第34話
母さんに連れられるがままにやってきた次の舞台は近所のファミレス。偶然か、なにかの縁か、初めて学校外で芽衣と会った時に来た店である。あのときはこんなことになるとは思っていなかったし、クラスでの芽衣とお姉ちゃんをしているときのギャップに驚かされたものだ。
懐かしさを感じているのは隣に座る芽衣も同じようで、懐かしいねとこの場では二人だけの思い出話に花が咲く。ニマニマとした視線を浴びながらも夕飯を食べれば、芽衣は我が家の空気にすっかりと溶け込んで、というか毒されてしまい、すっかり雨音家の一員のように。
「壮太、卒業したらどうするの?」
少し早めの夕飯を平らげたところで、母さんが口を開いた。延長戦で話したいのは先程のように楽しい話だけではないということらしい。
「一応進学のつもりだ。学力的にも狙えそうなこの辺の有名所か国公立に行ければ御の字って感じで」
「いや、別にそんなことはどうでもいいのよ。あんた成績は良いんだし好きにして。芽衣ちゃんとのことよ」
ちょっと、実の息子の進路に対してどうでもいいのよって酷くない? 聞く人が聞いたら騒ぎになるし、炎上しちゃうよ。いやまあ、放任気味とはいえ信頼されてるみたいだから良いんだけど。
「私とのことですか?」
「そうそう。芽衣ちゃんはもううちの娘なんだし、気になるじゃない」
いや、別にまだ娘じゃないだろ。何勝手なことを宣言してくれちゃってるの? それに芽衣さん顔を赤らめないでね。実母をライバルにはしたくないから。何が悲しくて母さんと彼女を取り合わなきゃならんのだ。そんな家庭、世界のどこを探しても見当たらないだろ。
俺の脳内で繰り広げられる怒涛のツッコミを傍目に母さんが痴態を晒していく。
「あんたとの仲も良好みたいだし。祐奈が修学旅行でいない時にはうちで一緒に過ごしたんでしょ」
「そうだけども、なんで知ってんの」
「カマかけただけよ。あんたは見事に引っかかったわけだけども。で、話を戻すと同棲とかあるじゃない。そうなったら色々準備が必要だから聞いておきたいのよ」
莫迦な話を力説する母さんにため息すら吐き飽きてきた。どうして頭のネジが吹っ飛んだ発言ができるのか、その頭の中を一度見せていただきたい。というか、廣瀬家の面々と顔を合わせる前に見せろ。
「いや、気が早いんだよ。そういうのは余計な気を回さんでも、こっちで決めてその上で相談するから。それに芽衣だってやりたいことがあるだろうし、今それを決めて芽衣の選択肢を減らすのは違うだろ」
「あら、ちゃんと考えてるのね」
「息子に対して扱いがアレじゃない? 実は俺拾われっ子だったりするの?」
「なに莫迦なこと言ってるのよ」
それはこっちのセリフなんだよなぁと視線で訴えかけてみるも、伝わる気配は一向に無い。単にシカトされているだけかもしれないが。
呆然としている芽衣を見ていると、深刻な雰囲気を十分と保てない母さんと会わせたのは失敗だったんじゃないかなんて思えてくる。
「母さんはいつもあんな感じだから、適当にあしらってくれ。いちいち相手にしてたら気が持たないだろうし」
「壮太と祐奈ちゃんに久しぶりに会えてテンションが上ってるんだよ。構われてあげなよ」
「まあ、芽衣がそう言うなら多少は気にしてみるが……」
正面に視線を向ければ、めでたく母さんの次の獲物に選ばれた祐奈が、質問攻めにあっている。ただ、俺のときと違うのは色めいた話だけではなく、真面目な進路相談も入っているというところだろう。一割くらいだけど。
「とりあえずは後で、家に帰ってからにしておく。今まっとうに相手をしたら芽衣を送れなくなりそうだし」
乾いた笑いまじりのありがとを受け取った俺は母さんにひと声かけて、一足先に帰路につく。もちろん芽衣も一緒だ。
「今日は母さんに付き合ってくれてありがとな。あと色々とすまん」
「普段は私の家族に付き合ってもらってるんだし」
「いや、それとは若干違うだろ。まあ、あんまり気にしてないならいいんだが」
大丈夫だよ、娘呼びされたときは少しびっくりしたけど、と笑う芽衣。それには少しの気恥ずかしさが混じっている。
「アレだ、そういうのはもう少しちゃんとしたら俺から言うから少し待ってくれ」
「う、うん。待ってるね」
我ながら恥ずかしいことを言ってしまったと、いまさらながらに思ってしまう。夜道でも分かるくらいに顔を赤らめる芽衣が視界に入れば、夜風が冷ましてくれないほどに顔が熱くなった。季節は間もなく冬へと変わろうとしていて、夜風は肌を切るような冷たさになってきたというのにだ。
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