第28話

 夜空には白煙が薄っすらとだけ残っている。花火大会の閉会を告げるアナウンスが聞こえ、非日常は日常へと連れ戻される。

 少し見下ろせば、無料スペースですでに人の波が形成されているのが分かる。


「まだ帰れそうにないな」

「そうだね」


 そう答える芽衣の右手は俺の左手と絡められている。花火という魔法に合わせて非日常は終わってしまったけれど、大事なものはしっかりと残ってる、そう思いながら芽衣の横顔をちらっと見る。こちらを向いていた芽衣の視線と重なり揃って笑う。


「結局、芽衣の言ったとおりになったな」

「ちょっ、あれは恥ずかしいから言わないで!」



 20分近く経っただろうか。ようやく人の波の最後尾が見えてきたのでスペースを片付け、最後尾に芽衣とともにつく。

 ここに来るまでに通ってきたメインの通りの屋台は、今まさに片付けを始めだしたところらしく、さっきとはまるで違った光景が目に入る。焦げたバターや醬油の匂いも、綿あめのような甘い匂いも、かすかに残っているだけだ。


「なんか、お祭りが終わったあとの屋台って新鮮だね」

「まあ、普段なかなか見れないからな。でもこっから片付けってのもなかなかにしんどそうだよな」

「確かに。終わるのだいぶ遅くなりそうだもんね」

「もう9時半とかだろうし、日が変わるくらいまでかかるのかもしれないな。よく分からんから何とも言えんけど」



 さらに進むと、駅前から続く通りに出た。ここはまだ人通りも多いが来る時ほどではない。


「行きはすごい混んでたから、なんとなく駅までちょっと距離ある気がしてたけど、全然近いんだね」

「まあ、普通なら5分とかからないだろうな」

「そんなもんかぁ」


 とはいえ、それはスニーカーとかそういう動きやすい靴の場合だ。俺はサンダルだから急ごうと思えば急げるが、芽衣は下駄なので、そういうわけにもいかない。

 芽衣に気を使わせないように、少し歩調を緩めて今の芽衣よりほんの少し遅めに歩く。

 歩道で焼き鳥や、綿菓子、飲み物を売っていたコンビニのワゴンは片づけられ、店員が触れ込みをしていたレストランには、CLOSEの看板が掛けられているのが目についた。

 夕方と対比するように通り沿いを見ながら芽衣と喋っていると、いつの間にか駅に着いていた。


 混雑のピークを過ぎ、日曜日の夜らしくガランとすいた電車に乗り込み席に座る。


「そういえば、一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「なに?」

「結局、俺に罰ゲームって告白してきたのは何だったの?」


 ずっと気になっていたことを、いまさらながらに聞いてみると、芽衣の顔色はさっきよりも赤くなってしまう。


「えっ、なに、なんか言いづらいの? なら別に」

「気になる人に告白するって罰ゲームだったの!」


 俺が言い切る前に、芽衣がそうかぶせてきて、俺の顔が今度は熱くなる。

 なに? じゃあ、俺が無駄に警戒心抱いてた頃には、俺のこと好きだったの?

 春先の芽衣の言動を思い出してみると、確かにそれなら筋が通る。ああ、なんて遠回りをしまくったんだろう。素直に受け入れてたらこんなに遠回りしなくてもよかったのか。


「私も一つ聞いていい?」

「なんだ?」


 そう言ったところで、電車は俺らの最寄り駅のホームに滑り込んだ。扉が開き、エアコンが効いた車内に夏の空気が流れ込んでくる。さすがに降りないわけにはいかないので、芽衣の手を取りホームに降りた。


「タイミング最悪」

「だな。こっからなにで帰るんだ?」

「この時間だとバス無いから歩きかな。そんなに遠くないし」

「じゃあ、送ってくから」


 自動改札にICカードをあてて、改札を出る。普段使わない出口を通って、バスの居ないロータリーを歩く。


「明日から学校だし、送らなくてもいいんだよ?」

「いや、夜道だし、誘ったの俺だし、送らない方がおかしいから」


 そう言うと、芽衣はそれ以上は言わずに歩きだした。


「で、なにが聞きたいんだ?」

「ああ、うん」


 少し駅前から離れたところで、沈黙ばかりというのもあれなのでそう聞いてみた。


「私もその屋上での話なんだけど、壮太は何で罰ゲームなんてのが思いついたの? 普通は思いつかないよなぁって思って」

「ああ、それは中学の時に、似たようなこと何度かやられたからだよ」

「えっ?」

「いや、だから、中学の時にやられたんだよ。罰ゲームの告白とか、相手が一向に来ない呼び出しとか」


 花火大会の前に遭遇した顔が脳裏をちらつくが、芽衣と繋いでいる左手を見て脳裏から追いやる。


「ごめん」

「いや、芽衣が謝ることはないだろ」


 そう言って角を曲がると、芽衣の家が見えてきた。


「着いたな」

「うん。えっと、送ってくれて、ありがと」

「おう。じゃあな」

「ちょっと待って」


 俺が言葉に合わせて手をほどくと、ほどいた手で袖をつかまれる。


「どうした?」

「今日は楽しかったよ」


 そういうと、芽衣は少し背伸びをし、ふわりと甘い香りがする。そして、次の瞬間には頬に軽く、柔らかい何かが触れた。


「まっ、また明日」 


 芽衣はそれだけ言うと、逃げるように家へと駆けこんでいった。

 残された俺は不意打ちに呆然としながら、感触のした頬を軽く触るくらいしかできなかった。

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