第9話

 この間のように、適当にふらふらと回るが、時間が悪いのかどこも混んでいる。


「あんまり回れないかもね」

「かもな」

「まあ、食べ物以外が少ないってのもあるからね」


 確かに、半分近いクラスは食べ物関係の出店だしな。文化祭の文化は食文化の文化なんじゃないかって思うレベルまである。いや、祭りの屋台みたいなものばっかだから、食文化って言えるほどでもないな。偏り過ぎて多様性が失われてるし。


「お化け屋敷並ぶかステージだな」

「そうだね。教室で演劇とかやってるところもあるけど、教室に入れそうにないもんね」

「入れたとしても途中からになるのがな」


 この間みたいに途中から入って最初から見たかったってなるのは、微妙だ。この間のは、オチを知らずに最初から見たかったとすら思うし。


「そういえば、元副会長が言ってたのはいつからなの? 旧生徒会メンバーのバンドだっけ」

「もう少しだな。明日もやるみたいだから、明日でもいいかなって思ってたんだけど」

「良かったら見に来てくれって言われたんだし、行ってみよ」


 分かった、そう言うと、芽衣に手を引かれる。

 昇降口へと引っ張られていく途中、芽衣の携帯電話が鳴った。芽衣はこちらをちらっと見てくる。


「出ていいよ。出し物の事だったらまずいかもだし」

「それもそうだね。もしもし」


 芽衣は俺の左手を握ったまま、片手で器用に携帯を操作して電話に出る。利き手じゃない手だけで、携帯のロックを解除して電話に出るなんて、少なくとも俺には出来ない芸当だ。利き手でも多分出来ないぞ。


「え? 壮太? いるけど、代わる? 壮太、委員長から」

「俺に? ってことは男子がさぼったのかね」


 首をかしげる芽衣に、携帯を借りて電話に出る。


「代わって雨音ですよ。なに用で?」

「篠崎君知らない?」

「篠崎がどうかしたか? 来てないとか?」

「そうなの」


 先ほど、うちの店にやってきた俺の天敵、湊の顔が思い浮かぶ。


「俺の予想が正しかったら、面倒なのに捕まってるかもしれん。戻ってこない前提で、今やってるメイドの中から、この後も入れるってやつに、交渉してほしい。とりあえず今日の篠崎のシフトと、そいつの明日のシフトを入れ替えるように。もし承諾してくれるやつがいたら、1人抜けてもなんとか回せるタイミングで20分くらい休憩入れて」

「まあ、妥当だね。とりあえず聞いてみる」


 委員長の声が遠くなり、携帯を少し耳から話すと、芽衣がこちらを心配そうな目で見てくる。


「篠崎が来ないんだと」

「篠崎君って時間破るような人ではないよね」

「ああ。多分これに捕まったんだろうなって心当たりはあるし」


 ファンとか? なんてことを聞いてきたが、苦笑いでしか返事ができない。そんな優しいものだったらいいのだが。


「もしもし、雨音君?」

「はいはい、どうだって?」

「大丈夫だって。それに篠崎君からも遅れるって連絡来たわ。デート邪魔しちゃってごめんなさいね。それじゃ」


 電話は切られ、ツー、ツー、という電子音だけが聞こえる。


「大丈夫そうだ。これ返すな」

「うん」


 芽衣に携帯を返して、代わりに自分の携帯で篠崎にシフトを外しておいたからしっかり片付けてくれ、といった趣旨のメールを送信しておく。


「篠崎君探しに行く?」

「連絡来たって言ってるし大丈夫だろ。もし探しに行って、見つけたとしても、話が拗れるだけな気がするし、篠崎の問題だからな、関係ない俺らが口出すのも」

「そっかぁ」

「まあ、今はステージ行こうぜ」

「そうだね」


 先ほど解けた手を今度は俺から握って、中庭のステージに向かう。



 昇降口を出ると、中庭に作られたステージでベースを持った和泉先輩がカウントを取り始めたところだった。ギリギリセーフ。

 皆を牽引していくようなベースに、合わせていくドラム。二人につられるようにキーボードの音色も重なっていく。この間生徒会の手伝いをした時には見なかった顔がギターを弾いている。多分その人が転校してしまったという会計だろう。ギターは、ベースの牽引にされるがままにならず、行き過ぎたところは引き戻すような、見事な調整役といったところか。

 曲は少し前のヒットナンバー。一時期、どこに行っても流れていたこの曲を知らない人は少ないだろう。ベースとギターの二人の透き通るような、それでも力強い歌声が、この場にいる人の心をつかんで離さない。体の内へと響く重低音は、身体を内から動かし思わずリズムを取ってしまう。


「すごいね」

「ああ。ほんとあの人たち何者だよ」


 今、中庭にいるすべての人間が、あるいはこの音が聞こえる場所にいるすべての人が、観客にされる。サビに入った瞬間、熱狂はさらに増し、それすら楽器の音であるかのように扱いだす。

 僅か1曲、時間で言うなら5分と経っていないが、この一瞬確かにこの場にいる人間を魅了し、巻き込んだ彼らに盛大な拍手が送られる。誰も彼もが彼らの次を待つ中、昇降口から飛び出す人影が見えた。両目が涙に濡れた湊だ。どうやら篠崎はしっかりと答えを突き付けたらしい。

 そんな彼女をお構いなしに、ステージでは次の一曲が始まる。他の観客と同じように、この場を作る空気、わずかにうっとおしくもある熱気に、俺も身を預ける。篠崎の様子を見に行くのは、このステージが終わってからでも遅すぎるってことはないだろう。

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