す。
「美味しい。もう一口貰っていい?」
「いいけど」
芽衣はおいしそうに、もう一口噛り付いて随分とご機嫌だ。
俺は返された、焼きトウモロコシの齧ったあとの対処にどうするか少し迷ってから、気にせず口にした。
「焼きそばあるじゃん」
「そういえば、この間は食わなかったな」
「壮太はいる?」
「一口分けてくれ。俺は隣のイカ焼き並ぶ」
「イカ焼き? 私も欲しいかも」
「多そうだし、あとで分ける」
イカ焼きの列に並ぶが、隣の屋台で列の長さも同じくらい。隣に並んでる状態の芽衣と話しながら列が進むのを待つ。
揃って並び、揃って焼きそばとイカ焼きを回収できた俺と芽衣は、主食系のエリアからお菓子系の屋台が並ぶ方へと移る。
先ほどのソースとしょうゆとバターの香りは僅かに薄れ、甘い匂いが強くなる。綿あめ、りんご飴はいくつも屋台が並び激戦状態だ。ほかにも水あめやチョコバナナといった祭りでしか見ないような屋台が並んでいる。
俺はここに用はないので、どこのがいいかな? と見て回る芽衣について回る。
これは著作権とか大丈夫なのだろうか? と思うような絶妙に似ていない国民的アニメキャラのお面なんかも売られていたりするので、この区画はフラフラしているだけでも楽しいんじゃないかと思えてくる。
芽衣はどちらも一番安い店で買って、満足げに持っている。飲み物は屋台で買おうとしたら、芽衣に止められ自動販売機で安いものを買うことになった。ここだけ雰囲気はないが、雰囲気を楽しみつつ節約できるところは節約する、とのこと。芽衣の家は姉弟が多いから、そういうのをよく気にするんだろうか。
「ここ人少ないし有料エリアなんじゃないの?」
「ああ、そうだ」
屋台に囲まれた通りを抜けて、人の少ない方へと歩くこと数分。ロープで区切られた場所が視界に現れる。今回花火を見るにあたって、うちの女性陣がいつの間にか手配していた場所にして、公園に入ったときに目指していた目的地。
「せっかく取ったんだ。使わないのは勿体ないだろ」
公園の中でも少し高めで遮るものもほとんどない、見晴らしは他と一線を画しそうな丘にゆっくり登り、割り当てられた場所を探す。
ほぼ頂上、恐らく相当いい場所に、携帯にある番号と一致する区画が用意されていた。
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