第27話
レジャーシートに座り、先ほど屋台で買ってきたものを適当に食べながら、のんびりと過ごす。人が少ないこともあって、しっかりと抜けていく夏の夜風は、絡みつくような独特の湿気を持っている。
「花火って何時からだっけ?」
「8時とかそれくらいじゃなかったか? まだ時間はあるだろ。どっか行きたいところでもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「そうか? なんかあったら言ってくれていいからな」
「うん」
芽衣が小さく頷くと会話は途切れ、沈黙が流れる。幸いなことに、買ったものはまだ残っているので、そちらを食べることで沈黙をごまかす。
食べ物も尽きてきたところで、改めて周りを見渡すと、先ほどまでまばらだった有料スペースにも少しずつ人が集まってきている。無料スペースはどうなのだろうと思い、少しだけ見下ろしてみると、ほとんど少しの隙間もなくレジャーシートが敷かれ、まだ花火は上がっていないというのに、かなり盛り上がっている。
そういえば、こうやって花火を見るのはいつ以来だろうか。ここ数年の記憶を探してみるもヒットしない。
「花火大会って感じだね」
「どうした、突然」
「いや、なんていうか、こうやって始まる前から盛り上がってたり、少しうるさいけど、こういう空気がそうだなぁって思って」
芽衣の言葉に思わず笑いがこぼれる。
「なっ、なに」
「いや、俺も同じこと考えてたから。もう花火大会なんて何年も来てないのに、この喧騒と空気感にあてられると、花火大会なんだなって身体が思い出すっていうのか?」
「分かるかも。っていうか壮太、遊園地でも何年も来てないって言ってたよね」
「祐奈が友達と行くようになってからは、家族で来るってのがなかったからな。ひとりで来るのもアレだし」
「あー、なるほどね。でも、私も最近は友達と出かけてばっかりだなぁ」
「まあ、成長して自由が増えれば、そうなるもんなんだろ」
会話の合間を狙ったように、開始を告げる小さな花火がすっかり暗くなった夜空にヒューと音を立てて登っていき、視界がわずかに明るくなる。そして、そこから連鎖するように、小さな花火がどんどんと打ちあがっていく。
会話をやめて花火に見入る芽衣の横顔が花火の明かりで照らされたかと思うと、髪をわずかに揺らしてこちらを向いた。心拍数が上がっていくのが分かる。
「綺麗だね」
「あっ、ああ、そうだな」
会話の続きを探していると大きな音が聞こえ、視線は空へと戻される。空を覆うように広がる煙の中で、大きく一輪の花火が咲き誇っていた。それから、次のプログラムへと流れるように移り、ハートや星といった形が夜空に花火を使って描かれる。中にはキャラクターを模したものまである。
会場を包む歓声は先ほどよりも若々しさが増す。
「ここからだと綺麗に見られるのが多いね」
「向きが違うと、何か分かないくらいに潰れて見えたりもするんだっけか」
「そうそう。ほら、今みたいに」
空には、横を向いてほとんど何の形かわからないピンク色の花火が開いていた。
それを見て柄にもないことを考えそうだったが、炭酸飲料とともに喉の奥へと流し込んでしまう。
いつもなら、妹弟の話が出てきそうだというのに、芽衣の口は閉ざされたままだ。
一体どれだけの花火が打ち上げられたのだろうか?
クライマックスを迎える直前、嵐の前の静けさ、という言葉がしっくりくるように、花火がわずかにやんで喧騒が際立つ。しかし、今はその喧騒が、うるさ過ぎる俺の心臓の音をかき消してくれるので、ありがたいとすら思えてくる。
煙で白くなりかかっていた夜空というキャンパスを風が駆け抜け、煙が多少払われたところで、細い4本の線が引かれる。それは、どこまでも伸びていくんじゃないかと思うほどに高く上り、音もなく開いて空を明るく染め上げる。たくさんの光の筋が降るように落ちてきたところで、ようやくドーン、と響くような音が聞こえてくる。
それを合図に、何本もの線が夜空に引かれてはパッと開いていく。色とりどりの光は、視界に映る夜空を少しずつ、少しずつ覆っていく。
幾重にも重なった光が織りなす光景はとにかく綺麗で、心が奪われそうになる。
花火の光はまるで冬のイルミネーションのようで、夜空を塗り替えるように明るく染めていく。
ふと、隣に座る芽衣を見ると、その綺麗な横顔が花火の明かりで、気を抜けば消えてしまいそうなほど幻想的に照らし出され、思わず息をのみ正面に視線を戻す。
「芽衣」
「どうしたの?」
「好きだ」
あれだけ色々悩み、考えてきた台詞はすべて吹っ飛び、ただ純粋に言いたかったこと、伝えたかった言葉だけが、まるで呼吸をするかのごとく、自然と口から出ていた。
「わたしも」
その言葉は、俺の視線を。いや、ありとあらゆる神経の集中を、たったの4文字だというのに、全部芽衣の方へと持って行ってしまう。
「壮太が好き」
花火の音と喧騒であふれかえっているはずなのにその言葉は、ノイズが入ることもなく、スッと入ってきて何度も脳内で反芻される。
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