第8話

 メイド服から制服に着替え、ウィッグを外し、化粧を落として、髪を整える。

 15分とかからずに、芽衣と祐奈のところに戻れたのは中々に凄いんじゃないだろうか。


「お兄ちゃんが、お兄ちゃんだ」

「それ、だいぶ日本語としておかしいぞ」

「いや、だってさっきまでメイドだったじゃん」

「まあ、そうなんだけどさぁ」

「祐奈ちゃん、壮太だって気づいたの?」

「ええ、まあ。生まれてからずっと聞いてる声ですから、女装したって声で分かりますよ」


 マジで? 多分、祐奈が男装とかしてたら、声だけで祐奈だって気づけないよ。なんとなく、祐奈に似てる声だなぁって思うことはあるかもだけど。


「すごいね」

「そうですかね? そのうち芽衣さんも声だけでお兄ちゃんだって分かるようになりますよ」


 いや、祐奈ちゃん、多分だけど、芽衣はそうなりたいわけじゃないと思うよ。


「その話はまあ、一旦置いといてだ、適当に見て回ろうぜ。腹減ったし」

「お昼時だもんね。祐奈ちゃんは何か食べたいのある?」

「お邪魔だったりしないですか?」

「邪魔だなんて思わないよ。壮太とは明日も回れるし」

「そうだな」


 馬に蹴られそうだけど、とりあえずお昼だけ、と祐奈が言うと、少し芽衣の顔が赤らむ。

 芽衣と祐奈、どちらも目を惹くような容姿の持ち主なので、周りからの視線が痛い。とはいえ、一般公開されているので、そういった輩も少しは湧いてしまう。せっかくの文化祭だっていうのに、そういうのに絡まれて嫌な思いをされても困るので、視線に耐えることにする。


「で、どこかあてはあるのか?」

「とりあえず、飲食関係の多い3年生のフロアを見てみようかなって。一番奥には料理部がご飯屋やってるし」

「そうなのか。この間見に行った時は、準備してる様子なかったから知らなかった」

「去年とか回ってないの?」

「回ってないな」

「お兄ちゃん、確か早退してきて寝込んでたもんね」

「祐奈、それ言わなくていいから」


 ごめん、という祐奈の声に、まあ、いいんだけど、と返すと沈黙が訪れる。

 時折会話が挟まれたが、沈黙が抜けきらないままにやって来たのは、料理部がやっているというご飯屋。他が喫茶店や縁日で売られていそうな焼きそば、たこ焼きを扱う中、水餃子スープに小籠包、ゴマ団子と中華な感じの品揃えだ。

 芽衣曰く、毎年テーマが決まっていてそれに合わせたものを提供しているらしい。去年は豚汁、味噌田楽、団子と、和風な感じだったらしい。

 とりあえず、それぞれを一つずつ、ついでにおにぎりを買って席に着く。手を合わせて、いただきます、と言うとお互いの声が見事に重なり、思わず笑いがこぼれる。


「おお、美味い」

「でしょ」


 芽衣にオススメされるがままに買った塩むすびだが、味がシンプル故に口の中でスープの美味さを邪魔することなく、むしろ旨味を引き立てている。


「そういえば、お昼で思い出したんですけど」

「どうしたの?」

「お兄ちゃんの作るお弁当どうですか?」


 祐奈がそんなことを聞いたのは、この間の週末一緒に出掛けた際、そのついでに弁当箱を買ったからだろう。芽衣にだけ作ってもらうのは申し訳ないから、と交互に弁当を作るようになったのだが、うちには弁当箱が祐奈と俺の分しかないから、芽衣の分を急遽用意したのだ。


「美味しいよ。私の自信が音を立てて崩れていくくらいには」

「いや、芽衣の作るの美味しいよ。俺好みの味付けだし」

「ねえ、私もいるんだから、イチャつくのはもうちょっと待って。食べたら一人で回るから、その後でにして」

「いや、そんなにイチャついてないだろ」


 自覚無いの? と聞かれるが、芽衣とともに首をかしげると、祐奈は大きなため息をついた。

 え? イチャついてた? これくらいなら、篠崎と若宮さん、鎌ヶ谷先輩と和泉先輩だってしてると思うんだけど?

 祐奈は俺たちを見てため息もう一度ついた後、ゴマ団子を頬張ったかと思うとあっという間に飲み込んで、ごちそうさま。あとは二人でごゆっくり、と口にして教室を出て行った。


「なんか、気、使われちゃったね」

「いや、その割には随分とアレだった気がするけど。まあ、いっか」

「でも、ほんと、お兄ちゃん思いのいい子だね」

「そうか? まあ、いい子ではあるけど」

「普通、この年になると兄妹仲ってもう少し冷え切ってる気がするんだけど」

「まあ、うちの場合は二人暮らしだから、多少は他所より良いかもな。冷え切ったら、家の中の方が居づらくなりそうだ」

「それもそっか。でも、可愛いよね。妹に欲しくなっちゃう」

「えっ、いくら芽衣とはいえ、祐奈はやらんぞ」


 俺がそう言うと、周りから一斉にため息が聞こえたが、みんな何か悩んでるんだろうか? タイミング的に俺の言葉になんかあったって可能性もあるが、まず盗み聞きなんてしないだろうし、たまたま聞こえたとしても、ため息つくような台詞でもないしな。


「そろそろ次行くか?」

「そうだね」

「行きたがってたお化け屋敷に直行するか、他を見て回るか、どうする? 他に気になるところがあるなら、それでもいいけど」

「とりあえず、見て回ろ。気になるところがあったら、入るって感じで。明日もあるんだし、先に全体みたいじゃん」

「はいよ」


 祐奈が残していったゴミも含め、きれいに片付けてから、調理部の店を芽衣と共に後にした。

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