予期せぬ邂逅

 芽衣があーしさんの頼みでバイトを始めて早くも2週間。

 芽衣が一緒じゃない放課後にも少しの寂しさを感じつつも、ようやく慣れてきたところだ。まあ、今日は芽衣のバイト先の喫茶店に行くのだけれども。


「雨音さん、お待たせしました」


 駅前で冬の訪れを告げるような北風にさらされること15分ほど。中学の制服に身を包んで小走りでこちらに来る唯織ちゃんに軽く手を挙げて答える。


「こうやって約束して出掛けるのって初めてですよね」

「言われてみればそうかもしれんな。出先で偶然ってことは結構多いけど」


 同年代の人間と比べたら、そこまで出かけるほどではないのだが、廣瀬家の面々とのエンカウント率はやたらと高い。ショッピングモールに行って会わない日があるのかってレベルまである。

 そういえば、唯織ちゃんと最初にあった時も、エンカウントみたいなものだったっけか。あの時は芽衣の普段とのギャップにびっくりしたんだっけか。


「お姉ちゃんのこと考えてます?」

「えっと、まあ、うん。そんなに分かりやすいか?」

「なんというか、雨音さんの事を話すお姉ちゃんと出てる雰囲気が似てたので」


 そうなのか。喜んでいいのか分からんが、芽衣を一番近くで見てきた唯織ちゃんが言うならきっと間違いないんだろうな。もしかして、芽衣の事を考えてると篠崎がニヤつきながら声をかけてくるのもそのせいか?

 莫迦なことを考えながら、いつもよりゆっくりめの歩調に合わせて歩くこと数分。目的地の喫茶店は聞いていた通り制服姿の女子高生やカップルばかり。一人で来てたら、場違い感と肩身の狭さに堪えられず、コーヒーを駆けつけ一杯と言わんばかりの勢いで飲んで、会計に直行してた自信がある。唯織ちゃんには感謝だな。


「お姉ちゃんどこにいますかね?」

「まだ早い時間だし裏にいるんじゃないか?」


 店員に案内された端のテーブルで、視線をきょろきょろとさせる唯織ちゃん。それに釣られるように軽く店内を見渡すが、ここの制服に身を包んだ綺麗な金髪の持ち主は見当たらない。

 揃って探すように店内を見ていたせいで、先ほどとは違う店員が声をかけてきた。


「あの、何か御用でしょうか?」

「いや、その、お姉ちゃんがここで働いているので、どこにいるのかなって。ね、雨音さん」

「そうなんですよ、ややこしい事してすみません」


 軽く頭を下げれば、雨音ってと小さく呟く声が聞こえた。その声が聞き覚えのあるものだから、もしやと顔を上げれば、そこには姫野がここの制服を着て立っていた。

 修学旅行前に気にして無いと言ったとはいえ、俺と彼女の間には確かに清算し切れていないモノがある。それは俺以上に彼女が感じて抱えているモノで、空気に緊張感と重さが載せられる。


「雨音さん、知り合いですか?」


 この場に似合わない重苦しい空気から、何かがあったことを察してくれたであろう唯織ちゃんが声をかけてくれたことで、ようやく意識が戻ってくる。


「まあ、一応。中学の時の同級生だ」

「そうなんですね」

「もしかして廣瀬さんを探してたりするのかな? 多分もうすぐ出てくると思うから、こっちに来るように言っておくよ」


 唯織ちゃんの存在に助けられたのは俺だけじゃないようで、姫野は思い出したかのように言葉を並べて去っていった。

 去っていったことを喜ぶのもどうかと思うが、向こうが感じている申し訳なさが大きすぎて、それを下手に繕おうとするのだから、こっちも気まずくてたまらなくなってしまうのだ。それでまた姫野が申し訳なさを感じて下手に取り繕う。負の循環もいいところだ。誰かがいなかったら、通夜より重たい空気になるまである。


「あの、お姉ちゃん来る前に渡しておきますね。頼まれてたやつです」

「おう、ありがとな」


 無理にいつもの思考回路に戻そうとしたところで、小さなメモが一枚差し出される。暦の上では冬に入ってしばらくということで、プレゼントのために調べてもらったものだ。ここに来た理由は、そのお礼ということでおいしいスイーツをご馳走するためだったりもする。もちろん働いている芽衣が見たいというのも7割くらいあるが。


「左じゃなくていいんですか?」

「いや、それはもうちょっとちゃんとしてから買うから」

「何を買うの?」

「何ってそりゃ、もちろん……」


 聞きなれた声の質問に答えをこぼしかけて振り返る。そこには白いシャツに黒いエプロンとシンプルな制服を着こなす芽衣がいた。


「お姉ちゃん自然に会話に入ってこないでよ。ビックリした」

「ごめん、ごめん。楽しそうにしてたから。壮太に迷惑かけてない?」

「平気だって、子ども扱いしすぎ」

「壮太、唯織の事よろしくね」

「おう。芽衣もバイト頑張ってくれ。あと制服似合ってるな」

「ありがと」


 つい、いつものように芽衣を褒めれば、横からニヤニヤを隠そうともしない唯織ちゃんの視線が飛んでくる。篠崎であれば適当にあしらってしまうのだが、唯織ちゃんを篠崎と同じ扱いにはできず、視線をメニュー表に落とす。


「あー、その、注文なんだがコーヒーをブラックで」

「私は紅茶とパフェで」


 誤魔化すように注文をすれば、メモをすらすらと取って、はい、少々お待ちくださいと可愛らしく微笑む芽衣。こなれた仕草と素の笑顔を組み合わせるのは反則じゃないですかね。


「本当にお姉ちゃんと仲良いんですね」

「まあな」

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