第15話

 照りつける太陽、それを反射する砂浜。肌はじりじりと焼かれている。耳には人の喧騒と、かすかに波の音が届く。

 勉強会からはや2日。俺たちは予定通り、学校の最寄り駅から電車で1時間ほどで付く有名な海水浴場に来ていた。


「海だ」

「篠崎。海だ、はもうちょい元気に言うもんだと思うぞ」

「ここで体力を消化するとこの後の徹夜に響くんだ」

「そこ気にするなら海行くのやめればよかったじゃんか。この後の夏祭りまで参加する予定なんだぞ。徹夜できるのかよ」

「そこは気合いだな」

「気合かぁ。まあ、体力を残したいのは分かったが、パラソルとか準備するの手伝ってくれ」

「ああ、いいぜ」


 パラソルを砂浜にぶっさし、篠崎にパラソルを開かせる。このパラソルはうちから持ってきたものだが、砂が間に入っているのか、とにかく開きづらい。俺はレジャーシートを敷くなどして、他の準備を進める。


「準備はとりあえずこれだけか」

「そうだな。とりあえず日陰で女性陣を待つか」


 篠崎が開いたパラソルの陰に揃って座り、持ってきたジュースを飲む。


「なあ、雨音。最近廣瀬さんとどうなんだ?」

「お前も聞いてくるのか」


 この夏休みに入って、母さん、祐奈、若宮さん、さらには唯織ちゃんにまで聞かれたものだ。もう俺の知り合いコンプなんじゃない? あとあーしさんくらいか。あーしさんに聞かれるのは、さすがに勘弁願いたいが。


「気にするのはみんな一緒か。まあ、みんなが気にしたくなるくらいには、お前と廣瀬さんの距離が急に近づいてるんだよ。特に夏休みに入ってな。この間だって、普通にアイスあーんしてたし」

「いや、アレはだな……。まあ、うん」

「そういうところだ。この間だって廣瀬さんの家族と一緒に遊園地行ったんだろ」


 そこまで聞いているのかよ。怖い、情報社会が怖いよ。ついこの間の話だよ?


「行ったよ。っていうか、それどこ情報? 若宮さん?」

「この間、菜々香の家に遊びに行ったとき、菜々香が芽衣から聞いたって言ってた。で、どうなんだ? なんかあった?」


 興味があるのか、話を切り上げるそぶりは見れない。まあ、なんだかんだで付き合いは俺の今の友好関係では長い部類だし、信頼だけはできる。いっそ話してしまった方が楽になれるだろうか。


「お前になら言ってもいいか。俺の誕生日会やった日覚えてるか?」

「ああ、覚えてるぞ」

「その後、駅まで送ってる途中で告白とまでは言わないが、それに近いこと言われたんだよ」

「マジで?」


 目の色を変えて驚く篠崎の声は、ずいぶんと不意を突かれたようなものだった。


「マジだ、マジ。それからは何かが吹っ切れたみたいに芽衣は積極的だし」

「なるほどねぇ。で、どう思ってんの?」

「まあ、悪い気はしないし、いい加減腹を括るつもりだ」


 さんざん言われたのもあるが、この夏休みで芽衣のいろいろな側面を見て、惹かれているというのが主だ。まあ、夏休み前も学校以外での側面を見ていたといえば、見ていたんだが、あの宣言のせいで、言動の裏を探れなくなったってのは大きな要素だろう。


「じゃあ、別に俺から言うことはないな」

「お前のそういうところは助かるわ」

「そうかい。にしても、あの女子に警戒心しか持たない雨音がここまで気を許すとはね」

「るっせ。それくらい俺も分かってるから」


 中学の時の一件の後の俺は、確かに女子に警戒心しか抱いてなかったもんな。きっと、中3の俺が聞いたら、今の俺をゴミを見るような目で見るレベル。しかし、今考えるとアレだな。警戒心抱いてる女子たちからモテる、ほぼ正反対の立場にいた篠崎と仲良くなれたのも、なかなか奇妙なもんだ。

 ふぅっ、と話したことをいったん脳の片隅に追いやるように、揃ってジュースを口にすれば、強炭酸の泡がのどではじけていく。携帯の時計に目をやると、そろそろ二人がやってきてもおかしくない時間だ。


「ごめん、お待たせ」

「やっぱり更衣室も混んでるね」


 思ったそばから、二人は水着に身を包みやってきた。この間プールに行った時と変わりはないが、場所が変わると受ける印象も違ってくるんだな。


「場所作っといてくれてありがとね」

「ああ、うん。でもパラソル開いたのは篠崎だぞ。俺は開けなかったし」

「まさか、あそこまでパラソルが固いとは思わなかったな。めっちゃ砂詰まってたし」

「やっぱり砂詰まってたか」


 篠崎は先ほどの話を聞いていたとは思えないくらい、普通にふるまっているので助かる。これもモテ男のなせる技だろうか。同じクラスの女子に告白されて返事をした後も、変わらぬ顔で挨拶をしていたくらいだし。まあ、だいたい相手の反応で告白したんだろうなぁ、というのは分かるのだが。


「で、これからどうするんだ?」

「えっ、決まってないのかよ」

「ビーチバレーもあるみたいよ?」

「とりあえず、がっつり海の中で遊ぶってのはあんまりなしの方向でいこっか」

「まあ、夏祭りのことも考えたら早めの撤退になりそうだし、全身海水まみれになるのはアレだもんな。人も多いし」

「じゃあ、今空いてるビーチバレーにしよ」


 芽衣の言葉に、行くぞー、と駆けていく篠崎。

 おい、体力温存するんじゃなかったのかよ、そう思いながら篠崎の後を追う。

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