第14話

「お前本当は海行きたくないんじゃないの?」

「いや、めっちゃ行きたい」


 エアコンの効いた我が家のリビングでは、真っ白な課題を広げ机に突っ伏す篠崎と、それぞれの勉強をしている俺、芽衣、祐奈、若宮さんがいる。


「なんで課題やる順番を教えなかったんだよ」

「いや、お前の勉強見てたの若宮さんだから」

「和也君はいっつも後で出す方やってるから、私は私が生徒会で忙しい間に明々後日しあさってに出すのは、終わってるもんだと思ってた」

「プールの時には手すら付けてなかったんだぞ、この莫迦は」

「えっ、ほんと和也君?」


 若宮さんが信じられないものを見るような目で、篠崎を見ている。

 そういえば俺、早いうちから課題やっとけって篠崎に言った気がするぞ。


「お兄ちゃん、全然分かんないんだけど」


 篠崎の相手をしていると、次は祐奈から悲鳴が上がる。俺は分裂スキル実装してないから、二人の相手を同時にはできないんだけど。


「祐奈ちゃん、私でよかったら見てあげようか。私、そんなに頭よくないけど、だからこそどうしてそこで引っかかってるかとかは、すぐ分かると思うんだよね」

「えっ、いいんですか芽衣さん」

「うん、いいよ。どこが分かんないの?」

「おい、雨音そっちを羨ましそうな目で見るな」


 いや、だって祐奈に教える方が楽だし、しょうがないじゃん。少なくとも俺には、白紙の課題を2日で、しかも篠崎の頭に理解させて解かせるというのは無理っぽいんだけど。


「私が簡単なところは見るから雨音君は難しいところの解説作って」


 マジで? なんでそんなに俺に面倒が回ってくるの?

 明々後日に出すのは問題集計70ページ分と薄い現代文の問題集1冊。とりあえず読むだけで時間を消費する現代文は後回し。最悪、適当に回答書いて出せばいいし、家でやってもらおう。

 問題はそうじゃない方。数学、日本史、化学、英語、それぞれで普段使っている問題集の方だ。日本史は教科書を読みながらやれば終わるから、これも現代文と一緒で家でやってもらおう。海に行く予定の日、つまり登校日の前日は徹夜になるだろうがしょうがない。

 海に行かなければ少しは余裕ができるのだが、海に行くのは、俺と海に行かない祐奈を除くこの場の全員にとって、最優先事項らしい。


「お兄ちゃんどこ行くの?」

「部屋だよ、部屋。祐奈に教えてる時のノートと、課題取りに行くんだ」

「ああ、なるほど」


 リビングから一歩出ると、外と変わらないような蒸し暑さが襲ってくる。少し駆け足気味に階段を上り、机の上においてあるノートと提出用の課題を手に持つ。


「ああ、快適だ」


 ノートと問題集を持ちリビングに入ると、やはり快適な空気が迎えてくれる。

 文明の利器さまさまだ。地球温暖化とかしらん。俺は、俺が快適に過ごせるほうが大事だ。というか、文明の利器に頼らないとこの世とお別れすることになるレベルで暑いのに、地球のためとかやってられるか。はっ、まさかエアコンを使わせず、この世とお別れさせるほうが人類が減って地球にやさしいってことなの? 真の地球温暖化対策は人類を滅ぼすことだったのか。

 うん、やっぱりエアコンが効いてる部屋にいる方が頭がよく回る。今日も今日とて莫迦な考えができるほどには好調だ。


「芽衣、祐奈の相手でなんかあったらこれ使ってくれ」

「ああ、うん。ありがと」

「ところで君たち、俺がちょっと席離した隙にアイス食べてるの? それ4個しかなかったでしょ?」

「うん、だからお兄ちゃんが上に行った隙にみんなで分けた」


 酷い。せっかくちょっと奮発して買ったいい奴だったのに。まあ、適当に冷凍庫に入れてた俺に、非が無いとは言えないのだが。というか、祐奈と篠崎のために俺は上に行ったんだけど? 祐奈が妹じゃなかったら何発か殴ってたまである。


「そうだったの? ごめん壮太」

「ああ、まあいいよ。それよりおいしいか?」

「うん。もしあれなら私の食べる?」


 芽衣はアイスをスプーンに乗せてこちらに差し出してくる。


「いや、じゃあ、一口だけ」


 口を開けると、口の中にアイスが溶けて広がる。美味いが、祐奈からの視線が気になるのでローテーブルから離脱し、机に戻る。


「何からやってるんだ?」

「数学だよ。日本史と現文は家でやらせておこうと思って。っていうか、アイス食べちゃったけど、雨音君のだったのね。ごめん」

「すまん。俺の食いかけでよければ食うか?」

「いや、いいよ。祐奈が配ったんでしょ」


 数学の問題集を開いて、コピー用紙に難易度の高い問題の解説を書き込んでいく。


「そういえば、雨音と廣瀬なんかあったのか? だいぶ距離感が近かったけど。さっきだって」

「お前、見てたのかよ」

「いや、たまたまチラッと見えちゃったんだって」


 こいつはローテーブルに背を向けて座っているのに、なにをどうすると、たまたま視界に入るのだろうか。


「その話は後にしよっか。早くアイス食べちゃって。この間も手は止まってるんだよ、和也君」

「あっ、ハイ」


 若宮さんの一言で課題に戻る篠崎。すっかり若宮さんの尻に敷かれているが、まあ、今回はそのおかげで助かったのだしツッコむなんてことはしないでおこう。

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