気まずい再会

「そういえば、今日新しい人来るらしいよ~」


 久しぶりに見た夢のせいであの後はロクに眠れず、眠気を押し殺しながら出勤してきた私に声をかけてきたのは同僚の望月もちづきちゃん。ほんわかとした雰囲気を纏っている同級生だが、感がやたらと鋭くて少し変わった人だ。


「莉沙さんの紹介らしいよ。休む間の代わりなんだって~」

「じゃあ短期なのかな? どんな人なんだろうね」

「めっちゃ美人だよ、美少女だよ」

「そうなんだ……」


 私が知りたかったのはそういうことじゃないんだけどなぁ。

 新人さんと一足先に会ったという望月ちゃんと話しながら着替えを終えてバックヤードに出ると、ヤバイでしょ姫ちゃんと声がかけられる。店長の隣にここの制服姿で立っているその人は、たしかに美人で見覚えがあった。


「今日から1ヶ月ほど春原さんの代わりに働いてくれる廣瀬さんです」

「廣瀬芽衣です。短い間ではありますがよろしくお願いします」


 店長の紹介が終わり、頭が下げられるとふわりと長い金髪がなびいた。上げられた顔には生まれ持った綺麗さを活かすようなナチュラルメイク。聞き覚えのある名前が他人の空似ではない現実を突きつけてくる。


 同い年の同僚たちは、あっという間に彼女の周りに集まって事情聴取を始める。化粧品は何を使っているのか、髪の手入れの仕方はどんな感じなのか。女の子なら気にしておきたいことが次から次へと質問として投げられる。


 もちろん私もお化粧やらには興味があるので耳を傾けていると、話はいつの間にやら移り変わって、彼氏はいるのかなんて方向に。照れながらも肯定の意を示して、バイトを引き受けた理由はクリスマスが近いからだ、なんて続けられれば、キャーなんて黄色い声がこの場を埋め尽くす。恋バナはスイーツに次ぐ女子高生の燃料だし、廣瀬さんじゃない子なら私も輪の中で一緒になって盛り上がれていただろう。


 神様とやらがいるのなら、一発殴らせてほしい。なんでよりにもよって昨日の今日なのか……。




 ――――――


 気まずい……。


 一番忙しい時間帯を超えて少し気が抜けた雰囲気のフロアとは裏腹に、気まずさと緊張感から静寂が支配する休憩室。机を挟んで向かい側に座るのは、肩にかかるであろう長い黒髪を少し低めの位置でツインテールを結んだ見覚えのある子。気まずさの理由は同じタイミングで休憩室に入ってきた姫野さんだ。

 いい加減予備校を決めなきゃまずいから1か月だけでも私の代わりやってよ、と莉沙に頼まれてやってきたこの場での唯一の顔見知りであり、同じ人壮太を好きになった人でもある。

 そして何より、中学生の壮太を孤立させた一件の中心人物にして、壮太と同じ被害者でもある。


 壮太の中学生の頃の出来事は、お義母さんに会う前に聞かせてほしいと言って話してもらったばかりだ。その時のことを語る壮太の目はいつか見た他人を諦めきったもので、話された内容は想像よりも酷く未だに整理しきれていない。


 そんなわけで、私は眼前の姫野さんに対して一言では言い表せない程に複雑な心境を抱いているわけだけど、それはきっと向こうも一緒なんだろう。


「……えっと、お仕事は大丈夫そう?」

「えっ、あっ、はい」


 突然の言葉にいつだかの壮太のように返事をすれば、会話が途切れてしまい気まずい沈黙が返ってくる。


「休憩入りま~す」


 気の抜けるような声と共に入ってきたのは、三つ編みのおさげをした先輩だ。


「あれ、二人ともなんか緊張してる~? 駄目だよ、休憩中はリラックスしないと」

「そ、そうですね。初めてのバイトなので緊張しちゃって」

「そうなんだ。やっぱり初めては緊張するよね~。でも、同い年なんだから敬語はやめてよ」


 落ち着いた雰囲気をまとってるし大学生なのかと思っていました、なんて答えてみれば、そういえば自己紹介してなかったね~と言いながらどんどん空気を変えていく。


「私は望月聖菜せなだよ。さっきも話した通り高二なんだ~。そこで難しい顔してる姫野ちゃんとは同じ学校なんだ。よろしくね~」

「えっと、よろしく」

「そんなに硬くならないでいいって。それよりさ、彼氏の話聞かせてよ。私たちはそういう話がないし興味あるんだ~」


 ほんわかとした空気はそのままに、グイグイと距離を詰めてくる望月さんのそれはいわゆる天然というやつで、さっきまでの空気の原因壮太に触れてくるあたり何というかやりづらい。とはいえ、悪気がある訳でもなさそうな彼女のお願いを無碍にもできない。

 姫野さんに一抹の申し訳なさを感じつつ、望月さんの質問に答えていく。


「仲がいいんだね~、羨ましいよ」

「ふふ、ありがと」

「今度ここに連れてきて紹介してね~」


 短い休憩時間に話しただけとはいえ、少しだけここに馴染めた気がする。けれど、最後に望月さんが残していった一言は、姫野さんの表情をこわばらせてしまった。

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